その愛に気づくまで

「モデルが怪我したから、あなたを使いたいって」
「……え?」
────僕を使いたい……出たい!
 と思ったが、僕が勝手に「はい、出ます」なんて、言えない。僕は今、着ている服のブランドに、雇われているだけだから。
「うちのモデルか…まぁ、いいけど、彼はちょっと…」
 僕の方のデザイナーが、首を傾げる。フランス語だから、ちゃんとはわからない。けど…
────やっぱり、僕の実力じゃ、難しいってことか…
 リハーサルもしていない、衣装を見てすらいない状態は、ぶっつけ本番だ。そんなこと、今の僕には無理なのだろう。
「お願いします……!図々しいのはわかっているけど、彼がいい!」
「彼は、うちの……秘密兵器みたいな、大事なモデルだ。これからも使うつもりだ。別のモデルを用意する」
 なんて言っているのか。菅野さんを見るが、目を丸くしているだけで、固まったままだ。
 僕は翻訳アプリを起動させようと、スマホを開く。すると、高良からの連絡に気づいてしまった。高良から「柊なら、できる」と連絡が来ていた。
────僕は、できる……
 高良の言葉で、僕の体はすぐに動いた。
「僕、やります!やらせてください。他のブランドに参加するのは、確かに規約違反ですけど……やってみたいです…!」
 僕の方のデザイナーは、わからないようで首を傾げて、菅野さんに翻訳するように言ったようだ。
 菅野さんが伝えると、何やら二人で話し込んでから、僕の方を見た。そして、菅野さんが僕に問う。
「いいけど、条件があるわ。まずは、失敗しないこと。そして、これからは、ここのブランドのモデルになること。これが条件よ」
「はい……!」
 嬉しくて、返事をすぐにした。すぐに、助けを求めてきたブランドに、話を聞くと、まさかのショーの最後らしい。
「元々のモデルのような、神秘的なルックスと高い身長…そして、衣装の魅せ方の表現力が、あなたにはあると思った」
 菅野さんが泣きそうになりながら、翻訳してくれた。
────ちゃんと、評価されてる…
 僕も泣きそうになりながら、相槌をする。
「まずは、今の衣装を披露して。ラストまでは時間があるから、大丈夫」
 菅野さんに言われて、モデル達の列に並ぶ。
────今まで通り……高良も応援してくれてる…!
「ふぅぅ…」
 僕は深く深呼吸をした。今着ている衣装に集中する。大きめのパーカーに大きめのズボン。現代的だが、使われているのはニット生地だ。僕が初めて見た時、可愛い印象を受けた。
 ポージングでは、萌え袖を顔に近づけて、最大限のぶりっ子ポーズ(?)をする。表情は元気すぎない、柔らかい笑顔。
「シュウ、おつかれ……ズビッ…」
 戻ると、菅野さんが泣いて迎えてくれた。
「菅野さんもお疲れ様です。僕、頑張りますから…!」
「ズズッ……うん!」
 菅野さんに案内されて、最後の衣装を見に行く。
「シュウさん、今回はありがとうございます!早速ですが、着ていただくのはこちらになります」
 衣装のデザイナーさんが、衣装を説明する。
「今回のコンセプトの、いわゆる"まとめ"となる衣装です。コルセットと短パン、ニット生地のロングコート、ロングブーツ、小さめのトップハットの組み合わせ……いける?」
 元々は、女性のモデルが着る予定だった。だが、コンセプトを考えても、僕が着ても問題はないはず。
「大丈夫です。でも、短パンは履けるかわからないですね……三日目に似たような衣装を着ましたけど…そっちの方がいいかもしれないです」
 菅野さんが忙しなく翻訳してくれる。デザイナーさんは、少し考えてからスタッフさんに指示を出した。
「わかった。短パンは手配します。他は、気になることとかは?」
「コルセットは……む、胸を盛ったりしなくてもいいんですか?」
「………サーラ!」
────サーラって……あのサーラ?
