──キーンコーンカーンコーン…
チャイムが鳴って、麻実と一緒に高良を迎えに行く。教室を覗くと、高良はまたも女の子たちに囲まれていた。
「いつも大変そうだな。柊がいない時も囲まれてるから」
「まぁ、うちの高良は顔だけじゃないからね〜。誇らしいよ」
「何目線?」
高良が笑って聞くと同時に、高良に手紙を渡す女の子が目に留まる。
何か言っているようだが、廊下からは聞こえない。
「あの手紙…」
「高良宛てのかな?柊のだったら渡すだろうけど……もうちょい見てよーぜ」
「うん」
高良は手紙を受け取ると、女の子と少し話してから、手紙を返した。その表情は、どこか苦しそうだった。
「うわ…高良宛てのか」
「高良っていつも断ってるぽいけど、なんでだろ」
「さあ?……あー…まぁ、好きな奴でもいんじゃない?柊はなんか聞いてないん?」
だから、苦しそうな表情だったのか。だが、高良をサポートしたくても、僕には恋愛経験などない。
「いや、何も?」
「そうか。幼馴染でも知らないことくらいあるよな〜」
麻実と話していると、後ろから「あの…」と声をかけられた。振り向くと、一年生の上履きを履いている二人組の女の子がいた。
「どうしたの?あ、高良かな?」
「いや…えっと」
右側の女の子は言い淀んでしまったが、隣の女の子がフォローするように言う。
「梅野先輩じゃなくて、篠原先輩に話があって。あ、この子が」
そう言いながら、恥ずかしそうにしている友人を後押ししているこの子は、本当にいい子なんだと思った。
「話って何かな?」
右側の女の子に尋ねると、スクールバッグの中から手紙を取り出して「受け取ってください!」と言って、そのまま帰ってしまった。
「あ…ちょっ!」
「柊も手紙か〜モテモテで、俺妬いちゃう〜」
「麻実には、彼女がいるでしょ〜?」
「だって、今日二人は俺と遊ぶんだよ?なのに、女子にモテまくってたら、俺遊べねぇよ」
そう言う麻実の背後から、聞き慣れた声が聞こえた。
「二人とも、ごめんね。ちょっと撒くのに手間取った。待った?」
「俺らはそんなに待ってない。それより、あんなにモテてるの見せつけたら、良くないんだぞ?男子の心を折る行為なんだぞ?俺、傷ついちゃう」
「麻実は彼女がいるから、折れないだろう」
笑い合う二人は、仲が悪くなさそうで安心した。冗談も混ぜながら話しているところを見ると、久しぶりに遊んでも相変わらず楽しいだろうと思える。
教室に背を向けた時に、大声がした。
「高良〜!また月曜!」
先程手紙を渡していた女の子が、高良に向かって笑顔で手を振っている。高良も「ああ、またね」と言って手を振った。
「熱烈〜」
麻実が言うと、高良は苦笑いをして「何する?」と話を逸らす。
「え、昼の時に何するか決めてないのか?」
「あ…」
すっかり忘れていた。明日の高良との予定しか立てていない。高良の方を見ると、高良もやはり忘れていたようだ。
「何、決めないで遊ぶ予定だったの?俺もいるのに」
悲しそうな素振りを見せる麻実に、高良は「ごめんごめん」と言って謝る。
「とりあえず、スポッツァ付き合え!」
「えー、それは麻実がサッカーしたいだけでしょ〜」
僕が麻実を揶揄うと、高良が肩を組んでくる。
「いいじゃん。久しぶりに柊と運動したい」
覗き込まれながら「ダメ?」と首を傾げられると、幼い頃の高良を思い出す。
「しょうがないな〜。麻実、良かったね。高良のお陰でサッカーできるよ?」
「俺のためにはやってくれないのかよっ」
麻実に肘で小突かれながら、三人で笑う。
スポッツァに着くと、麻実のやりたがっていたサッカーを始める。麻実は現役でエースのため、一人で行う。
「二対一って、ずりぃよ〜」
「そんなこと言っても、麻実は勝つでしょ?」
「もちろん!」
高良に言われてドヤ顔をする麻実は、本当に強かった。
僕も高良もサッカーをやっていたが、僕ら二人よりも強いとは。さすが、エースだ。
「久しぶりにサッカーしたな」
「二人は帰宅部だもんな。柊は、ちょっとくらい運動しろよ?」
