その愛に気づくまで

 俺と柊の出会いは、赤ん坊の頃から。覚えている一番古い記憶は、赤ん坊の柊が横で寝ているところ。
「あうぅ……うぅ!」
 柊は突然泣き出す。そうなると、俺はいつも柊の手を握りしめる。
「うぅ…?」
「うあ…あぁ」
 何か喋っているようで、喋ってはいない。だが、こうして甘える柊を、嫌だとは絶対に思っていなかった。
 赤ん坊の頃の柊は、今とあまり変わらない。綺麗な二重と通った鼻筋、程よく厚みのある唇の赤と真っ白な肌。
 柊のお母さんは、フランス人のお父さんがいるからだ。だけど、柊はその血を強く引き継いでいる。
 そのせいか…
「きょう、ともだちに、がいこくのひとみたいって…」
「だいじょぶ。わるいいみじゃないよ。柊はきれいだから」
「ほんとに?高良はぼくのこと、きらいにならない?」
 酷いことを言われることもある。その都度、傷ついた柊を慰めた。
「ならない。なるわけない」
 そして、泣いたあとは必ず眠ってしまう。
「ぼく、高良のにおい、あんしんする」
 ウトウトすると、柊はいつも呟く。
「おれも。柊のにおい、おちつく」
 傷つく柊が可哀想だったが、同時に「甘えてくれて嬉しい」と、喜ぶ自分がいた。


***


 母さんは外科医。父さんは弁護士。二人とも、世界中を飛び回って仕事をしていた。当然、両親がいないことが多かった。そんな時は、母さんと仲がいい、柊の家族と一緒に過ごしていた。
 それこそ、赤ん坊の俺を快く受け入れてくれた柊の両親には、感謝でいっぱいだし、本当の家族のように思っている。
 柊とは本当の兄弟なのだと、小学生まで信じていたほど、柊の家族と……柊と過ごした時間は長い。


***


 柊と会えない状態で、既に二週間。
 スマホに写っている、柊とのトーク履歴は一昨日で止まったままだ。
「やっと、パリコレ決まって良かったね。って送ったのに、既読がついただけ…」
 二週間会えないことは、以前にもあった。別に平気なはず。だが、今回は違う。
「まーた、シュウ君ですか〜?」
 クラスメイトの聖也(せいや)が、声をかけてくる。
「そうだよ。なんか、悪い?」
「いや、悪いとは言ってないべ?」
 そうだ。悪いとは言ってない。ただ、柊のことか聞いただけ。だが、聖也がかまってほしそうにしているのが、気に食わない。
「女子たち、また騒いでたよ〜?お前の次の彼女は私だ!つってよ」
「そ。あの子は別に、お試しの彼女だったから何もなかったのにな」
「え、そうだったの?」
 聖也は引き気味にそう言うが、体は前のめりだ。
「うん。正直、期待しないでほしいな。俺は俺で、好きな子いるからさっ!」
 俺はわざと大声で、女子たちに聞こえるように言ってみた。案の定、女子たちは「え、誰?!」とか、「二番目でもいいから!」とざわめき出す。
「……お前、嘘は良くないぞ?」
「嘘じゃない。本当に好きな子がいるから、そう言っただけ。それでもグイグイくるなら、俺は嫌いになる」
 俺の言葉を聞いて、女子たちは再度グループになって話し出す。
「え〜…気になるぅ!教えろよ!その子の特徴でもいいから!教えろ!」
 聖也も気になるらしい。俺的に、厄介な女子たちがいなくなるだけでも、ストレスが減って嬉しいが……
「誰にも言うなよ?」
「言わねぇ!言わねぇ!ドンと来い!」
 変に期待されたり、言い寄られたりするより、明言しておく方がいい。しかも、愛してもらえても、俺が愛してあげられないし。
「その子はね、俺より小さくて」
「お前、それはみんな当てはまるから。それ以外にしろ!」
「ごめんごめん。で、結構前からの知り合いで」
 聖也は「ほぉ〜」と言いながら、相づちを打つ。
「顔は綺麗め、声は少し高め。筋トレしてるのに筋肉があんまり付かなくて悩んでて、何着ても似合う。髪は染めてないけど、少し茶髪が混じった明るい髪色。料理とか家事ができて何でも真面目に取り組むし、頑張ってるな〜って伝わるくらい努力家」
 俺が早口、一息で言ったことに対し、女子たちが「あの子じゃない?」「いや、あの子!」などと話している。
 聖也は「めっちゃ好きじゃん!」と言った。
「え〜……誰だ?高良よ、もうちょいヒントを…」
「嫌だよ。好きな子の魅力、広まっちゃうじゃん。聖也が自分で考えるんだよ」
 聖也は「わかんねーよ!」と嘆くので、もう一つ。
「じゃあ、ラストな」
「おぉ!」
 聖也も女子たちも、一斉に俺を見る。
「俺だけに見せる笑顔が、マジで可愛い」
 柊がたまに見せてくれる、俺だけに向ける安心と信頼、甘えたような笑顔を思い浮かべる。
「……いやいやいや…お前さぁ、惚気聞きに来たんじゃねぇよ?」
 聖也の言葉に、女子たちが「うんうん」と頷く。だが、俺と柊は付き合っているわけではない。よって…
「惚気じゃない。付き合ってないからね。あの子は……どうだろ。気づいては、いる?」
「好きバレしてんのかよ?!」
「違う違う。あの子も、少しは意識してくれてると思うってこと」
 実際、初めて電話で話したあの時、柊は明らかに何かに気づいていた。だが、俺の好きバレではない。
 だって、俺のアピールには気づくはずがないから。子供の頃からやっている生活に、いちいち疑問を持ったり、ときめいたりはしないだろう。
「────席つけ〜」
「やべっ」
 先生の声掛けで、聖也と俺を取り囲んでいた女子たちが、戻っていく。
 机を見ると、女子たちからの手紙が散乱している。いつもこうして、俺宛ての手紙が置かれているが、見もせずに捨てる。こうして求められるのは……大嫌いだ。
 授業のチャイムと共に、目を閉じる。