 デザイナーさんが呼ぶと、しばらくしてモデルが来た。予想した通り、数多くのブランドのモデルをしてきた、トップモデルのサーラ・マリーだった。
「怪我して、ごめんなさいね。私の代わりを引き受けてくれて、ありがとう」
 サーラさんは、僕に深々と頭を下げた。僕は、トップモデルに会えた喜びで飛び跳ねそうになったが、すぐにハッとする。
「いえ、怪我は仕方ないです!僕、頑張ります!」
「ありがとう。あなたはコンセプトにピッタリだと思うわ」
 話していると、デザイナーさんがこほんと咳払いする。
「彼女は、見ての通りペチャパイです」
 デザイナーさんの言葉を、菅野さんから聞いて、僕は少し気まずくなる。
「Ça va pas, non ?!」
(ちょっと、何言ってるの?!)
 なんて言ってるかわからないけど、サーラさんは怒鳴っている。だが、デザイナーさんは、気にしないで続ける。
「他にありますか?」
「えっと…ロングブーツのサイズは?」
「大丈夫だと思いますよ。確認しましたから。でも、長さが少し足りなくなるかも…元は、足がほぼ見えないデザインだったけど、シュウさんは足が長いから」
 僕は褒めてもらえて嬉しいが、サーラさんは怒ってしまった。デザイナーさんから「とりあえず、着替えよう」と言われて、デザイナーさんにコルセットを締めてもらう。
「キツくないですか?」
「だ、大丈夫です…」
────昔の女性って、息しなかったの…?
 そんなこんなで、着替えが終わった。
「いい感じですね……うん。やっぱりシュウさんに合いますね。あと一時間も無いので、歩いてみてください」
「はい」
 デザイナーさんから褒めてもらえて、嬉しい。だが、喜びに浸っていてはいけない。
「私も見る!」
 サーラさんも見るとなると、緊張する。
「ふぅ…行きます」
 この衣装のポージングは、サーラさんから聞いている。実際に見てないからわからないけど、イメージ通りに歩いてみる。
「どう、ですか?」
 恐る恐る聞くと、デザイナーさんは「大丈夫です」と言ってくれたが、サーラさんは首を傾げている。
「違いましたか…?」
「うーん……いや、いいんだけどね。もっと良くなるはずなの。コンセプトには合うけど……あなたらしさが無い」
────僕らしさ……?
 サーラさんは続ける。
「私、あなたのポージングを見たわ。他のモデルもいいけど、あなたのはコンセプトだけじゃなくて、その衣装に合った表情が良かったのよ。でも、それだけじゃないんだわ……きっと、無意識的にやってたことね」
 僕の意識していたこと以外に、僕が無意識にやっていたことが、あったのかもしれない。
「うーん……具体的に、何が足りませんか?」
「えっと…視線?目線?なんか、日本人特有の目の感じね……あ!愛おしそうな目よっ!」
 サーラさんの言葉に、思わず「は?」と言いそうになる。
────僕って、そんな目してたの?
「何か、思い浮かべてたんじゃない?誰かを思ってたとか!」
「想ってた……?うーん…」
「私はね、緊張した時はお母さんを、ランウェイの先に感じるの」
 サーラさんは、ぽつりと言った。
「私のお母さんは、もう死んじゃってるんだけどね。でも、見守ってくれてると思うと、安心する……あなたは、そう感じる人とかいない…?」
「見守ってくれてると思うと、安心する」
────僕にとって、そう思う人……
 そんなの、高良しかいない。思い返せば僕は無意識のうちに、観客の中に高良がいるように考えていた。
「あら……顔が真っ赤よ?大丈夫、シュウ?」
 菅野さんが顔を覗いて、心配してくれる。
「大丈夫です…」
 今思えば、無意識的に高良を求めることは、昔から多かった。
────その時から、僕は……
 さらに、顔が熱くなる。
「その様子だと、大好きな子なのね〜」
 サーラさんが、からかうように言ってきた。
「ち、違いますよ…ただ、安心感があるんです……」
 嘘は言っていない。事実、高良には包容力がある。誰だって、高良から安心が得られるだろう。