僕は「あはは…」と苦笑いする。
「柊は運動してないわけじゃないよ。ただ、筋肉が付きづらいだけ」
「そうなのか?高良は触ったら筋肉がわかるけど、柊は…」
そう言いながら、麻実は僕のお腹を触ろうと手を伸ばす。僕は構えて、お腹に力を入れる。
「麻実、アイス食べない?」
「もう十月終わるってのに、めちゃ暑いからな〜。食べるか!」
急に、高良が話を逸らした。僕のお腹を触ったところで、筋肉は付いていない。高良自身、アイスが食べたいのだろう。
アイスの自販機の手前で、高良に小声で
「柊は飲み物だけにしたら?」
と言われた。何故だろうと思って聞いたら「明日甘いの食べるでしょ?」と、頭を撫でられる。
「二人は何食べんの〜?」
自販機のところから、麻実が叫んでいる。
「俺は、この抹茶の。柊は食事制限ね」
「マジか。やっぱり大変だな〜」
高良は「ね〜」と言いながら、僕がいつも飲んでいるお茶を買って渡してくれた。
「あ、お金払うよ」
「いや、いいよ。夜は頼んだ」
「わかった」
何を頼むのか他の人にはわからないと思うが、幼馴染として過ごしてきた僕らは言わなくても伝わってしまう。この場合、夜ご飯のことだ。
幼馴染同士の世界に行ってしまった僕らを、麻実はヤキモチを焼くように注意してくる。
「そこぉ!イチャイチャしない!俺がいるでしょ!」
「あはは!ごめんごめん。混ぜてやるよ?」
「俺は明一筋なの!」
高良が誘うが、麻実は「浮気になっちゃう」と冗談を言う。
「偉いな。麻実の彼女はきっと幸せだろうね」
「あったりまえ!なぁ、もう一回試合しよーぜ」
「本当にサッカー好きだよね。彼女よりサッカーかな?」
「んなわけ!明が一番なの」
そんな話もしながら、太陽が沈みかけるまで遊んだ。
「じゃ、また月曜な〜」
「またね〜」
麻実と手を振って別れる。
高良の家は僕の隣にある。とても大きな家だ。
高良は両親が離婚して、お母さん…おばちゃんに引き取られたが、おばちゃんは外科医で海外に単身赴任。高良は中学卒業まで、僕の家で一緒に生活していた。だが、高校生になった去年から一人で、あの大きな家に住んでいる。
「高良、何か食べたいものとかある?」
「柊が得意なやつがいい」
「じゃあ、肉じゃがとかどう?」
「食べたい」
食べたいと言う高良は、とても笑顔で可愛らしい。
「ところで、家に材料あるの?」
「ない。買いに行こ」
「うん。お米とかもあるの?良ければ味噌汁も作るし」
「米はあるから大丈夫。味噌汁は……一緒に作ろ」
一緒に作るのは嫌じゃないが、いいのだろうか。
「いいの?」
「もちろん。というか、俺が一緒に作りたい」
高良は本当に優しい。さりげなく僕を手伝ってくれるだけでなく、僕が気を遣わなくてもいいように、理由も作ってくれる。
「じゃあ、一緒に作ろうね」
二人で買い物を済ませ、高良の家にお邪魔する。
「お邪魔します。相変わらず広いね〜」
「一人だと寂しいけどね」
「なら、僕がここに住もうかな〜。なぁんてね」
僕は、買った食材をキッチンに広げながら冗談を言った。
「住んだら?部屋は余ってるし、泊まることが多いし」
高良の真剣な眼差しに、一瞬だけ驚く。
「え…いや、冗談だよ?流石に勝手には、おばちゃんに申し訳ないし…」
「いいよ。帰ってこないから。というか、俺は一緒に住みたいけど」
爽やかな笑顔で言ってくる。だが、このようなやり取りは何度もしてきた。一人が寂しかった高良が、小学生の頃まではずっと「一生一緒にいる」と言っていた。
「もう〜ちっちゃい子供じゃないんだよ?高校生だし、自立するために、一人でこの家戻ってきたんでしょ」
「そうだけど……まぁ、たまに泊まってくれる柊がいれば、寂しくはないか」
「そうそう。それより、作ろ?お腹すいてきたし」
「そうだね。一緒に作ろっか。じゃがいも切るよ。柊は大きめに切るのが好きだよね」
僕の好みまで覚えているとは。さすが幼馴染。