***


 俺は、求められるのが嫌いだ。好かれたり、好意を伝えられるのも。
 人からの愛情を、まともに受け取れなくなったきっかけは、五歳の時の親の離婚が原因だ。
 母さんは、父さんとなかなか会えなくても、「結婚しているし、愛しているから大丈夫」と、父さんを愛していた。だが、父さんは違った。会えないことから寂しさで、不倫をして「相手の方が愛している」と言って、出ていった。
 離婚してから、母さんは二週間も仕事をせずに泣いていて、俺は保育園を休んで母さんに寄り添った。
「母さん…大丈夫?」
「あの人が…私の全てなのに!……なんで?」
「母さん……?」
 母さんは、俺を見るといつもこう言った。
「父さんに似ているわ。高良は、ずっと居てくれるわよね?私、高良しかもういないのよ」
 縋るような母さんを見て、最初は支えてあげようと思った。だが…
「高良、これ欲しい?あ!遊園地、連れてってあげようか?」
 母さんは、俺を繋ぎ止めておくために、尽くすようになった。俺がやってほしそうなことをやっていった。
 そして、いつかこう思うようになった。
────一方的に求められる事が愛なら、俺はそんな愛なんて要らない。
 求められることが、嫌になった。
 そして、俺は母さんと離れることにした。
「母さん…お仕事の電話、鳴ってたよ」
「私は、高良とずっと一緒に…!」
「でも、患者さんが……母さんを求めてる人が、世界中にたくさんいるよ」
 そう言うと母さんはあっさり、仕事に向かった。それからは、母さんは仕事で忙しくなることで、寂しさを埋めていった。
 きっと、誰でもよかったんだと思う。母さんはきっと、誰かに求められたかったんだ。
 仕事に行った母さんに、保育園へと預けられた。久しぶりの保育園は、うるさくて敵わなかった。
「高良くぅん!なんで休んでたの〜?」
「お風邪ひいてたのか?大丈夫かぁ?」
「あたしたち、ずっと心配だったの〜」
 初めは、心配する声だけだった。だが、段々と
「高良くんは、あたしたちと遊ぶの!」
「高良は俺らと遊ぶのが一番なんだよ!な、高良?」
 まるで、俺が遊びたくて保育園に来ているみたいに、俺の取り合いが始まる。
────一人にしてほしい…
 俺は一人で本を読むだりしていたい。お前らと遊ぶのなんて、楽しくない。
「みんな〜!みんなでかくれんぼしよーよ!」
 聞き馴染みのある、安心する声がした。
「えー…あたしたちは、これがいいの!」
「へ〜俺らはかくれんぼ、高良と柊とやるぜ!」
「あ!ずる〜い!あたしたちもやるぅ!」
 じゃんけんで、女子一人が鬼に決まった。
「やりたくないのに…」
 柊も俺のことを、強く求めているんだと残念に思って、ついポロッと、そんなことを口にしたら腕を引かれた。
「高良、こっち!」
 柊が俺の腕を引いて、他の子とは逆方向へ走った。連れてこられたのは、保育士が使っている物置き。
「柊…入っていいの?」
「うーん…わかんない。けど、高良は長いこと見つかりそうにないよ」
「見つからないのは、嬉しいけど…」
 実際に「隠れたまま気付かれずに一日が終わればいい」そう思っている自分がいた。
「そうだよね〜僕、違うとこ行くよ。一人になってたいでしょ?」
 俺は、この言葉を聞いた瞬間「柊なら…」と思った。今思えば、かくれんぼで見つかる確率を下げるため、何気なく言ったのかもしれない。だが、この時俺は、柊だけは「俺を強く求めてこない安心できる人」なのだと感じた。
「いや、柊と隠れてたい。柊といたい」
「……いいの?じゃあ、僕もここにしよ〜」
 二人きりで隠れても柊は何をするでもなく、ただ隣に座って、一緒にいてくれた。
 この時になって、柊が「かくれんぼをしよう」と言った理由がわかった。子供だった俺でも、柊の何気ない気遣いを理解した。
 鬼のカウントダウンが終わって、女の子の「みーつけた!」という大声が、次々に聞こえてくる。
「柊」
「しーっ!見つかっちゃうよ」
 見つかりたくはない。もう少し、隠れていたい。
「ごめん……あのさ、柊は俺を助けてくれたの?」
 気遣いなら感謝をしたい。そう思って、小さな声で柊に問う。
「……高良、なんだかこまってるように…みえたから」
「!…………ありがとう」
 柊は優しい。困っている人を判断できる。そして、手を差し伸べてくれる。
 目を泳がせて、少し恥ずかしそうに言う柊が、俺を助ける天使に見えた。
「いや……僕がかくれんぼしたかったってのも、あるからいいの!」
 見つからないよう小声だが、柊が恥ずかしがっているのはわかった。
「二週間、どうだった?俺いなかったけど」
「えっと…みんなが高良を心配してたよ?お家行ってあげようかなって、言ってる子もいたし」
「柊は心配してくれた?」
「心配したよ……!」
 柊の表情が、しょぼんとする。本当は寂しかったのだろうが、そのことを俺に伝えたりはしない。
「そっか……ねぇ、ここって見つけにくいよね?」
「そう…だね。先生たちしか知らないよ。きっと」
 柊が悲しそうにしているのが、嫌になった。こんなに俺を想ってくれるのに、強く俺を求めはしない。
「柊、ここおいで」
「え、あ…うん」
 柊は「なぜだ?」というような表情で、俺が「ここ」と言った足の間に座る。
「高良、なんで?……本当は、一人で過ごしたかったんじゃ、ないの?」
 改めて考えたら、双子の弟と妹が産まれてから、柊は欲を出さなくなった。恐る恐る言う柊を見て、何とも言い表せない気持ちが湧き上がる。
────柊に、求められたい……!
「柊といたい」
「……そっか」
 それから、柊は静かになった。規則正しい呼吸で、眠ってしまったことに気づき、柊の体温で俺も眠る。