「へぇ〜!ま、その子を思い浮かべて、もう一回歩いて」
「はい…」
 まだ顔は赤いが、目の前に高良を思い浮かべる。
────高良……高良…でも、彼女がいる…
「なんか、切なくなりましたか?」
「そう?愛おしそうな視線だったと思うけど?」
 デザイナーさんと、サーラさんが話し合っている。
「切なくても、熱っぽい視線だったから、いいの!」
「まぁ…悪くはないですが、切ないと未亡人感が…」
「いいじゃん!」
 最終的に、デザイナーさんが「色気を抑えて!」と、僕に注意してミニリハーサルは終わった。
 あと二十分。時間が迫るとともに、鼓動が速くなる。ホットミルクを飲んでいると、サーラさんが隣に来た。
「緊張する?最後だし」
 親切に、翻訳アプリで話してくれている。
「はい…サーラの代わりが、本当に務まるか不安です」
「そう…」
 しばらく、沈黙が流れる。何か話すことを考えていると、不意にサーラさんが、スマホに向かって話し出す。翻訳ボタンを押すと…
「シュウの恋って、叶わないの?」
「ゴホッ…」
 図星であることに驚き、ホットミルクをこぼしそうになる。
「やっぱり〜?デザイナーが言ってたように、ちょっと寂しい感じがあったからね」
「な、なんでそれだけで?」
「ん〜……勘?私も、叶わぬ恋を経験した乙女の一人よ?」
────サーラさんのような、綺麗な人でも失恋とかするんだ
 僕は「またまた〜…あ!あの服って」と、話を逸らそうとする。
「シュウ……」
 サーラの真面目なトーンが、僕を止める。
「はい」
「想いは、伝えないとダメよ。得られるチャンスも無くなってしまう」
 サーラさんは、遠い目で言った。視線の先には、デザイナーさんがいた。
「でも、今の関係ですら……いられなくなっちゃうかも、しれないんです」
「……私も、それが怖かった。だから、踏み出せなかった。でもね、キッパリと諦めるのは、絶対にダメ」
 サーラさんの目から、涙が溢れた。僕は、サーラさんの背中をさすって、落ち着かせる。
「私…励まそうと思ったのに、励まされちゃってるわ。ごめんなさい……私の想い人、結婚しちゃうから…」
「大丈夫です。きっと、恋人にはなれなくても……」
────いや、サーラさんは「恋人」がよかったんだ
 僕が言い淀むと、サーラさんは笑って言う。
「あはは…いい?シュウは、手遅れになっちゃダメだよ?小さな愛情表現は、案外伝わるものだし、恋人が正解ってわけじゃないしね……あー…でも、恋人がよかった」
 サーラさんは、俯いてしまった。僕は、背中をさするしかできない。
────ずっと、幼馴染……
 そう思うと、涙が出そうになる。
「ズズッ…」
「あら、シュウも泣いちゃった?可愛い〜……仕事とプライベートは、別にしないとね…」
 サーラさんは自分の涙を拭ったあとに、僕の涙も拭ってくれた。
────ちゃんと、伝える……約束もしたんだから
「シュウ!用意してちょうだい」
「はい!……いってきます」
 サーラさんにそう言って、僕は列の最後尾に並ぶ。フィナーレを飾るこの衣装は、前のモデルが全員終わったら、一人で歩く。
 照明が、少しだけ暗くなった。
「シュウ、いいわよ」
 デザイナーさんの合図で、僕は一歩、足を出す。
 フィナーレでは、今までより遅いテンポで歩く。より印象的に、しっかりと見せるためだ。ランウェイの先までは、真顔で行く。
「Why isn't it Sara?」
(なぜ、サーラじゃないの?)
「But he is mysterious.」
(だけど、彼は神秘的だ)
────この衣装は、コルセットとニット生地で伝統を…
 僕はニット生地のロングコートを、大きく見せる。
────短パンとロングブーツで、現代を表現
 ロングブーツには、幾何学模様の刺繍が施されている。僕は、ロングコートを掴んで歩くことで、刺繍が見えるようにする。
 ランウェイの先。ポージングは短パンに手を入れて、ロングコートを少しだけ開く。右脚だけを開くように伸ばして、ポージング。
────高良……!