作っている間は、二人にしかわからない話をする。モデルを始めても幼馴染として、変わらない関係でいられているのが心地良い。
「よし。肉じゃがは少し煮込むから、その間にお風呂入ろ」
「一緒に入ろっか?」
「うん!久しぶりに一緒に入るな〜」
泊まることはあったが、お風呂は自分の家で済ませてから高良の家に来ていたため、二人でお風呂は中学生ぶり。
脱衣所に行って、服を脱ぐ。高良を見ると、服を着ている時はわからなかったが、とても筋肉が付いている。
「高良の筋肉すごい!触っていい?」
「…どーぞ」
高良の腹筋に触れる。しっかりとエイトパックに割れているのを感じ、胸筋に手を伸ばす。胸筋もしっかり鍛えられており、僕の痩せ型体型の真逆だ。
触っていたら、高良に手を掴まれる。嫌だったかと思って、顔色を窺うと優しい表情をしている。
「もう終わり〜先にお風呂入ってて。着替え持ってきてから入るから」
「うん。ありがとね」
礼を言って浴室に行く。思い出すと、高良の家のお風呂に入るのは初めてかもしれない。
見回すと、普通の家よりずっと広い。バスタブは僕と高良の二人が入っても問題なさそうだ。
「温まってる?」
しばらくして、高良が浴室に入ってきた。先に湯に浸かっている僕に背を向けて、高良は体を洗い出す。
綺麗な逆三角形の背中に見惚れているとわかった。こんなガタイがいいのに、そのことに気づかなかった理由。
「高良って、背中もしっかり鍛えてるから、綺麗な逆三角形だね〜」
「あ!わかる?結構頑張ったんだよね〜」
「逆三角形だと、腹筋の方が細くなっちゃうから、着痩せしちゃうんだよ。ピチッとした服着れば、どっちも目立つけど」
高良が湯船に入ってくる。やっぱり、二人で入ってもバスタブは余裕だ。
「なるほど。明日遊びに行ったら、俺に似合うの選んでよ」
「うん!高良はやっぱり黒かな?好きな色とかある?」
「よく着るのは黒だね。しかも結構オーバーサイズで着るから、ピチッとしたのは初めてだな」
高良は190cmもある。オーバーサイズだと、締まりがなく見えてしまうだろう。
「オーバーサイズだと、鍛えてるってよりのっぺりした印象だね」
「そう見えるのか。服のことって難しいから、色々教えて」
「スタイリストさんから聞いただけだけどね」
高良が僕の頬に、手を伸ばす。
「どうした?」
「いや…のぼせちゃうから、もう上がろうか」
「高良はまだ温まってないでしょ?僕だけで上がるよ」
「俺も十分温まったから大丈夫。一緒に上がろ」
ここでも、やはり高良は優しい。
一緒に脱衣所に戻る。僕は「ちょっと肉じゃが見てくる」と言って、キッチンへと向かう。
「ちゃんと火通ってるかな?」
鍋の蓋を開けると、ちょうどよく温まった肉じゃがが顔を見せる。爪楊枝をじゃがいもに刺して、火の通りを確認すると、柔らかい感触が伝わってくる。
「よし。あとは落とし蓋をして、味を染み込ませれば完成っと」
落とし蓋をすると、キッチンの方に高良が来る。
「できてた?」
「うん。あとは味染み込ませるだけ。髪乾かしてる間にできるよ」
「そう。じゃあ、髪乾かすよ」
見ると、高良の手にはドライヤーがあった。
高良はそのままリビングのソファに座って、ドライヤーをコンセントと繋ぐ。
「おいで。乾かしてあげる」
「ありがとう」
僕は、なんだか久しぶりのことが多くて、少しむず痒い気がした。
高良の伸びた手に触れると、優しく引っ張って自分の足の間に、僕を座らせる。高良はソファの前のテーブルにあるヘアミルクを手に取り、手に馴染ませる。
「柊は、ヘアミルクつけて大丈夫?」
「うん。ありがとう」
高良の手が、そっと頭を包む。濡れた髪を梳くように、ヘアミルクを髪に馴染ませると、ついでにマッサージもしてくれた。
気持ちよくて、ポヤポヤした気分になると、急にドライヤーが稼働する。
──ボォォォ…
「……柊の髪は綺麗だね。ヘアミルクしてなくても、ツヤツヤしてたし」
「そうかな?特に何もしてないけど」
あまり頭が働かない。ドライヤーの温風が、高良の指が気持ちいい。
