その愛に気づくまで

 先程、年越しの連絡を入れたきり、スマホは鳴っていない。高良も忙しいらしく、「明けましておめでとう」からの会話は無い。
────やっぱり、避けられてるかな…バレてるかも
 僕の気持ちがわかってしまったから、高良は僕に連絡をくれないのかもしれない。
「こっち来て。ウォーキングのテストよ」
「あ…はい!」
 モヤモヤした気持ちの中、僕はパリにいる。


***


 十時間ほど前、飛行機内。
 僕は菅野さんとパリ行きの飛行機に乗っていた。
「シュウ…気になってたんだけど、高良くんとケンカでもしたの?」
「……え?」
「あ、いや……変な意味とか無いのよ?ただ、最近は仕事で忙しくて会えてないだろうし、仲悪くなってないよね?……って」
 流石、菅野さん。僕たち二人の仲がいいのは、事務所の誰もが知っている。僕が最近、連絡すらまともにしていないことも、観察していればわかってしまうだろう。
「えっと…仲は悪くなってない…と、思います。多分」
「多分?」
「最近、連絡も取れてなくて。あっちも忙しそうですし」
 そう言うと、菅野さんは「えぇ…」と言って、天を仰ぐ。
「どうしました?」
「いや、あのね。高良くんってどんなに忙しくても、シュウに連絡する時間を作るの。一日に最低三十分くらいは」
「そうなんですか?」
 高良が僕のために時間を割いてくれていたことを、初めて知った。だが、最近は連絡が遅かったり、そもそも返事が来なかったりする。
「最近の連絡は、取れてないってよりは、高良からの連絡が減ったんです」
 菅野さんはびっくりした表情をする。
「あら……もしかしたら、拗ねちゃったのかも。シュウは最近、本当に忙しかったじゃない。それで避けてるのかも……ごめんなさい」
「いや、謝らないでください。別に……高良が忙しいんですよ……あはは…」
 必死に取り繕うが、僕の中では焦りが出ている。高良が、本当に避けるために、わざと連絡していないのなら…
────僕は高良に嫌われたりしたら、やっていけない…
「そろそろ、寝ますね」
「そう。おやすみなさい」
 今は眠って、忘れるしかない。寝て起きて、パリに着いてスマホを見たら、連絡が来てるかもしれない。


