その愛に気づくまで

「……きて……起きて。柊?起きて。朝だよ」
 僕は、高良の声で目を覚ます。目を擦りながら体を起こし、高良に「おはよう」と言う。
 時計を見ると、七時を指していた。
「おはよう。柊はやっぱり、朝が苦手だね」
 フカフカなベッドで寝ているのに気づき、自分が寝落ちしてしまったことを悟った。
「うん……寝落ちして、ごめんね。ここまで運んでくれて、ありがとう」
「……寝落ちしてないよ?柊が自分の足でここまで来たんだし」
「えぁ…そ、そうだったか。寝ぼけてて覚えてないな…ふぁ」
 僕は欠伸をして、体を伸ばす。
「朝ごはんは軽く食べるでしょ?できてるから行こ」
 僕が寝ている間に、朝食の準備まで済ませてくれているとは。高良はなんでも完璧にこなすなぁ。
 まだ寝ぼけている僕を見て、高良が手を伸ばしてくれる。僕は手を取って立ち上がり、高良の服の裾を摘んで歩き出す。
「朝食は、スクランブルエッグとベーコン。サラダもちゃんと食べてね」
「うん。ありがとう……ねぇ、パクチー食べてほしい」
「パクチー入ってたか。いいよ。こっちに避けといて」
 昔から、食べられないものは、高良に食べてもらっている。恥ずかしいが、高良になら気安くお願いできる。
 僕がパクチーを避けていると、高良が切り出す。
「今日の映画、何見る?昨日は三つくらい候補あったけど」
「高良は何がいい?」
「あの三つの中でなら、どれでもいいよ。強いて言うなら、トップガンの続編は、あと少しで上映終わっちゃうって」
「そうなの?じゃあ、トップガン見よ!」
「うん。見ようね」
 昨日の昼間、僕はトップガンに惹かれていた。もしかしたら高良は、そんな僕に気づいていたのかもしれない。
 軽い食事を済ませると、一旦隣にある自分の家に帰って支度を終わらせる。
「待った?」
 僕が聞くと首を横に振って「全然」と、高良は微笑んで言ってくれた。
「お店は九時に開くみたいだから、ちょっと並ぶかもね」
「そうだね。でも、高良も一緒だし楽しみ」
 僕はそう言って、高良に笑顔を向ける。
 お店のある渋谷に向かう電車に揺られながら、二人でなんて事ない話をする。
「そうだ。十月も、もう終わりだし予定教えとくね」
「うん。どのくらい仕事入ってるの?」
「えっと…」
 そう言いながら、僕はスマホを取り出して「これ」と言って、カレンダーのアプリを高良に見せる。
「うわぁ……週三で仕事か。しかも、休日も仕事だったりするね。大丈夫なの?」
「まぁ…ちょっと大変だけど、事務所から期待されてるし、楽しくなってきたんだよね」
「そっか……」
──ブブブ…
 高良が何かを言おうとしたら、高良のスマホが鳴った。高良はスマホを取り出して、画面を見て何か返事を打っている。
 スマホを見るなんて珍しい。高良は、僕といる時はスマホを触らない。連絡が来ても、大体無視する。だから、高良がスマホを触る姿は不思議だ。
 あと五分ほどで渋谷だ。だが、高良はいまだにスマホを触っている。渋谷に着いても、スマホから手が離せそうにない。
「えっと……お店は、こっちか」
 僕は、スマホの地図アプリを見ながら、目的のお店を目指す。高良は置いていかないように、服の裾を摘んで軽く引っ張ると、後ろをテコテコと追いかけてくる。
 思えば、いつもは高良が率先して、僕を誘導してくれていた。今日は僕がエスコートしないと。
 渋谷駅から、徒歩十五分のお店に並んだ時、高良が「ふぅ…」と急にため息をついた。
「大丈夫?何かあったの?」
「ううん…あ、いや…ただ、伝えようと思って」
 高良が話そうとしたタイミングで「お次、ここまでの方どうぞ〜」と、店員さんに店に案内されてしまった。
 高良は席につくと、何事もなかったかのようにメニューを開いた。何を伝えようとしていたか気になるが、僕は高良のペースに合わせると決めている。
「イチゴと抹茶……どうしよう。高良は何にする?」
 一人でボソボソと考えていても、決まらない。どちらも食べたくなるが、二つはさすがに多い。
「んーと…イチゴのパフェかな。柊は?」
「僕は抹茶のパフェにする」
「そう…なら、俺のとシェアしない?抹茶も食べたいと思ってたんだよね」
「そうなの?僕、イチゴと抹茶で迷ってたんだよね。シェアしよ!」
 決まったら、高良は「すみません」と近くにいた店員さんに、オーダーをしてもらう。
 パフェが来るまでの間、高良から電車での話、僕の予定について聞かれる。
「電車の時、ごめんね。柊の予定、もう一回見せて」
「いいよ」
 カレンダーアプリを再度見せる。高良は眺めて言う。
