その愛に気づくまで

 六時のアラームが鳴って、僕は目を覚ます。起き上がって辺りを見渡すと、リビングに高良の姿はまだない。
 なんだか、少し寂しい気持ちになる。
「家…帰るか」
 メモに「仕事行く。鍵はポストに入れておく」と書き残して、起こさないように家を後にする。
 僕の家には弟たちがいるため、静かに家に入る。
「ただいま〜」
 小声で言った言葉に、返事はない。
 僕は二階の自室に行き、パジャマから私服に着替える。いつもなら高良の家に置いて帰るが、高良を起こすのが申し訳ないため、着て帰ってきた。
「八時に事務所だから、今から出れば余裕だな」
 事務所は渋谷にある。電車に揺れながら、昨日も高良と来たな〜と思いながら、眠い目をこする。
 駅から事務所までは徒歩十分。休日だからか、既に多くの人が行き交っている。
「おはよう、シュウ」
 事務所に着いて、マネージャーの菅野さんが挨拶をしてくれる。
「おはようございます。今日はミーティングですよね?」
「ええ。今月の細かなスケジュールが決まったから、その話。あとは、他にも色々ね…とりあえず、会議室に行くわよ」
「はい」
 菅野さんはベテランのマネージャーで、高良とも仲良くしている。僕を見つけてくれたのも菅野さんだ。
「水でいい?」
「はい。ありがとうございます」
 菅野さんが席についたら、ミーティングは始まる。
「まず、今月の撮影ね。雑誌nononの十二月号は、クリスマスデートコーデ特集。十月号は、男女両方に読まれているし、売れ行きよかったわよ。頑張ったわね」
「ありがとうございます。十月号の服、僕的にはカジュアルな物が多い印象でしたから。ちょっとお堅いかなって思ったんですけど、手に取っていただけて良かったです」
 雑誌nononは、僕が専属モデルをしている雑誌だ。
「そうね。でも、十二月号はデートコーデだから、可愛らしい姿を沢山見せてほしいって言っていたわ。あと、デートのシチュエーションだから、女性のモデルとの共同撮影になるわ。大丈夫?」
「わかりました。どんな方なんですか?」
「花山美彩(はなやまみさ)よ。最近、SNSを中心に話題だし、身長があるからシュウともちょうどいいと思う」
 花山さん…一度だけ他の雑誌で見たが、面識はない。共同で撮影は初めてだから、今から緊張する。
「わかりました」
「あとは……」
 その後も、菅野さんは丁寧にスケジュールを教えてくれた。今月はテストがあるため、第三週目は毎日学校に行くが、その一週間以外だと週二でしか学校に行けないだろう。
「今月は年末の特集もあるから、いつもより忙しいけど……大丈夫?」
 正直キツイ。僕の生活がほぼ仕事で埋まってしまっているから、いつ息抜きをすればいいのかわからない。
 高良ともあまり会えないだろうし、会えても少し話す程度だろう。でも、この仕事はとても好きだ。
「はい。どうにかしますよ」
「本当に、頑張ってる姿見てると成長したな〜って思うのよ。初めの頃なんか、似合ってるのに硬い表情がダメって、カメラさんに怒られてて」
「もう……恥ずかしいんですから…」
 僕は思い出して顔が赤くなっていくのを感じ、手で顔を覆う。
「うふふ……でもね、最近のシュウを見てると、本当に成長が伝わるの。だから、もっと頑張ってね」
「はい……!」
 菅野さんが、こうして褒めてくれるのは素直に嬉しい。成長していることをしっかりと認識できる。
「やりがいを感じてきて……もっと、服を魅力的に魅せたいって、思うようになりました。僕……この仕事が大好きです!」
 僕は笑顔で伝える。
「……ふぅぅぅ」
 すると、菅野さんが急に深呼吸をした。僕は変なことを言っただろうか。
「どうしました?」
「シュウ、その笑顔は無闇に人に向けて、放ってはいけないわよ。いいわね?」
「笑顔を放つ……?」
 菅野さんは、たまに難しいことを言う。比喩表現が多かったりするというか……とにかく難しい。
「とりあえず、わかりました。じゃあ、また明日」