***


 連絡が来ていないスマホを見る度、高良の存在が僕にとって、どれほど心の支えになっていたかを思い知った。
「シュウ!そこのポージングは、三着目のよ!今は二着目の確認なんだから!」
「す…すみません!」
「もっと、セクシーに!あなたなら、できるわ!!」
 ウォーキングの先生に怒られて、ハッとする。
 緊張のせいか、高良のことが不安なのか、ウォーキングに集中できていない。
「……一回、休憩にしましょう」
 菅野さんは全体に伝えると、僕の方に来る。
「シュウ、大丈夫?体調悪いとか?」
「いえ、体調は大丈夫です……緊張ですかね」
「緊張だけならいいけど」
 菅野さんは、僕の前に立つ。
「フライトの時から、ちょっと変よ。あの時、私が何か言ったからかしら……言ってちょうだい」
「別に、菅野さんのせいとかでは……」
 菅野さんのとても真剣な眼差しが、僕に突き刺さる。パリコレに本気で挑もうとしている、そのことが伝わってくる。
「実は……菅野さんに、高良は僕を避けてるって言われて、それを意識し始めたら、どんどん怖くなって…それで……あ…」
 菅野さんが、僕を優しく包み込む。
「高良くんの話なら、緊張もほぐれると思ったけど……無理して高良くんの話に、持っていくんじゃなかった。ごめんなさい」
 菅野さんは、子どもをあやすように背中を撫でながら、謝っている。菅野さんは、僕のために話してくれていたのだ。
 こんな時でも、高良の腕の中ならいいのに、と思ってしまう自分が嫌になる。
「菅野さんは、別に悪くないんです。本当に。でも、高良は彼女できたし、本当に避けられてるようで、不安なんです」
 今更だが、こんなことを菅野さんに相談していいのか、僕はチラリと菅野さんを見る。
「え?!高良くん、彼女できたの?それは無いわよ……ていうか、高良くんが、シュウを避けてる……?いや、そっちの方が無いわね。絶対に」
 菅野さんは、きっぱりと言い切った。
「なんで、そう言い切れるんですか?」
「うーん……高良くんは、シュウの仕事に理解があるからよ」
「理解があるって言っても……僕、約束をすっぽかしちゃったんですよ。そんな、仕事のために約束を守れないなんて……いくら高良が優しくても、嫌いになるかも」
 僕がしょんぼりすると、菅野さんは笑い出す。
「何かおかしいですか?」
「えぇ、おかしいわよ。高良くんは、シュウがどれほど仕事を好きか知ってる。しかも高良くんは、あんなにシュウのことが大好きなのよ?それを今さら嫌いになんて、絶対ならないわ。幼馴染だからって、あんなことするかしら…?」
 僕は菅野さんの言う「あんなこと」を考える。高良にやってもらってきたことは、どれも普通のことだ。
「あの……あんなことってなんですか?」
「え…えっとー…それはね…あはは…」
 菅野さんは、ここまで言って渋り出す。
「ちゃんと教えてください」
「………私が言ったって、内緒よ?この前、家まで送った日あったでしょ?」
「はい」
「あの時に貸した傘は、高良くんのよ」
「………え?」
「あの日、高良くんが事務所に持ってきたのよ。俺が持ってきたのは内緒ですって。シュウの邪魔、したくないって言ってたわよ」
 高良が僕のために、わざわざ持ってきてくれたなんて、わからなかった。僕の邪魔したくないって、僕にとって高良は邪魔じゃないのに。
「高良くんは、避けてるんじゃないわよ……きっと、パリコレに集中できるように、あえて連絡してないのよ。だから、大丈夫」
「……あえて?」
「そうよ。だから、シュウは高良くんのためにも、パリコレに全力を注いでちょうだい……!」
 そう言って、菅野さんは「始めるよ〜」と、全体に声をかける。
 高良は僕のために、気を遣ってくれている。僕が頑張らなくて、どうするんだ。でも…
────高良は、僕を応援してくれてるのだろうか…
「あと、高良くんね……」
「はい」
「シュウのパリコレ、頑張れって。自分で伝えるのは、なんだが恥ずかしいから言っといてって言われたのに……忘れてた。ごめんね」
 すぐに、衣装やヘアスタイルを直される。
────僕は高良のために、頑張りたい……!
 三時間後。
「休憩してから、良くなったわね。自信がついた感じ」
「ありがとうございます……!」
「明ヶ後日には、リハーサルよ。自分でも練習しといてね」
「はい」
 菅野さんに安心させてもらえて、やっといつもの自分になった気がする。
「シュウ!良かったわよ。この調子で、ちゃんとリハーサルと本番、やるのよ?」
「はい。あの、さっきはありがとうございます。僕、菅野さんに大丈夫って言ってもらえて、安心できました」
 菅野さんは嬉しそうに微笑んでいる。
「なら、良かったわ……それより、リハーサルまで、どうするの?ずっとホテルにこもって、練習してるなんて言わないわよね?」
「そうですね……観光したり、お土産買おうと思います」
 高良に、ちゃんと謝りたい。それで、高良にちゃんと想いを伝える。
 高良は優しい。でも、だからって何もないのは、人としてダメだ。
「高良くんに買ってくのね〜」
「えっ……なんで、わかるんですか…?」
「だって〜シュウって結構、高良くんファーストだから」
────僕が、高良を第一に考えてる?
 思い返せば、確かに僕は高良を軸に考えていることが多かった。
 高良が一人なら一緒にいるようにした。やりたいと言ったら一緒にやるし、嫌だといえばやらない。
「それじゃあ、ホテル戻るわよ。時差ボケが辛いわ」
 菅野さんとホテルに戻って、それぞれの部屋に帰る。
──ボフッ…
 僕はベッドに倒れ込む。
「僕って……小さい時から、高良のことが好きだったのか」
 そのことに気づいてしまったら、どんどん顔に熱が集まる。顔が熱くて、爆発しそうだ。
──ブブッ…
 枕に顔を埋めていると、スマホが鳴った。
 高良からだと期待して見ると、菅野さんからだった。
「そうだよね…応援してくれてるんだから」
 菅野さんからの「日程は初日と三日目と最終日」という連絡を見て、眠りにつく。
────でも、ちょっとくらい話したいよ…