「アクセサリーとジーンズ、バッグ、香水二種類の広告か。凄いな。5つもある」
「僕を選んでもらえたからには、これらを魅せられるように頑張らないと。どんな物かは来月、話を聞くけど、どれも魅力的だよ」
「そっか。どんな物か見てみたいな。柊が凄い夢中になってるみたいだし〜」
「そりゃ、服のこともわかってきたんだもん。どれも魅力的。僕なんかでいいのかな?って思っちゃうくらい」
 その時、視界の隅に女性が入ってくる。
「あの……お兄さん達、かっこいいですね!連絡先って、交換してもらえたり…?」
「ああ…すみません。二人とも、さっきスマホの充電無くなっちゃって……」
「あ…わかりました……すみません。急に」
 声をかけられても、高良は相手を傷つけないように断った。
 女性、凄く綺麗な服を着てる。今日の高良の服と合う、カジュアルなものだ。
「交換したかった?」
「え…?」
「いや、見てるみたいだったから。余計なことしちゃったかなって」
「ううん。そういうので見てた訳じゃないよ。服をちょっとね」
 そんな話をしている時、パフェが届く。
「じゃあ、いただきます!」
「いただきます」
 僕は久しぶりの甘味だと言わんばかりに、口いっぱいに頬張る。
 口に広がる抹茶のほろ苦さが、ホイップクリームの油っぽさを中和して、さっぱりと食べれる。
「美味しい……!」
「こっちも美味しい」
 高良もイチゴを口いっぱいに頬張って、口角がずっと上がりっぱなしだ。
 高良を見ていたら、それに気づいた高良がパフェをすくって、僕の口に運んでくれた。
「ありがとう」
 パクっと食べると、一口でもわかるイチゴの酸味が初めに来る。続いてプリンの滑らかな舌触りと程よい甘さが、イチゴの口をリセットしてくれる。
「美味し〜!幸せ。高良、一緒に来てくれてありがとう」
 そう言ったら、高良のスラッとした指が、僕の唇を掠めた。ホイップクリームが付いていたらしい。
「どーいたしまして。ホイップクリーム、付いてた」
 高良はそのまま、ホイップクリームを舐めとる。
「付いてた?恥ずかしい……ありがとう。高良も、こっち」
 僕は自分の抹茶パフェを、スプーンいっぱいにすくって、高良に差し出す。
「あーん………うん。こっちも美味しい」
「でしょ〜。どっちも食べれて、嬉しい」
 パクパクと食べていると、高良と目が合う。どうやら、じっと僕を見ていたらしい。
「どうした?もしかして、またホイップクリーム付いてるとか」
「付いてないよ。ただ、ちゃんと…目に、脳に焼き付けておこうと思って」
「……何を?」
「んー……柊を?」
「何それ〜?」
 僕は「あはは」と笑う。高良も一緒に笑って、パフェを食べ終わらせる。
 次は映画を見る。チケットを買ってこようとすると、高良が「もう買ってある」と言って、チケットを発券してくれた。
「チケット、いくらだった?」
「千円だよ。払わなくて大丈夫だよ。俺が柊と見たかったんだし」
「でも…」
「いーの」
 高良は「ポップコーン、食べる?」と言って、僕の手を引っ張る。
 上映時間が迫って、高良はトイレに行った。トイレの近くで待っていると、女性の四人組に声をかけられた。
「お兄さん、かっこいーですね!」
「一人で来たんですか?」
「私たち映画見るんですけど、お兄さんも一緒に見ませんかー?」
「お友達も一緒なら、みんなで見ません?」
 次々と話されると、誰の質問に答えればいいのか、わからなくなってしまう。
「えっと……友人と来てて。僕たち、見る映画は決まってて…」
 断る言葉を言うタイミングで、女性たちに阻まれてしまう。
「え〜じゃあ、私たちも同じの見ます〜」
「難しそうなら、連絡先交換してほしいですぅ」
 僕は何も言えず「どうしよう」と、頭の中でぐるぐると考える。すると、
「すみません。俺ら、二人でデート中なんです。一緒には難しいですね。連絡先も、交換できません」
 高良が後ろから、僕の肩をしっかりとホールドして、キッパリと断った。
 すると、女性たちは「あ…す、すみません…」と顔を赤くして、映画館の隅に去っていった。
「高良、ありがとう。ちょっと困ってたんだ。もう、肩は大丈夫だよ」
 そう言っても、高良は肩を離そうとしない。
「高良?」
「上映時間だよ。行こ」
「え…あ、うん」
 高良は僕と肩を組んで、七番スクリーンに入って行く。
「高良、大丈夫?」
「しー……始まるよ?」
 なんだか、高良が不機嫌な気がして声をかけたが、映画が始まってしまった。
 高良は昔から、本音を上手く隠してしまって、僕でもわからないことがある。何か悩んでいなければいいが…