ドライヤーの風を感じなくなって後ろを向くと、高良は自分でドライヤーをしていた。
「僕やるのに」
「いいの。柊は寄っかかってて」
そう言って、高良は僕の肩を軽く押す。高良の体に寄りかかると、高良の体温で眠くなってくる。
「柊?大丈夫?やっぱりのぼせちゃったね。水飲も」
「あ、いや、大丈夫。高良の体温が気持ちよくて、ウトウトしてただけだから」
「そう?ならいいけど…一回、ソファに横になろ」
高良に言われて、ソファに横になる。
「しばらくしたら起こしにくるからね」
「うん。ありがとう」
高良が離れた後、リビングの天井を見ながら、高良から言われた「住んだら?」という言葉を思い出す。
全然見慣れない天井だが、起きたらこの天井を見るのも悪くないと思った。
「柊〜起きてる?ご飯の準備できたから、食べよ?」
僕は「うん」と言って起き上がると、高良に手を引かれながら、椅子に座る。
「準備、ありがとう」
「いいの。柊は頑張ってるんだし。じゃ、いただきます」
「いただきます」
食べ始めても、ウトウトする感覚は抜けない。だが、高良の声はしっかりと聞こえる。
「高良、肉じゃが美味しい?」
「うん。美味しいよ。やっぱり柊の肉じゃがって、俺の体に染み付いてるから。安心する」
「んふふ。そっかぁ。作って良かった〜」
「うん。ほんとにありがとう」
そこまで感謝されると、やっぱりむず痒い。
夜ご飯も食べ終わって、片付けを済ます。
「片付けまで、ありがと」
「俺がしたかったの……まだ眠い?ま、九時だし。もう寝よっか」
「高良はまだ眠くないでしょ?」
「うん。けど、早く寝るのって大事だから」
なんだか申し訳ないと思い、「先に寝る」と言ったが高良は「一緒に寝る」と言って聞かない。
「しかも、今の柊は危ないよ。よろよろしてるし、夜は冷えるし、一緒に寝よ。ね?」
優しさで言ってくれるのはありがたいが、どうしても申し訳なさが勝ってしまう。
「……いや、大丈夫!高良もやりたいことあるでしょ?」
高良はちょっと考えた後、「じゃあ…」と切り出す。
「じゃあ、俺は本読みたいけど、ここに柊がいてほしい。これが俺のやりたいこと」
ここと言って指を指したのは、髪を乾かす時と同じ、自分の足の間だった。
「……それだと、読みづらいでしょ」
「だったら、一緒に寝る。もしかして、一緒に寝るのが嫌なの?」
高良がしゅん…として言うと、胸がきゅうっと締め付けられる。
「違うよ。ただ、僕に付き合わせるのが、申し訳なかっただけ。本読むの、付き合うから」
そう言うと、高良は優しく微笑んで僕の手を引く。
「寄りかかって……そう」
「ほんとに読みづらくない?」
「うん。大丈夫だから」
そう言って、高良は本を開く。難しそうな専門の本で、眺めていると眠くなってくる。
高良のちょうどいい体温も相まって、瞼が降りて開けられない。
「柊?寝ちゃった?」
高良の声が聞こえる。低くて、小声なのにはっきりとしている。
僕はそのまま寝てしまう。
***
高良は、柊をお姫様抱っこで抱えると、高良のベッドに連れて行く。
「柊は可愛いな。もっと意識してくれてもいいのに…」
柊の寝顔を見て、自分と同じ匂いのする柊の髪を撫でる。
「モデルして、学校行って、青春して……柊は忙しいな。俺との時間を一番に作ってくれるとこ、めっちゃ好き。無意識に甘えてるの、自分で気づかないのも可愛い」
高良はそう言いながら、ドライヤーをしている時の柊を思い出す。
柊が寄りかかれるようにと立てていた膝に、柊が寄りかかって頬をスリスリする姿。
「あれは、もう好きって表現じゃないのかな。」
しゅんとする感情を、柊の寝顔で吹き飛ばす。
「風呂の時もやばかったな…」
高良は、柊の入浴中の姿を思い出して「よく耐えた俺」と自分を褒める。
「さっきだって、一緒に寝たくないって言われたら、どうしようかとヒヤヒヤしたし…」
高良は柊の横に寝転がり、柊に抱きつく。
「これから、わかっていってくれるかな?」
高良は、柊の匂いを感じながら、眠りについた。