***


 一月五日。パリコレ初日の夕方。
「ふぅぅ……」
 深呼吸しても、心臓がバクバクと強く動いている。
 一着目はぴったりとした、体のラインが見えるタイトな白い衣装。袖が指先しか見えないほど長くて、胸元が少し開いている。
「大丈夫。僕はちゃんとやってきた……」
 会場に響く観客の声とBGM。そして、少しずつ迫ってくる順番。あと二十人…
 全てが、僕の脳を混乱させる。
────こういう時、いつも高良が抱きしめてくれたっけ
 日本でのショーは、サポートとして高良がいてくれた。でも、ここにはいない。
────昨日だって、ちゃんとできた。大丈夫…
 そう自分に言い聞かせていたら、スマホが鳴った。
──ブブッ…
「高良……!」
 久しぶりの高良の連絡が、とても嬉しい。画面には「大丈夫。柊は、ちゃんと魅力的だから」と表示されている。
「魅力的…セクシー……」
 僕は「うん。頑張る」と返事をして、集中する。もう少しで、僕の順番。
 あと五人……四人…二人……僕の番。一歩、足を前に出す。堂々と、一歩。また一歩。
 ランウェイの一番先まで来た。ここで、ポージングをする。
────みんなが見てる…
 観客の中に、高良を思い浮かべる。そうすることで、少し緊張がほぐれた。
 そして、僕は今までで一番の「セクシー」を見せた。
 ポージングをすると、体のラインが浮き出す。
 そして、ゆっくりと瞳を細めたまま、クールな表情をする。最後に、振り返る時は流し目を。
「What is that model's name?」
(あのモデルの名前は?)
「De quel modèle s'agit-il?」
(どこのモデル?)
「ha una grande forza espressiva!」
(素晴らしい表現力だ!)
 戻る時も、気を抜いてはいけない。ウォーキングは練習通り、完璧にする。
「はぁはぁ……」
 緊張で、頭の中が真っ白だ。いざ観客を目の前にすると、やっぱり怖かった。
「あれで、大丈夫だったかな……」
「シュウ…!」
 菅野さんがヒソヒソ声で、僕を呼んだ。
「どうでしたか?」
「すごかった……今まで一番よ…!」
「良かった…!」
 安心して胸を撫で下ろすが、休む時間はない。
「シュウ、二着目よ。余裕はあるけど、急いで」
「はい」
 すぐに着替えて、列に並ぶ。
 二着目は、先程とは真逆の黒スーツの衣装。しっかりしているようで、袖部分はフリルになっており、少しばかりの遊び心が感じられる。
────次、僕の番…大丈夫。高良が見てくれてる
 先程よりは、緊張が薄れている。フリルが目立つように、少し大きく腕を振る。自然な範囲で。
 ランウェイの一番先。
「Pourquoi votre visage est-il inexpressif ?」
(なぜ無表情なの?)
 ここまでは無表情で来た。ポージングをする。
────この衣装に合う表情は、やはり……
 僕は、ゆっくりと口角を上げて、悪戯な笑みを浮かべた。
 無表情からの小悪魔的な微笑み。その衣装のギャップを、僕の表情で補う。
 戻る時は、また無表情で戻る。ここまでが、この衣装を魅せるためのウォーキング。
「シュウ、良かったわ……!この前は、どうなるかと思ったけど、どうにかなって、ホッとしてるわ」
「ありがとうございます。ご心配をおかけしました…」
「今日は、着替えたら帰っていいそうよ。また、明後日ね」
 僕は、すぐに着替えてホテルに戻った。
────高良に、お礼を伝えたい
 ホテルに戻って、すぐにスマホを開く。「応援、ありがとう。」と送ると、すぐに「いつ帰る?」と返事が来た。
「まだ帰れないな〜」
 僕はそう言いながら「一月十日のフライトだよ〜」と送る。が、すぐには返事は来ない。
「高良と話したいな…」
 まだ返事はないが、追って「今、電話してもいい?」と送った。
────……嫌がられたら、どうしよう
 高良はそんなことしないと思うが、顔が見えないと感情が読めない。「今は無理」と言われているだけでも、拒絶の意味があったら、僕は耐えられない。
 すると…
──ブブブッ…ブブブッ…
 高良から、電話が来た。
「……はい。篠原柊、です」
 僕は驚きから、名を名乗ってしまった。
「あはは。名乗る方式ね…梅野高良です。久しぶり……少しの時間になるけど、いい?」
「ひ…久しぶり!少しでも、全然嬉しい…!」
 僕は、心臓が飛び跳ねるほど緊張しているが、高良はいつも通りだ。世の中の恋する女の子は、こんな感じなのだろうか……心臓が痛い。大変だ。
「どう、パリは?」
「き、綺麗だよ。なんだか、絵画の中にいるみたいで、不思議な感覚」
「パリにいる柊……か。見てみたいな」
「うふふ。何それ〜僕は絵にならないよ?」
 いつものように、僕を笑わせてくれる。電話は二回目だけど、まるで隣にいるようだ。
「そうかな?絵になると思うよ……本当に」
「!……そういうのは、彼女ちゃんに言ってあげな……ね」
 自分で言って、胸がズキンと痛む。
────なんで傷ついてるの……わかってたことでしょ?
「柊…」
「ご、ごめんね……疲れちゃったから、もう寝ようかな。声聞けて良かった!おやすみ!」
──ブツッ……
 逃げるように、電話を切った。
「……少しって言ってたのも、彼女のためとか?僕、お邪魔だったかな…」
 口にして整理してたら、涙が出てくる。
「なんで、泣いてるの……ダメだろ?別に、高良がそう言ったわけじゃないんだから」
 そう。これは全て、僕の憶測だ。マイナスに考えてばかりいてはいけない。
「冬休みの課題と戦ってたのかも……高良は、ああ見えて数学が苦手だから」
 僕は「うん。きっとそう」と自分に言い聞かせた。