***


 映画を見終わり、映画館を出た。
 トップガンは、とても良い映画だった。特に、飛行アクション。男なら誰でも、あのような戦闘機でビューンと飛んでみたいと夢見るだろう。
 高良も楽しかったようで「面白かった。語り合いたい」と言ってくるほど、感動したようだった。
 時間もお昼時を過ぎている。僕のお腹は空いていないが、高良は空いているかもしれない。お昼を食べるのは、感想を語るにはちょうどいい。
「昼過ぎだし、どこかでお昼食べる?」
「うーん……柊は、お腹空いてる?」
「いや、パフェでお腹いっぱいなんだよね……でも、高良がお腹空いてるなら、感想語り合うのにちょうどいいと思って」
「なら、帰ろっか。家に帰りながら、感想語り合お?帰ってる間に、お腹空くかもだし。そしたら、お昼、一緒に作ろ?」
 高良の提案は、ちょうどいい。高良は、反対したりしても、代替案を必ず出してくれる。
「……そう、だね。一緒に作ろ」
 いつもは、そんな高良の優しさを感じたが、今日はなんだか寂しさを感じた。
 電車に乗って、二人で座席に座る。横並びに座って、映画の話をする。
「僕、冒頭から主人公がバイク乗ってるのが、かっこよかったな〜って思う!」
「あそこ、いいよね。前作と変わってなくて安心する感じ」
「そうそう!あれが、普通の原チャリだと嫌なんだよな〜。やっぱり、あの前のめりに乗るバイクがいい!」
「かっこいいよね。乗ってみたい?」
 横に座っていると顔が見えないが、声色だけで、高良が僕と同じ熱を持っていることがわかる。
「乗りたいな〜。頑張って、免許取ろっかな?」
 高良の返事が返ってこない。横を向かずに「高良?」と呼ぶ。
「柊、危ないから免許はダメ。モデルなんだし」
 高良の声はとても真剣で、本気で僕を心配しているのが伝わってくる。
「うん。取らないよ。多分、抜けてるとこがあるから、試験の時点で落ちちゃう」
「いや、柊は取ろうと思えば簡単に取れるよ。でも、危ないから」
「うん。危険だもんね。大丈夫。取らない」
 高良の真剣な声は、従わざるを得ない。従う必要があると感じてしまうのだ。
 家に着くと、ちょうどお腹が空いてきたため、高良の得意な洋食を作る。僕は洋食は作れないため、高良に言われた通りの簡単な作業を手伝う。
「よし。あとは盛り付けるだけだから、テーブルの準備お願いできる?」
「うん。飲み物は……洋食だし、水?」
「お茶とかでいいよ」
 準備もできて、二人で向かい合って座る。二人で揃えて「いただきます」と言って、食べ始める。
「どう?」
 高良は心配そうに聞いてくる。
「美味しい。僕は高良のカルボナーラが好きなんだ〜。高良のは、お店と違って濃厚なの!ほんとに美味しい」
 僕がそう言うと、高良はホッとしたように、肩をなでおろす。
 高良も食べ始める。
 食べていると、高良が「柊…」と切り出す。
「ピチッとした服、買うの忘れちゃったね」
 高良に言われてハッとする。楽しく遊んで、買うものを忘れるなんて…
「あ……すっかり忘れてた。また今度だね」
「うん。柊は、ピチッとした服持ってるの?」
「うーん……いや、持ってないな。あ!お揃いにする?」
「いいねそれ。同じの買おっか」
 色々と服の話をしていたが、話題は服から僕の仕事に変わった。
「来月は特に忙しいよね?息抜きとかもしないとだよ」
「そうなんだよね。帰っても、すぐに寝ちゃうから息抜きできなくて……忙しいのも嫌になっちゃうかも」
「でも、やりがい感じてるんでしょ?」
「うん!」
 少し前、日本で行われたショーのランウェイを歩かせてもらった。その時の、服をどう魅せるかという試行錯誤が、とても楽しかったのだ。
「事務所からは、もっといっぱいランウェイを歩いた方がいいって言われた。経験を積めって」
「確かに。モデルって、カメラの前だけじゃないイメージだしね」
「そう!だから、目標はパリコレ!」
 パリコレは、服をあまり知らない高良でも知っている。
 パリで行われる、世界最大級のファッションショー。多くの著名人が見に来るだけでなく、歩くモデルもほとんどが一流。一流でなくとも、パリコレで歩ける程の実力があるということになる。
 そんなパリコレで歩くことは、世界中のモデルの憧れである。
「パリコレ……柊が歩いてるなら、きっといつも以上に盛り上がるよ」
「何言ってるの。あ!からかってるんでしょ〜?」
 僕は頬杖をつく高良を、軽く睨みつける。
「ほんとだって。柊が歩けば、空気が変わる」
 高良は優しい微笑みを向けて、誇らしげに僕に言った。
 食べ終わった高良は、ちゃんと座って背筋を伸ばして言う。
「柊」
「はい!」
 僕は思わず、背筋を正す。
「俺、さっき言えなかったんだけど……彼女ができた」
 彼女……?
 いわゆる、恋人である。高良は、ずっと告白を断ってきた。何故だろうと思っていたが、ついに高良にも春が来るなんて。
 もしかして、昼間の連絡は彼女からだった?そう思うと、少し僕の脈が早くなるのを感じる。
「ほんとに、本当?嘘……おめでとう!」
「……ありが、とう」
 なんだろう……高良の表情が、少し苦しそうだったような気がしたが、すぐにもとの表情に戻る。
「でね、柊にお願いがあって」
「どうしたの?あ!プレゼントあげるとか?」
「ううん。その……彼女、嫉妬深い子なんだ。だから、安心させてあげたいから、月曜からなるべく彼女といようと思う」
 つまり、安心させたいからお昼とか、お泊まりとかを彼女と過ごす。と言ってるのか。
「やっぱり、高良は優しいな〜!もちろん、いいよ!」
「そっか…ありがとう」
 また苦しそう。すぐにでも、彼女と会いたいのかな?