***


「…から!高良!もう放課後!起きろ!」
 聖也が俺を起こす。
「おはよ。もう放課後……最悪」
 いい夢を見ていた気がするのに、聖也に起こされたからか、気分が悪い。
────柊だったら良かったのに…
「はぁ…お前、授業もずっと寝てるし、期末テストどうすんの?遂に来週よ?」
 聖也は心配してくれている。だが、起こしてくれるだけでいい。他の雑談はいらない。
「大丈夫。また来週」
────柊のことを考えないように、夜はずっと勉強してるし…
 俺が立ち上がると、女子たちに囲まれる。
「高良〜あたしたち、カラオケで勉強すんだけどさ、来ない?」
「てか、来てよ〜」
「高良いれば、ちょー捗るし!」
 どうせ、彼女たちは勉強をしない。行ったところで「彼女にしてよ」という、アピール合戦が始まって面倒なだけだ。
──ブブッ
「……俺、帰るから」
 そう言って、女子たちの壁を突破する。
「えー!ちょっと、あたしたちはー?」
「ねぇ……さっきスマホ見て、笑顔になってなかった?」
「マジで?え、本命……とか?」
 女子たちの言葉なんか、耳に届かない。スマホには、柊から
「ありがとう。パリコレまで忙しくて学校行けないけど、テスト週間は来れる」
 と連絡が来た。
「忙しかっただけ。別に、俺を避けてたわけじゃない…!」
 連絡が嬉しくて、すぐに家に帰る。
 学校から歩いて二十分で、家に着く。歩いている間に、少し昂った感情が落ち着いて、連絡をする。
「準備どう?……いや、これだと報告されて終わりだ」
 できれば、柊とは少しでも長く連絡を取りたい。二週間会えていない柊不足を補うためにも、広げやすい話題がいい。
「仕事で疲れてるなら、学校の方がいいか?」
 近々あるのはテストだ。柊もテストの話をしたし、勉強の話でもしよう。
「テスト勉強、してる?っと」
 送るとすぐに、返信が来る。すぐに返してくれるなんて、嬉しい。
「してるよ。でも、今回のテストは酷そう」
 柊は頭がいい。あまり勉強をしていなくても、平均点は絶対に超える。
「またまた〜そう言って、いい点数取るんだよな〜っと」
 送ったが、未読のままだ。流石に、長い時間スマホを見てはいられないだろう。仕方ない。
 俺はスマホを閉じて、机に向かって勉強を始める。
「柊のためにも、もっと勉強しないと……!」