***


 一月七日。パリコレ三日目のお昼頃。
 僕は、午前中に和服の衣装でランウェイを歩いた。
 後ろで緩いコルセットのように結び、背中が見えるような構造だった。
 ランウェイの先までは、穏やかな微笑みで。ポージングの時には、手元で口元を隠すように、袂をさりげなく見せる。袂の柄は、金の龍が睨みつけていて、迫力がある。僕も観客を睨みつけて、さらにインパクトを与えた。
 お昼頃の現在。
 二着目は、白の短パンに黒のレースのローブを合わせた、少し奇抜な衣装だ。
「やっぱり、この短パンの丈は短いですね」
「そうね…でも、シュウは肌が白くて綺麗だから、大丈夫」
 菅野さんが、僕の肩をぽんと叩く。
「うん、いいね……レースのローブだし、はっきりと見えないのが、逆に神秘的だ……!」
「そう……ですね。ハラチさん」
 ハラチさんは、今日の僕の衣装二着のデザイナー。ハラチさんのモットーは「見えない神秘と伝統」らしい。
「だろう?和服に関しては、傑作だろう!和服は通常、儀式的なことでしか着ないし、背中なんて見えるはずがない!だが、そこに着目してチラ見せすることで……」
 こうなると、止まらない。ハラチさんは、仏と日本のハーフだから、日本語が通じる。だからこそ、こうして教えてくれようとするのだ。
「この服だって!昔のイギリスの上流貴族の少年の正装という、伝統的な服をディテールに、ローブをレースにすることで、少年の見えない神秘を」
「ハラチさん、もうすぐなので、失礼しますね」
 よく考えてみたら「ハラチさんって少しハレンチな衣装が得意だな」と、思いながらランウェイを歩いた。少し余裕が出てきたのかもしれない。


***


 一月九日。パリコレ最終日の夕方。
 一着目のランウェイも無事に終えて、二着目に着替えていた。
「これで、終わっちゃうのね…」
 菅野さんが寂しそうに言う。
「そうですね。ちょっと寂しいですけど、楽しかったです」
「そうね…私も楽しかったわ。シュウったら、ずっと調子がいいんだもの。もしかして、高良くんから連絡あった?」
 僕は少しだけギクリと思ったが「連絡ありましたよ。避けてるわけじゃなかったです」と、半分の事実と半分の嘘を伝えた。嘘…というよりは、不明なことだ。
 あの電話以来、高良の連絡は通知を切っている。パリコレに集中するためだ。
────逃げてるだけか…
 なんて思っていたら、他のブランドの関係者が、慌てた様子でこちらに来た。
「あの…うちのモデルが、さっきヒールで捻挫しちゃって…彼を使わせてほしい……!」
 とても慌てている様子で、僕の方を見る。
 フランス語がわからない僕は「なんて?」と菅野さんに聞く。
「モデルが怪我したから、あなたを使いたいって」
「……え?」


***


 高良は、冬休みの課題をやりながら、柊のことを考えていた。
「久しぶりに声が聞けたのに、すぐに切られちゃった…柊の声、ずっと聞いてたら会いたくなって、寂しくなるからって決めてたのが、良くなかったな」
 一人反省会で、どんどんネガティブになっていく。
「俺、自分で我慢しといて……柊不足で苦しんでんじゃん。馬鹿なの?俺は馬鹿だろ…」
 ペンを持つ手に、力が入らなくなっていく。
「今日は、もう終わり……」
 そう言って、数学のワークを閉じる。
「はぁ…柊……」
 スマホの写真フォルダを開く。中は、柊の写真とその他が、八対二の割合で入っている。
「……会いたいな」
 高良はベッドの方を見る。ベッドの上には、柊が使った後のパジャマが、そのまま置いてあった。
 高良は、そーっとパジャマに手を伸ばして、匂いを嗅ぐ。
「もう、柊の匂いしない………俺、キモイ…」
 柊不足で、どんどんキモく、ネガティブになっていく。
「あっ!そうだ。柊の家行こう。うん。それだ」
 柊の家なら、柊の匂いが充満していると考え、柊の家行こうとする。が…
「……いやいやいや。もっと会いたくなるだろ馬鹿。我慢できないじゃん。今までの苦労を考えろって」
 そこから、三十分ほど悩んで、高良は行かない選択をした。