チャイムが鳴って、麻実と一緒に高良を迎えに行く。教室を覗くと、高良はまたも女の子たちに囲まれていた。
「いつも大変そうだな。柊がいない時も囲まれてるから」
「まぁ、うちの高良は顔だけじゃないからね〜。誇らしいよ」
「何目線?」
高良が笑って聞くと同時に、高良に手紙を渡す女の子が目に留まる。
何か言っているようだが、廊下からは聞こえない。
「あの手紙…」
「高良宛てのかな?柊のだったら渡すだろうけど……もうちょい見てよーぜ」
「うん」
高良は手紙を受け取ると、女の子と少し話してから、手紙を返した。その表情は、どこか苦しそうだった。
「うわ…高良宛てのか」
「高良っていつも断ってるぽいけど、なんでだろ」
「さあ?……あー…まぁ、好きな奴でもいんじゃない?柊はなんか聞いてないん?」
だから、苦しそうな表情だったのか。だが、高良をサポートしたくても、僕には恋愛経験などない。
「いや、何も?」
「そうか。幼馴染でも知らないことくらいあるよな〜」
麻実と話していると、後ろから「あの…」と声をかけられた。振り向くと、一年生の上履きを履いている二人組の女の子がいた。
「どうしたの?あ、高良かな?」
「いや…えっと」
右側の女の子は言い淀んでしまったが、隣の女の子がフォローするように言う。
「梅野先輩じゃなくて、篠原先輩に話があって。あ、この子が」
そう言いながら、恥ずかしそうにしている友人を後押ししているこの子は、本当にいい子なんだと思った。
「話って何かな?」
右側の女の子に尋ねると、スクールバッグの中から手紙を取り出して「受け取ってください!」と言って、そのまま帰ってしまった。
「あ…ちょっ!」
「柊も手紙か〜モテモテで、俺妬いちゃう〜」
「麻実には、彼女がいるでしょ〜?」
「だって、今日二人は俺と遊ぶんだよ?なのに、女子にモテまくってたら、俺遊べねぇよ」
そう言う麻実の背後から、聞き慣れた声が聞こえた。
「二人とも、ごめんね。ちょっと撒くのに手間取った。待った?」
「俺らはそんなに待ってない。それより、あんなにモテてるの見せつけたら、良くないんだぞ?男子の心を折る行為なんだぞ?俺、傷ついちゃう」
「麻実は彼女がいるから、折れないだろう」
笑い合う二人は、仲が悪くなさそうで安心した。冗談も混ぜながら話しているところを見ると、久しぶりに遊んでも相変わらず楽しいだろうと思える。
教室に背を向けた時に、大声がした。
「高良〜!また月曜!」
先程手紙を渡していた女の子が、高良に向かって笑顔で手を振っている。高良も「ああ、またね」と言って手を振った。
「熱烈〜」
麻実が言うと、高良は苦笑いをして「何する?」と話を逸らす。
「え、昼の時に何するか決めてないのか?」
「あ…」
すっかり忘れていた。明日の高良との予定しか立てていない。高良の方を見ると、高良もやはり忘れていたようだ。
「何、決めないで遊ぶ予定だったの?俺もいるのに」
悲しそうな素振りを見せる麻実に、高良は「ごめんごめん」と言って謝る。
「とりあえず、スポッツァ付き合え!」
「えー、それは麻実がサッカーしたいだけでしょ〜」
僕が麻実を揶揄うと、高良が肩を組んでくる。
「いいじゃん。久しぶりに柊と運動したい」
覗き込まれながら「ダメ?」と首を傾げられると、幼い頃の高良を思い出す。
「しょうがないな〜。麻実、良かったね。高良のお陰でサッカーできるよ?」
「俺のためにはやってくれないのかよっ」
麻実に肘で小突かれながら、三人で笑う。
スポッツァに着くと、麻実のやりたがっていたサッカーを始める。麻実は現役でエースのため、一人で行う。
「二対一って、ずりぃよ〜」
「そんなこと言っても、麻実は勝つでしょ?」
「もちろん!」
高良に言われてドヤ顔をする麻実は、本当に強かった。
僕も高良もサッカーをやっていたが、僕ら二人よりも強いとは。さすが、エースだ。
「久しぶりにサッカーしたな」
「二人は帰宅部だもんな。柊は、ちょっとくらい運動しろよ?」
