その愛に気づくまで

「────でした。当機は、まもなく着陸します。シートベルトを…」
 機内アナウンスで、僕は目が覚めた。もうすぐで日本に着く。
「おはようございます」
「あら、起きたのね」
「はい。よく眠れました」
「そうね。とてもぐっすり眠っていたわよ。周りの人達が、この子の寝顔を守るぞー!って張り切ってたわ」
 菅野さんは拳を握って、小さく振った。
「なんか、迷惑かけちゃったみたいですね…すみません」
「いいのよ。シュウの寝顔が、報酬みたいなもんだから」
「……ん?」

「────本日はご搭乗いただき、誠にありがとうございました」
 僕と菅野さんは、無事に入国審査を終えた。最後に税関検査をする。
「スーツケースを開けていただけますか?」
「はい」
「うーん…これは、お土産ですね。お肉の…ではない、と」
 職員さんは、プチプチにガッチリと包まれたお土産を手にした。
「……これは、なんですか?」
 僕のお土産は、ほとんどがお菓子だ。でも、これは唯一のワレモノ。高良へのクリスマスプレゼントと、お土産も兼ねている。
「お土産のスノードームです」
「そうでしたか」
 僕が高良に何かをプレゼントしたことはない。誕生日プレゼントは、互いにあげていないし「物がほしい」とは思わなかった。
────僕は、高良に貰ってばかりだったけど…
 いつも僕の、心の拠り所である高良。甘えるだけ甘えて、口で礼を言うだけ。
 今回、想いを伝える時に渡す。そのつもりだ。
「検査は終わりです。ご協力、ありがとうございました」
「ありがとうございます」
 僕は軽く頭を下げて、先に終わった菅野さんの元へ行く。行くと菅野さんは、誰かと話しているようだった。
「わかったわ。左手側のタクシー乗り場ね」
 僕はタイミングを見計らって、声をかける。
「お待たせしました」
「待ってないわよ。ロビー、行こっか」
 今回、僕は両親に迎えは頼んでいない。伝えた時間と違うのもあるが、菅野さんが送ってくれると言ったからだ。
────高良がいるかも…時間も聞いてきたんだ
 ロビーに着いて、辺りを見回す。人は多いが、高良の身長ならすぐに見つかる。でも、いない。
「ふぅ…」
 僕は、その場にしゃがみ込む。
「……親御さんには、連絡した?」
「はい。気をつけてって返信来ました」
「そう……高良くんには、えっと…応援のお礼言った?」
「はい…」
 連絡は、高良に礼を言って、終わってしまっている。特に何かあったわけではないが、動かない画面が、少し寂しい。
「日本着いたって、送った?」
「……まだです」
「送ったら」
 菅野さんは「ちょっと、お手洗い」と言って、行ってしまった。
 僕はスマホ画面と睨み合う。
「結構遅いし…寝てるだろうな」
 高良を起こしたら申し訳ないと思いつつ、僕は送信ボタンを押していた。そして、スマホ画面を見つめる。
「寝てるし、すぐには来ないよね」
 と言ったら、すぐに返信が来た。
「────ドアから出て、左手に来て」