***


 夜になって、夜ご飯もお風呂も済ませた。もう寝る時間帯になり、高良が僕に聞いてくる。
「今日も泊まってくよね?」
「あー…いや、今日は帰るよ。明日は仕事だから、家出る時に起こしちゃ悪いし。彼女と一緒に、寝落ち電話とか〜したいでしょ?だから、お邪魔しました〜」
 高良は、帰ろうとする僕の腕を掴んで、引き止める。
「別に、今日は電話する予定はない。一人で暮らしてるって言ってるから」
「そう…でも、起こすのは悪いからさ」
 僕は、高良の手を振り解こうとする。だが、高良の力がどんどん強くなる。まるで、絶対に離さないと言っているようだ。
「月曜からだから、泊まっていってよ。俺がまだ慣れないからさ」
 高良は順応性が高い。僕がいないくらい、別にどうってことないはずだ。
「わかった」
 僕は、少し俯いている高良の頭を、ポンポンと撫でる。
「柊……慣れてくために、俺はソファで寝るよ。柊はベッド使って」
 寝る時は大体、高良のベッドで二人。温もりを感じて寝ることが、とても安心できた。だが、いざそれができないと言われると、胸の奥がぎゅうっと締め付けられる感覚に襲われる。
「いや、この家の家主がベッド使うんだよ?僕がソファで寝るよ」
 高良のベッドだと、ちゃんと眠れなさそうで断ったが、高良の匂いを感じて寝たいと思う自分を見つけ、なんだか恥ずかしくなった。
「そっか…わかった。毛布は出すから、寒かったらかけて寝てね」
 そう言いながら毛布を渡した高良は「おやすみ」と言って、すぐに寝室へ行ってしまった。
 高良の体温無しで、高良の家で寝るのは、なんだか不思議な感覚だが、同時に寂しくて寝付けないことに気づいた。
「高良の体温……」
 そう言って、高良の匂いがする毛布にくるまって、眠りにつく。


***


 高良は、ソファで眠る柊の傍らに座り込む。
「喜んでくれてたな…」
 彼女ができた報告で、柊は少し悲しそうな表情をしていた。高良はそれに気づいたが、祝福の言葉が返ってきて、まだわかってもらえないことが、悔しかった。
「別で寝るって言ったのは自分なのに、傷ついて……あぁ、ださいな」
 高良は、背を向けている柊を見る。今の柊は少し髪を伸ばしており、ちらりと見えるうなじに近づく。
「……俺ん家の匂いだ」
 高良は「我慢できない」と言わんばかりに、柊の左耳の後ろを強く吸った。
「んっ……」
 柊の声がして、高良は柊から顔を離す。見ると、柊はスヤスヤと眠っている。
「髪長いから、ここなら撮影にも影響しないでしょ」
 高良は、柊の耳の後ろに作った、赤い印を見て微笑む。
「柊と一緒に寝たいなぁ」
 そう言いつつ、我慢して自分の部屋に戻っていった。