僕は「あはは…」と苦笑いする。
「柊は運動してないわけじゃないよ。ただ、筋肉が付きづらいだけ」
「そうなのか?高良は触ったら筋肉がわかるけど、柊は…」
そう言いながら、麻実は僕のお腹を触ろうと手を伸ばす。僕は構えて、お腹に力を入れる。
「麻実、アイス食べない?」
「もう十月終わるってのに、めちゃ暑いからな〜。食べるか!」
急に、高良が話を逸らした。僕のお腹を触ったところで、筋肉は付いていない。高良自身、アイスが食べたいのだろう。
アイスの自販機の手前で、高良に小声で
「柊は飲み物だけにしたら?」
と言われた。何故だろうと思って聞いたら「明日甘いの食べるでしょ?」と、頭を撫でられる。
「二人は何食べんの〜?」
自販機のところから、麻実が叫んでいる。
「俺は、この抹茶の。柊は食事制限ね」
「マジか。やっぱり大変だな〜」
高良は「ね〜」と言いながら、僕がいつも飲んでいるお茶を買って渡してくれた。
「あ、お金払うよ」
「いや、いいよ。夜は頼んだ」
「わかった」
何を頼むのか他の人にはわからないと思うが、幼馴染として過ごしてきた僕らは言わなくても伝わってしまう。この場合、夜ご飯のことだ。
幼馴染同士の世界に行ってしまった僕らを、麻実はヤキモチを焼くように注意してくる。
「そこぉ!イチャイチャしない!俺がいるでしょ!」
「あはは!ごめんごめん。混ぜてやるよ?」
「俺は明一筋なの!」
高良が誘うが、麻実は「浮気になっちゃう」と冗談を言う。
「偉いな。麻実の彼女はきっと幸せだろうね」
「あったりまえ!なぁ、もう一回試合しよーぜ」
「本当にサッカー好きだよね。彼女よりサッカーかな?」
「んなわけ!明が一番なの」
そんな話もしながら、太陽が沈みかけるまで遊んだ。
「じゃ、また月曜な〜」
「またね〜」
麻実と手を振って別れる。
高良の家は僕の隣にある。とても大きな家だ。
高良は両親が離婚して、お母さん…おばちゃんに引き取られたが、おばちゃんは外科医で海外に単身赴任。高良は中学卒業まで、僕の家で一緒に生活していた。だが、高校生になった去年から一人で、あの大きな家に住んでいる。
「高良、何か食べたいものとかある?」
「柊が得意なやつがいい」
「じゃあ、肉じゃがとかどう?」
「食べたい」
食べたいと言う高良は、とても笑顔で可愛らしい。
「ところで、家に材料あるの?」
「ない。買いに行こ」
「うん。お米とかもあるの?良ければ味噌汁も作るし」
「米はあるから大丈夫。味噌汁は……一緒に作ろ」
一緒に作るのは嫌じゃないが、いいのだろうか。
「いいの?」
「もちろん。というか、俺が一緒に作りたい」
高良は本当に優しい。さりげなく僕を手伝ってくれるだけでなく、僕が気を遣わなくてもいいように、理由も作ってくれる。
「じゃあ、一緒に作ろうね」
二人で買い物を済ませ、高良の家にお邪魔する。
「お邪魔します。相変わらず広いね〜」
「一人だと寂しいけどね」
「なら、僕がここに住もうかな〜。なぁんてね」
僕は、買った食材をキッチンに広げながら冗談を言った。
「住んだら?部屋は余ってるし、泊まることが多いし」
高良の真剣な眼差しに、一瞬だけ驚く。
「え…いや、冗談だよ?流石に勝手には、おばちゃんに申し訳ないし…」
「いいよ。帰ってこないから。というか、俺は一緒に住みたいけど」
爽やかな笑顔で言ってくる。だが、このようなやり取りは何度もしてきた。一人が寂しかった高良が、小学生の頃まではずっと「一生一緒にいる」と言っていた。
「もう〜ちっちゃい子供じゃないんだよ?高校生だし、自立するために、一人でこの家戻ってきたんでしょ」
「そうだけど……まぁ、たまに泊まってくれる柊がいれば、寂しくはないか」
「そうそう。それより、作ろ?お腹すいてきたし」
「そうだね。一緒に作ろっか。じゃがいも切るよ。柊は大きめに切るのが好きだよね」
僕の好みまで覚えているとは。さすが幼馴染。
作っている間は、二人にしかわからない話をする。モデルを始めても幼馴染として、変わらない関係でいられているのが心地良い。