────…………え
 僕は目を見開いた。
 荷物も置いたまま、人混みを掻き分けてドアを出た。左に曲がって、走り出す。
 出ると、目の前にはタクシー乗り場があった。しばらく走ると、前方に黒いフルフェイスのヘルメットを被った、黒い革ジャン姿のバイク乗りが、手を振っている。
「……高良、なの?」
 身長や雰囲気でわかった。
 僕はとぼとぼと近づき、目の前に立つ。
「高良?」
 聞くと、バイク乗りは頷いた。
 僕は嬉しくて、思わず抱きついた。高良は驚きでバランスを崩しそうになったが、強く僕を抱きしめてくれた。
 僕の心臓は飛び跳ね、体温が上がる。
────全身が高良に会えて喜んでるみたい
 少しそのままハグをして、僕は顔を上げて言った。
「ただいま…!」
 僕は笑顔を保とうとしたが、泣きそうで、涙目になってしまった。
 高良はそのままフリーズし、少しして自分のヘルメットを脱いだ。そのまま僕に、ズボッとヘルメットを被せてきた。
「わっ!え、何?!」
 聞いても、高良は何も言ってくれない。ただ、僕の手を強く引っ張り出す。
「高良?」
 高良が連れてきたのは、建物脇のバイク置き場。
「これ、高良の?」
 目の前には、とてもかっこいいバイクがあった。聞くと高良は、何も言わずに頷いた。
「こ、これって高良が運転するの?できるの?免許、いつ取ったの?」
 高良が免許を取っていたなんて、知らなかった。バイクへの興奮と、知らないことへのモヤモヤで、少し複雑だ。だが、もっと不安なのが…
「…………」
 高良が何も言わないことだ。
 高良は、バイクに掛けてあった、もう一つのヘルメットを被って、バイクに跨って僕の腕を引く。僕も、高良の後ろの席に跨る。
 高良は僕の腕を、自分の前に持ってくる。
「ちゃんと、捕まってて。足も、巻き込まれないようにして」
 久しぶりの高良の声、とても安心する。高良に捕まっていると伝わってくる、高良の体温も近くに感じる匂いも。全てが、僕を安心させてくれる。
 高良は「行くね」と言って、バイクを動かし出す。ゆっくりと走らせて、駐車場を出る車の列に並ぶ。
──ドドドド…
「怖い?」
 高良は、優しさと不安が混じった声で聞いてくる。
「怖くないよ。高良だから」
「……よかった」
 顔は見えない。でも、声に安堵が混ざる。きっと笑顔だ。
──ドゥルルル…
 バイクは駐車場を出て、速度を上げる。
────寒いな
 僕は上着も着ているが、バイクに乗っているからか、向かい風が冷たい。
「高良」
 話しかけるが、反応はない。そのくらい、エンジン音しか聞こえない。運転してるし、当然だ。僕は高良にしがみつく力を、強くする。
 しばらくして信号が赤になり、バイクが止まる。
「柊、どうした?なんかあった?」
「ううん…何でもない」
 高良は、僕のために来てくれたのだろうか。ヘルメットが二つあるのは、用意してくれていたのだろうか。
 聞きたいことは、たくさんある。でも、一番聞きたいのは
────なぜ、高良は僕にここまでしてくれるのか
 ただの幼馴染。それなのに、ここまでしてくれると勘違いしてしまう。高良も、僕と同じ気持ちなのではないかと。
 東京の街を走り抜く。夜だけど、人も車も多い。うるさいはずなのに、周りの雑音が全て消えたみたいだ。
────バイクを運転する高良、かっこいいな…
 僕の目には、高良しか映らない。僕の耳には、高良の鼓動しか響かない。
 僕より大きな背中は頼もしいし、ブレーキは緩やかにかかる。バイクに乗ったことのない僕でも、優しい運転だとわかる。
────本当に高良に夢中だ。でも、高良には彼女が…
 このような運転も、バイクの運転も、そもそも彼女のための可能性だってある。なら、この瞬間を楽しむ他ない。
 空港を出て一時間。バイクは、僕らの住む街に入る。あと少しで、僕の家に着く。この幸せな時間も、終わってしまう。
──ブォォ……キュッ
 僕の家の手前、高良の家の前でバイクは止まった。僕はバイクから降りて、高良にヘルメットを返す。
「遅い時間なのに送ってくれて、ありがと……おやすみ」
 僕は高良に背を向けて、歩き出す。
「柊……!」
 高良に呼び止められながら、腕を掴まれる。
「どうしたの…」
「俺ん家、泊まってけば」
「…え?」
「えっと…洸と美兎、起きちゃうかもだし」
 泊まってもいいのか、わからない。高良と一緒にいれば、彼女の痕跡に気づいて、傷ついてしまう。
 何も言わずにいると、高良が続ける。
「それに、約束…」
「あ…」
 それを今出すのは…ずるい。
「……わかった」
 高良に腕を引かれて、高良の家に入る。
「!………お邪魔、します」
 入ってすぐ、高良の匂いで頭がクラクラする。
────しっかりしないと
 高良がヘルメットを脱ぐ。久しぶりに、しっかりと見られた高良の顔。
──ドク…ドク…ドクドク…
 鼓動が早まる。
「僕、お風呂入ろうかな。あ、それとも…高良が先に入る?」
「柊が先に入りな。着替えの用意しておくから」
「ありがと……高良も冷えてるだろうに、ごめんね」
 高良は「俺は大丈夫だよ」と言って、着替えを取りに行った。
 僕は脱衣所で服を脱ぐ。すると、スマホが鳴った。
「菅野さん…!」
 菅野さんから「荷物は明日の午後、事務所に取りに来て」と、連絡が入っていた。
「菅野さん……ありがとうございます!」
 僕が何も考えずに飛び出したから、手持ちの荷物はハンドバッグだけ。菅野さんには感謝しかない。
──コンコン
 高良のノックで、心臓が飛び跳ねる。
「着替え持ってきた。置いてもいい?」
「ど、どうぞっ」
────いつもは声をかけたりせずに、入ってくるのに…
 いつもとは違う、堅い雰囲気が流れる。
 僕は菅野さんへ「ありがとうございます」とだけ連絡して、高良が入ってくる前にお風呂場に逃げた。