 観客から、何の声もしなくなった。怖くて、観客の顔が見れない。僕は不安で押しつぶされそうになるが、堂々と戻る。
 僕が戻ると、入れ替わりでデザイナーさんたちが、ランウェイに上がって、拍手を受けている。
「どう…でしたか?急に静かになっちゃって…」
 僕が、俯くように言うと、サーラさんが僕の顔を持ち上げた。
「何言ってるのよ!最っ高!!コンセプトの"伝統と現代の神秘"って感じっ!」
 笑顔のサーラさんと、泣いて頷きながら翻訳をする菅野さんを見て、一気に肩の荷がおりた。
「よかった…」
「あと、表情もよかったわ!ちょっと、未亡人かも〜って思ったけど、合ってたわ!」
「ありがとうございます!」

 その後は、デザイナーさんからも褒めてもらえて、僕の初パリコレは大成功に終わった。
「シュウ、立派になったわねぇ!ズズッ…」
 ホテルに戻ると、菅野さんが泣いて絡んできた。外でご飯も食べた後で、菅野さんはお酒も飲んでいた。
「絡まないでください〜」
「だって、これから忙しいわよ!きっとぉ」
「そうですかね?」
 菅野さんの部屋の前まで来ると、菅野さんはしっかりと立って、拳を天井へと上げた。
「あったり前でしょ!パリコレのトリを飾ったんだから!シュウの魅力はこんなもんじゃないぃ!」
「わかりましたから…お部屋にどうぞ〜」
「おやすみぃ〜」
 菅野さんはだいぶ酔っていた。明日のフライトで帰るが、大丈夫だろうか?
 僕は部屋に戻って、風呂に入る。
「ふぅ……終わっちゃった。なんだか、まだ夢の中みたい」
 湯船に浸かって、しっかりと温まった。初日は「甘いな」と思っていたシャンプーと、ボディーソープの香りにも慣れた。
 お風呂から出て、髪を乾かす。
「んふふ…緊張したけど、楽しかったなぁ。一日目なんて、心臓痛くて……高良に連絡もらって…」
 僕はふと、高良にお礼を言っていないことを思い出す。久しぶりにスマホを開くと、高良からの連絡が「柊なら、できる」の他に二件。
「できたでしょ?……高良は見てないのに、僕のこと信じてくれてるんだ」
 感動で泣きそうになる。だが逆に、この関係が終わる可能性を考えると、怖くなる。
────逃げてばかりはダメ。高良と向き合う…後悔したくない……!
 最新の連絡は「明日のフライト、何時にこっち着く?」と来ていた。
 僕は、菅野さんから受け取ったチケットを確認する。
「えっと……八時に出発?!着くのは…夜の十時?……遅くない?」
────というか、菅野さんの朝が大丈夫なのだろうか?
 とりあえず、僕は高良に「着くのは夜の十時……遅いから、次の日に会いに行くね」と送った。
「日本は…五時くらいかな?冬休みだし、まだ寝てるよね」
 僕は、パリ時間の五時のアラームを設定して、急いで帰る支度をした。


***


「はぁはぁ…なんとか、間に合った…」
「はぁ…ごめんね。シュウ…」
 僕は、飛行機の座席に座りながら息を整える。
「大丈夫ですよ。僕も、寝坊したので…」
 本当は時間通りに起きて、一時間ほど菅野さんを起こすために奮闘していたことは、黙っておこう。
「夜の八時のつもりが、朝だとは…」
「もう、大丈夫ですから…とりあえず、朝ごはんを食べましょ。ね?」
「うん…」
 菅野さんは、たまにおっちょこちょいだけど、いいマネージャーさんだ。できないことは、僕が補えばいい。
「帰りは、ちゃんと送ってくからね」
「あはは…助かります」
 夜の十時はさすがに危ない。羽田から家までは二時間以上かかる。こういう時は、言葉に甘えておく。
「離陸時はシートベルトを…」
 出発のアナウンスがかかる。高良の連絡は来ているかわからない。だが、会えたらしっかりと、想いは伝える。
「朝早かったし、シュウは寝ててもいいよ」
 菅野さんが優しく言ってくれた。僕は「はい」と言って、重くなってきた瞼をゆっくりと閉じた。


***


 高良は、ヘルメットを外す。
「ふぅ…麻実、どう?」
「高良くんや…俺を実験台にしているのかね?」
 高良は図星だが、ちょっと間を開けてから「ちげぇよ」と言った。
「嘘つけ!俺を殺すつもりなのかと…」
「そんなに酷かったか?」
「……いや、その顔やめろ」
 麻実には高良からの、覗き込みながらの上目遣いは、胸がやられてしまう。
「え…あ、ごめん。で、どうだった?」
「悪くねぇよ。ていうか、上手いから。普通に」
「素人でも、わかってくれるか」
「あ!今ディスったな?」
 高良はヘルメットを被り直して「行くぞ」と言った。