「よし。肉じゃがは少し煮込むから、その間にお風呂入ろ」
「一緒に入ろっか?」
「うん!久しぶりに一緒に入るな〜」
泊まることはあったが、お風呂は自分の家で済ませてから高良の家に来ていたため、二人でお風呂は中学生ぶり。
脱衣所に行って、服を脱ぐ。高良を見ると、服を着ている時はわからなかったが、とても筋肉が付いている。
「高良の筋肉すごい!触っていい?」
「…どーぞ」
高良の腹筋に触れる。しっかりとエイトパックに割れているのを感じ、胸筋に手を伸ばす。胸筋もしっかり鍛えられており、僕の痩せ型体型の真逆だ。
触っていたら、高良に手を掴まれる。嫌だったかと思って、顔色を窺うと優しい表情をしている。
「もう終わり〜先にお風呂入ってて。着替え持ってきてから入るから」
「うん。ありがとね」
礼を言って浴室に行く。思い出すと、高良の家のお風呂に入るのは初めてかもしれない。
見回すと、普通の家よりずっと広い。バスタブは僕と高良の二人が入っても問題なさそうだ。
「温まってる?」
しばらくして、高良が浴室に入ってきた。先に湯に浸かっている僕に背を向けて、高良は体を洗い出す。
綺麗な逆三角形の背中に見惚れているとわかった。こんなガタイがいいのに、そのことに気づかなかった理由。
「高良って、背中もしっかり鍛えてるから、綺麗な逆三角形だね〜」
「あ!わかる?結構頑張ったんだよね〜」
「逆三角形だと、腹筋の方が細くなっちゃうから、着痩せしちゃうんだよ。ピチッとした服着れば、どっちも目立つけど」
高良が湯船に入ってくる。やっぱり、二人で入ってもバスタブは余裕だ。
「なるほど。明日遊びに行ったら、俺に似合うの選んでよ」
「うん!高良はやっぱり黒かな?好きな色とかある?」
「よく着るのは黒だね。しかも結構オーバーサイズで着るから、ピチッとしたのは初めてだな」
高良は190cmもある。オーバーサイズだと、締まりがなく見えてしまうだろう。
「オーバーサイズだと、鍛えてるってよりのっぺりした印象だね」
「そう見えるのか。服のことって難しいから、色々教えて」
「スタイリストさんから聞いただけだけどね」
高良が僕の頬に、手を伸ばす。
「どうした?」
「いや…のぼせちゃうから、もう上がろうか」
「高良はまだ温まってないでしょ?僕だけで上がるよ」
「俺も十分温まったから大丈夫。一緒に上がろ」
ここでも、やはり高良は優しい。
一緒に脱衣所に戻る。僕は「ちょっと肉じゃが見てくる」と言って、キッチンへと向かう。
「ちゃんと火通ってるかな?」
鍋の蓋を開けると、ちょうどよく温まった肉じゃがが顔を見せる。爪楊枝をじゃがいもに刺して、火の通りを確認すると、柔らかい感触が伝わってくる。
「よし。あとは落とし蓋をして、味を染み込ませれば完成っと」
落とし蓋をすると、キッチンの方に高良が来る。
「できてた?」
「うん。あとは味染み込ませるだけ。髪乾かしてる間にできるよ」
「そう。じゃあ、髪乾かすよ」
見ると、高良の手にはドライヤーがあった。
高良はそのままリビングのソファに座って、ドライヤーをコンセントと繋ぐ。
「おいで。乾かしてあげる」
「ありがとう」
僕は、なんだか久しぶりのことが多くて、少しむず痒い気がした。
高良の伸びた手に触れると、優しく引っ張って自分の足の間に、僕を座らせる。高良はソファの前のテーブルにあるヘアミルクを手に取り、手に馴染ませる。
「柊は、ヘアミルクつけて大丈夫?」
「うん。ありがとう」
高良の手が、そっと頭を包む。濡れた髪を梳くように、ヘアミルクを髪に馴染ませると、ついでにマッサージもしてくれた。
気持ちよくて、ポヤポヤした気分になると、急にドライヤーが稼働する。
──ボォォォ…
「……柊の髪は綺麗だね。ヘアミルクしてなくても、ツヤツヤしてたし」
「そうかな?特に何もしてないけど」
あまり頭が働かない。ドライヤーの温風が、高良の指が気持ちいい。