***


 一週間後。テストも終わって、真っ直ぐ家に帰る。
 教室にも行ってみたけど、柊はすぐに帰ってしまって会えていない。
 俺はベッドに倒れ込む。
「はぁ…結局、三週間会えてなくて……連絡も、既読ついたけどあれっきり…」
────もしかしたら、気持ちが変わってしまったかも
 俺は「テスト、お疲れ様」と連絡を入れて、テキストとにらめっこを始める。
 高良は、柊との連絡履歴に既読が付いたのに気づかなかった。


***


 十二月下旬。僕は事務所で、たくさんのスタッフに囲まれていた。菅野さんは、少し離れたところから、僕を見る。
「シュウ、次はこっちのブランドよ。最終チェックだし、違和感を感じたらなんでも言いなさい」
「はい」
 僕はパリコレの衣装をチェックしている。既に三時間経っているのに、二着しか終わってない。
 パリコレが決まってから、ウォーキング練習やフィッティングがスケジュールに加わって、忙しくなった。
 しかも、菅野さんがたくさんの人に「シュウのパリコレが決まった」と言ったことで、十二月の撮影がさらに増えた。
「シュウ、大丈夫?休憩した方がいいかしら?」
「あと一着、チェックします!」
「そう…」
 家には寝に帰るみたいに、短い時間しか帰れないし、高良との約束も守れていない。
────高良は、こんな僕を嫌いになったかも…
 連絡はくれているけど、やはり会えないのが辛い。会いたいのは、きっと僕だけかもしれないが。

 さらに二時間後。外もすっかり暗くなった。外は雨が降っていて、寒さが増している。
 衣装の最終チェックが終わって、菅野さんが車で送ってくれることになった。
「別に良かったのに…」
「ダメよ。あなたは大事なモデルなんだから、何かあったら大変!………そういえば、高良くんは元気?最近、話聞かないけど」
 菅野さんに聞かれて、黙り込んでしまう。そもそも、会ったりできていないのだ。話が無いのは当然だろう。
「まぁ…元気だと思いますよ。会ってないので、何とも言えないですけど」
「そう…でも、連絡くらいは……取ってるでしょ?」
「忙しかったので……」
「そう」
 高良の話で、僕が気まずそうなのが伝わったのだろう。菅野さんは話を終えた。
 明日で学校も冬休みに入る。さらに忙しくなって、連絡なんて取れないだろう。
 僕はスマホを取り出して、高良に「テスト、お疲れ様」と連絡する。
「もう少しで家よ。パリに行く準備しておいてね?荷物は十泊分。わかった?」
「わかりました。送ってくれて、ありがとうございます」
 家の前で車を降りる時、傘を持っていないことに気づいたが、走っていこうとする。
「あ…ちょっと待って!これ、使って」
 菅野さんは、折り畳み傘を手渡してくる。きっと菅野さんの物だろう。借りられない。
「すぐそこですから、大丈夫ですよ。菅野さんが濡れちゃいます」
「あー……いや、いいのよ。貰い物だし、私は自分のあるから。予備……みたいなもの」
 菅野さんの分があるならと、お言葉に甘えて傘を受け取る。
「じゃあ、また明日ね。来週にはパリよ?準備しとくのよ!」
「はい!おやすみなさい!」
 雨の中、菅野さんの車を見送って、玄関の前に立つ。
「ついに、来週……」
 僕はふと、高良の家を見る。明かりは付いているが、夜遅い。
 高良に会いたい気持ちを抑えて、玄関のドアを開けた。

 寝る支度を終わらせて、ベッドに横になる。スマホを開くと、高良から「テスト、どうだった?」と返信が来ていた。
────嬉しい……!
 今まで、高良の連絡だけで一喜一憂はしなかった。だが、今の僕は喜びで心臓が強く脈打っている。
「もっと話したい…声が聞きたい。高良は、もう寝ちゃったかな?」
────高良をもっと……
 時計を見ると、夜十一時。隣の高良の家を見ると、明かりは消えていた。
「電話、したかったな……」
────感じたい…
 既に高良は寝てしまっているだろう。僕は
「赤点回避〜来週からパリに行くから、帰ってきたら連絡する」
 と連絡を入れて、スマホを閉じる。
 起こすのは可哀想なので、僕は目を閉じて夢の中に行く。もしかしたら、高良と会えるかもしれないから。
 この日、僕は懐かしい夢を見た。高良と一緒にかくれんぼをする夢を。