「ええ。気をつけて帰るのよ?というか、送っていくわよ」
 菅野さんが声をかけてくれるが、僕は断る。
「いや、僕はまだ売れてないですし、車で送迎とかは大丈夫ですから。じゃ、また明日!」
 菅野さんは言い出すと止まらない。だから、キッパリ断って、すぐに退散するに限る。
 事務所を出てから、すぐにお腹が鳴る。
「朝ごはん食べてなかった……帰るのは、時間かかるし…あ、でも財布ない」
 仕方なく帰ることにした。
 家に帰ると、お母さんが出迎えてくれた。
「柊、おかえり。朝ごはん食べて行ったの?」
「ただいま、お母さん。食べなかったから、お腹ペコペコだよ」
「そうよね〜洸(弟)と美兎(妹)を起こしてきて。みんなで朝ごはんにしましょ」
「わかった」
 僕は、洸と美兎の部屋に行く。扉を開けると、可愛い寝顔が見えた。
「中学生なのに、まだ二人で寝てるなんて可愛いな〜」
 洸と美兎は双子。一卵性だから、顔はそっくりだけどそれぞれ違った雰囲気がある。僕は、そんな二人が可愛くて仕方ない。
「洸〜美兎〜おはよう。朝だよ」
「ん〜……おはよう、お兄ちゃん」
「洸は寝起きがいいな〜美兎、起きて〜」
 体を揺すっても、美兎は起きない。美兎は一度寝ると、なかなか起きない。
「お兄ちゃん?……もうちょい寝かせて」
「朝ごはんできてるから、起きて……寝ちゃった」
 僕が困っていると、洸が僕に耳を貸すように言ってくる。
「美兎はね、お兄ちゃんに、ダイブするやつしてほしいんだよ」
「狸寝入りか……でも、あれは危ないからって、お母さんに怒られたでしょ?」
 洸はしっかり者。美兎は天真爛漫。二人の性格は真逆で、美兎は常に刺激を求めている。だから、今朝もこうして起きないのだ。
 でも確かに、最近は全然遊んであげれていない。
「じゃあ、お母さんには内緒だよ?」
「うん」
 僕は美兎をお姫様抱っこする。
「美兎、声はあんまり出さないようにね?」
「はーい」
 美兎は起きていたようで、嬉しそうな笑顔で返事をした。
「それっ」
──ボフッ
 美兎は「あはは」と笑って、楽しそうにしている。
「ありがとう、お兄ちゃん!ご飯食べよ〜」
 美兎はすぐに起き上がって、一階に降りていった。
「僕たちもご飯食べよ」
 そう言って、洸はベッドから降りた。僕は、洸をお姫様抱っこする。
「うわっ!お兄ちゃん?!」
「洸も、これ好きだったよね。声、抑えてね」
 美兎と同じように、洸をベッドへダイブさせた。
「わっ!」
「どう?楽しかった?」
 僕は、洸の顔を覗き込んで聞く。すると、洸は顔を赤らめて、小さく頷いた。
「お兄ちゃん、大好き……!」
 洸はいつも表情が硬いが、たまにこうして明るく笑うと破壊力がすごい。これがギャップというものだろう。
「楽しそうでよかった。次こそ、ご飯食べよっか」
「うん」
 洸と一緒に、一階へと降りる。すると、リビングから美兎の声がした。
「ケチャップ取って〜」
 しばらくして「ありがとう〜」と返している。
「美兎、声でかい」
「元気でいいじゃない」
 洸と話しながら、廊下を歩いてリビングに入る。
「柊、おはよう」
「おはよう……高良?!びっくりした。来てたんだ」
 高良がリビングの椅子に座っている。朝ごはんも準備されている。一緒に食べるんだろう。
「びっくりした?サプライズ」
「びっくりだよ。昨日、来るなんて言ってなかったから」
 高良は、胸を撫で下ろす僕を見て笑っている。
 そんな高良を見て、洸が言う。
「お兄ちゃんをいじめないで〜」
「柊は面白いからね〜」
 洸までもが、僕を揶揄うように言っているのが気に食わないが、こんな賑やかな朝が幸せだ。
 朝食ができあがる。僕の家族と高良の六人で揃って「いただきます」と言って、食べ始める。
「柊、塩ね」
「ありがとう」
 朝食は、ウインナーと目玉焼き。僕は家族の中で唯一、目玉焼きには塩をかける。
 高良の定位置的に、いつも僕に塩を渡してくれる。