ドライヤーの風を感じなくなって後ろを向くと、高良は自分でドライヤーをしていた。
「僕やるのに」
「いいの。柊は寄っかかってて」
そう言って、高良は僕の肩を軽く押す。高良の体に寄りかかると、高良の体温で眠くなってくる。
「柊?大丈夫?やっぱりのぼせちゃったね。水飲も」
「あ、いや、大丈夫。高良の体温が気持ちよくて、ウトウトしてただけだから」
「そう?ならいいけど…一回、ソファに横になろ」
高良に言われて、ソファに横になる。
「しばらくしたら起こしにくるからね」
「うん。ありがとう」
高良が離れた後、リビングの天井を見ながら、高良から言われた「住んだら?」という言葉を思い出す。
全然見慣れない天井だが、起きたらこの天井を見るのも悪くないと思った。
「柊〜起きてる?ご飯の準備できたから、食べよ?」
僕は「うん」と言って起き上がると、高良に手を引かれながら、椅子に座る。
「準備、ありがとう」
「いいの。柊は頑張ってるんだし。じゃ、いただきます」
「いただきます」
食べ始めても、ウトウトする感覚は抜けない。だが、高良の声はしっかりと聞こえる。
「高良、肉じゃが美味しい?」
「うん。美味しいよ。やっぱり柊の肉じゃがって、俺の体に染み付いてるから。安心する」
「んふふ。そっかぁ。作って良かった〜」
「うん。ほんとにありがとう」
そこまで感謝されると、やっぱりむず痒い。
夜ご飯も食べ終わって、片付けを済ます。
「片付けまで、ありがと」
「俺がしたかったの……まだ眠い?ま、九時だし。もう寝よっか」
「高良はまだ眠くないでしょ?」
「うん。けど、早く寝るのって大事だから」
なんだか申し訳ないと思い、「先に寝る」と言ったが高良は「一緒に寝る」と言って聞かない。
「しかも、今の柊は危ないよ。よろよろしてるし、夜は冷えるし、一緒に寝よ。ね?」
優しさで言ってくれるのはありがたいが、どうしても申し訳なさが勝ってしまう。
「……いや、大丈夫!高良もやりたいことあるでしょ?」
高良はちょっと考えた後、「じゃあ…」と切り出す。
「じゃあ、俺は本読みたいけど、ここに柊がいてほしい。これが俺のやりたいこと」
ここと言って指を指したのは、髪を乾かす時と同じ、自分の足の間だった。
「……それだと、読みづらいでしょ」
「だったら、一緒に寝る。もしかして、一緒に寝るのが嫌なの?」
高良がしゅん…として言うと、胸がきゅうっと締め付けられる。
「違うよ。ただ、僕に付き合わせるのが、申し訳なかっただけ。本読むの、付き合うから」
そう言うと、高良は優しく微笑んで僕の手を引く。
「寄りかかって……そう」
「ほんとに読みづらくない?」
「うん。大丈夫だから」
そう言って、高良は本を開く。難しそうな専門の本で、眺めていると眠くなってくる。
高良のちょうどいい体温も相まって、瞼が降りて開けられない。
「柊?寝ちゃった?」
高良の声が聞こえる。低くて、小声なのにはっきりとしている。
僕はそのまま寝てしまう。
***
高良は、柊をお姫様抱っこで抱えると、高良のベッドに連れて行く。
「柊は可愛いな。もっと意識してくれてもいいのに…」
柊の寝顔を見て、自分と同じ匂いのする柊の髪を撫でる。
「モデルして、学校行って、青春して……柊は忙しいな。俺との時間を一番に作ってくれるとこ、めっちゃ好き。無意識に甘えてるの、自分で気づかないのも可愛い」
高良はそう言いながら、ドライヤーをしている時の柊を思い出す。
柊が寄りかかれるようにと立てていた膝に、柊が寄りかかって頬をスリスリする姿。
「あれは、もう好きって表現じゃないのかな。」
しゅんとする感情を、柊の寝顔で吹き飛ばす。
「風呂の時もやばかったな…」
高良は、柊の入浴中の姿を思い出して「よく耐えた俺」と自分を褒める。
「さっきだって、一緒に寝たくないって言われたら、どうしようかとヒヤヒヤしたし…」
高良は柊の横に寝転がり、柊に抱きつく。
「これから、わかっていってくれるかな?」
高良は、柊の匂いを感じながら、眠りについた。