***


 僕も高良も寝る支度をして、そのまま高良の部屋に行く。
「あ…いつもの流れで来ちゃった。僕、リビングで寝るよ」
 ベッドを前にして思い出した。高良の彼女を安心させるために、僕は一緒に寝てはいけない。
「いや、待って……俺、話があるんだ」
 高良の声は、僕の体に重くまとわりつく。
────想いを伝えもせず、終わる…?
 一瞬で、高良から「幼馴染のままでいたい」と、振られてしまう場面が、頭に流れる。
────せめて、伝えたい……!
「俺…」
「高良…!」
 僕は、高良の声を遮った。
「高良に彼女できて、凄い嫌だった」
 高良の顔を見れない。僕は俯いて続ける。
「高良に彼女ができたのが、幼馴染として嬉しかった…けど!高良の彼女の扱いを見て、僕より雑に扱われてて……ほ、ホッとした」
 高良は何も言わない。改めて、僕は最低なことを言っている。高良の彼女を悪く言ったから。
「そんな自分が嫌になって、避けるように仕事に逃げた。でも……人に言われて、やっとわかった。なんで、そう思うか」
 高良には、どう思われるのか。嫌われたくないが、嘘は言いたくない。
「幼馴染だからじゃない。甘えるのが、僕の……無意識の愛情表現だって、わかった」
 僕は、顔を上げる。
「ずっと、ずっと好きでした。彼女と別れて。僕と……恋人になって」
 高良は一瞬驚いた表情をして、急に視界からいなくなって、体に何かが重くのしかかる。高良が僕に抱きついていた。
「なる…!俺も、好きなんだ。ずっと、愛してた…!」
「あ、い…?」
「うん。柊を愛して…恋をした。甘える姿が愛おしくて、抱きついてくれるのにキュンキュンして……柊がほしいし、柊のものになりたくなった」
────僕のもの……?
「想いが伝わって、柊の恋人になれて、本当に嬉しい…!」
────僕も、嬉しい……!
 高良は腕を解いて、僕を見る。
「あ…柊?泣いちゃった…えっと」
────泣いた…?
 僕は自分の頬を伝う涙に気づく。
 高良は服の袖で、僕の涙を拭う。
────というか…俺"も"?
 理解が追いつかずに泣く僕を、高良はもう一度抱き寄せる。
「高良は、気を遣って…?」
「そんなわけない!俺は、ずっと……!」
 高良は、震える声で続ける。
「これからも、柊を愛してる」
 震えているが、真っ直ぐな声で言われて、疑った自分を馬鹿らしく思った。
 高良は本心で、僕を愛してくれていたのだ。
「顔真っ赤だ。かわいい」
 僕の顔を見て、高良は微笑む。
「待って…恥ずかしい。見ないで…」
 僕が俯くと、高良が僕の顎を上げた。高良と目がしっかりと合う。
「待てないよ。やっと、柊から言ってもらえたんだから」
 僕は恥ずかしくて、高良から目を逸らす。すると、高良は僕を抱きしめたまま、隣のベッドに倒れる。
「うわっ!」
────……ずっと、愛してた?
 思えば、僕は昔から高良に甘えるのが好きで、他に甘えたくならなかった。
────知らないうちに、体は勝手に
「僕、気づいてなかった」
「ほんと、柊は鈍感。でもね…」
 高良が僕の額に、優しくキスをした。
「鈍感でいてくれたから、俺は柊の横にいられたんだ」
「どういう…?」
 高良を見る。
「あ…」
 高良は、幸せそうな笑顔で僕を見ていた。
「俺は、柊が気づかないなら、そのままずっと隣にいれるだけでもよかったんだ。でも、自分でも驚くほど、柊のことだけは譲れなかった」
────あぁ…
「絶対に柊がほしくて、柊に求められ続けたくて……必死だな。俺」
────僕、本当に愛されてるんだ
「高良…」
 高良の顔に手を添える。
「僕、幸せ……!」
 泣いてしまうほど、嬉しいんだ。幸せなんだ。
 高良は微笑む。
「俺も。俺も幸せ……キス、してもいい?」
「え…う、うん……」
 高良が近づいてくる。僕は思わず、目をぎゅっと瞑る。
「「……」」
 なかなか、触れた感覚が来ない。
 恐る恐る、目を開ける。高良は「あはは」と笑った。
「な、何…」
「いや、俺の柊、かわいいな…って思ってさ」
「俺の?!んむ!」
 僕が驚くのもお構いなしに、高良がキスをする。
 ふわりと香る高良の匂い、僕の頭を撫でる手。全てが心地いい。
 長かったフライトのせいか、瞼が重くなる。
「おやすみ。柊」
 愛おしそうに僕を見る、高良の笑顔。
────幸せだな…
「おやすみ…高良」