***


「ごちそうさまでした」
「はーい。おそまつさまでした」
 六人で食べ終わると、洸と美兎はテスト勉強で、部屋に行った。
「お母さん、手伝うよ」
「俺も手伝う」
 僕と高良は、お母さんの側に行く。
「あら〜じゃあ、今日はうどんの日なの。うどんの生地を作ってほしいのよ」
 我が家のうどんは、手打ち麺。お母さんによると、作るのが楽しいらしい。
「わかった。高良、ボウル持ってきて。僕は小麦粉とか持ってく」
「うん。水も測っとくね。六人前でいい?」
 洸と美兎が、おかわりをするかもしれない。少し多めに作っておいてもいいと思う。
「七人前にしようかな。洸と美兎が食べたいかも」
「わかった」
──ブブブッ…ブブブッ…
 高良のスマホに電話が来た。
「いいよ。こっちはやっとくから」
 高良は「ごめん」と言って、廊下に出た。
 二十分ほどの長電話をして、高良はリビングに戻ってきた。僕の方は、うどんの生地ができあがるところだった。
「ごめんね。もう終わっちゃった?」
 高良は申し訳なさそうな表情で戻ってきた。
「うん。けど、踏むのはこれからだから、手伝ってほしい」
「うん…!」
 高良の顔がパァっと明るくなる。
 一緒にうどんを踏んで、コシを出す。
「ぴょんぴょん跳ねる?」
「ダーメ。乗るだけでも、ちゃんとコシが出るから」
 高良は「跳ねたら、もっとコシが出るのに〜」と飛び跳ねたそうにしている。
 お昼になる頃、できあがったうどんの生地を、お母さんに見せる。
「うん!二人とも上手よ〜でも、もう少し踏んでね。お昼にするから、休憩ね〜」
「はい…」
 ひとまずお昼を食べて、また二人でうどんを踏む。
「柊…踏みすぎても固いよ?俺たち、もうしっかり踏めるようになったし」
「確かに、お母さんは子供の僕らを基準にしてるかも…」
 二人でサボったうどんを、お母さんに見せると「おっけー」と許してもらった。僕と高良は二人で顔を見合わせて、「やっぱりか〜」と笑い合う。
 うどんができて、皆で食べる。相変わらず、コシがありすぎて固い。だが、美味しい。
「お母さん、うどんがいつも以上に固いよ?」
 美兎がお母さんに言う。
「高良と柊が、たくさん踏んでくれたからね〜」
「あ、そうなの?ありがと〜」
 高良は「どういたしまして〜」と言いながら、うどんを食べ続けた。
 食事が済むと、また六人で「ごちそうさまでした」と言って、食事を終える。
「明日学校なんだし、高良、泊まってく?」
「泊まっていく〜学校の荷物だけ、持ってこようかな。柊も一緒に行こ」
 高良は、僕の腕を引っ張って「行ってきます」と言って、高良の家に行く。
「高良、ちょっと腕痛い…」
「ああ、ごめん……荷物もってくるね。リビングとかいてもいいから」
 高良は自室へと向かった。僕は、とりあえずリビングに行って、ソファに腰掛ける。
 十五分ほど経って、高良の足音が聞こえる。だが、リビングに入る気配はない。
 すると「もしもし?」と聞こえてくる。彼女からだろうか。
「明日?いいよ。一緒に帰ろっか」
 一緒に帰るのか。僕は明日仕事だからな〜。
「……買い物も行くか」
 ピチッとした服、買い忘れたからね。
「お揃いの買う?あはは!キャラクターのは持ってないね」
 キャラクター……確かにないな。
「うん…うん。あはは!ほんと?あはは!」
 すごい笑ってる……僕、高良と電話で話したことって無いかも。いつも隣にいたから。
 そう思うと、まだしてないことがある事実に、驚く。
「電話できて、羨ましいな…」
 ポツリと呟くと、高良の電話が終わる。
「うん。じゃあ、また明日のお昼に」
 高良が、リビングに入ってくる。
「待った?」
「え…あ、ううん。そんな待ってない」
「そう?じゃ、柊の家に帰ろ」
 高良と家に帰って、敷布団を敷く。僕はベッドに入る。
「なんか、このベッド小さくなった?」
 高良が、僕のベッドに入りながら聞いてくる。
「ちょ…彼女の話は?」
「月曜からって、昨日も言った。しかも、しばらく仕事で会えないから、いいでしょ?」
 高良は子供のように言ってくる。
「もう……ちゃんと有言実行しないとダメでしょう?」
 そう言いながら高良の体温を感じて、昨日より早くウトウトし出す。高良の体温がないと、熟睡できないのかもしれない。
「ごめんね。でも、敷布団小さい気がして」
 高良は一年以上、我が家で寝ていない。ずっと僕とベッドで寝ていたから、敷布団のサイズが合わないかもしれない。
「うぅ…夜は寒いね」
 窓を開けているため、隙間風が入ってくる。
「ぎゅってする?」
「……いや」
 断ろうと思ったが、やはり寒い。というのは建前で、本当は僕自身がしばらく高良に会えないのが、寂しいと思い始めたからだ。
「してほしい」
「……うん」
 高良に後ろからハグをされると、昨日は無かった温かさが体を包み込む。
 高良の体温が、体がピタッとくっつく感じが、心地いい。
 僕はいつの間にか、すぅすぅと寝てしまった。


***


 次の日、高良は学校。僕は仕事の準備をする。
 二人して慌ただしく家を飛び出し、ほとんど話せないまま、十一月四日になった。
「おはよー」
「おはよう、麻実」
 久しぶりに学校に行くと、相変わらずな麻実がいた。
「高良に彼女ができたって、すごい盛り上がってたよ」
「多分、一番に聞いたのは僕だね」
 僕はドヤ顔を作って、麻実に自慢した。
「……そうか」
 麻実の謎の間に気づかず、一日が終わる。
 放課後、まだ彼女の顔を見ていないことを伝えると、麻実に誘われて高良の教室を覗く。
「麻実……高良の彼女、他の女の子たちから嫌がらせとかないよね?」
「まぁ……チラチラ見てたりはするけど、そこまで酷いのはないよ。ほら」
 麻実が指さす方を見ると、高良の席に彼女らしき女の子が座り、高良は立って話していた。
「高良、お昼も彼女と食べてるし、帰りも毎日一緒。今まで告白断ってたのは、あの子のためか〜って、納得してる女子もいる」
「高良は一途だね〜」
 そんな話をしていると、高良に動きがあった。彼女の髪を少し手に取り、鼻の近くに持っていく。
 えっと……
 きっと、シャンプーの話でもしたのだろう。そう思うが、なんだか胸がザワつく。
「高良、攻めたな〜」
 麻実がちらりと僕を見たことに気づかないで、僕は高良と高良の彼女に釘付けになった。
 高良の、彼女の髪を持つ手。その手に、彼女が頬擦りをする。すぐに彼女は高良の顔色を伺うが、反応が悪くないのだろう。安堵の表情を浮かべている。
「彼女も……って、柊?帰るの?」
「うん……ちょっと仕事でさ」
 そんなのは嘘だ。だが、何故か高良たち二人を見ていられない。怒るとかの負の感情はない。むしろ、高良が楽しそうで良かったと思っている。
 だが、何故なのだろう。

 自分でも、その答えが出せないまま、忙しい時期に突入した。答えが出ないと、モヤモヤしてしまうが、仕事に影響を与えてはいけない。
「シュウ、いいよ!次は、このヘアスタイルにしてくれる?」
 カメラマンの指示で、ヘアメイクさんが僕の髪を整える。左耳を見せる形で、編み込むヘアスタイル。
「できましたー」
「おっけー!いくよー」
 また、シャッターの音が撮影現場に響き渡る。色々とポーズを変えて、服をよりよく魅せていく。
「そうねぇ…後ろ向いて、ちょっと横顔見せる感じできる?もっとセクシーに!!」
「セクシー……?わかりました…」
 ポーズをすると、シャッター音が止まる。
「ん〜?……ま、いっか」
「どうしました?」
「セクシーではあるけど……いや、大丈夫。なんか、耳のところが赤いから。本格的な色気かと思っちゃった〜」
「本格的……?」
 よくわからずに、撮影が再開する。
 今日は二つのブランドの広告撮影だった。少し疲れたが、帰ったらすぐに勉強をしなければならない。
「お疲れ様です」
「おつかれ〜今日もよかったよ。頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
 カメラマンさんからも褒めてもらえるようになって嬉しいが、疲れは無くならない。


「ただいま〜」
 夜九時に家に着いた。夕飯はリビングにあり、お母さんに「いただきます」と言って食べる。
 すぐにお風呂に入って、勉強を始める。
「とりあえず、提出物を終わらせようかな」
 大体の勉強は、移動中などのスキマ時間でやっている。家でやるのは、計算や文を書くなどの筆記部分だ。
 二時間後、一旦勉強は一区切りとして、ベッドに倒れ込む。
「ふぅ…疲れた。明日も仕事……ミチミチのスケジュールで、一週間仕事……」
 気が抜けない状態が続くと思うと、ここら辺で一度、高良に会いたくなってきた。部屋を出ようとするが、動きを止める。
「でも高良は、彼女と電話かな……」
 お邪魔しちゃ悪いと思い、僕はベッドに横になる。
「僕は眠い…僕は眠い…」
 言い聞かせるようにして、徐々にウトウトしてくる。