姉に言われてとった九時台の東京行き新幹線に乗ってどうにか東京に到着。予約していたビジネスホテルのフロントで荷物を預け、ロビーで一息つく。作ってきたサンドイッチを食べながらプレゼンと自己紹介の練習をしっかりして、電車で本社へ。
そして今――
「やっと終わったよ……!」
「和花、お疲れ様!」
プレゼンを終わらせ、会社の入口の近くで和花は姉と通話していた。
「ちゃんとできたんだよ! 駅のホームで迷ったし、受付も戸惑ったけど……」
「ほんとすごいって。和花に関しては東京についたところからすごいし」
思わず苦笑いを浮かべる。ついただけですごいって……ね?
「そういえばさ、和花はこれからどうするの?」
「どうするって……?」
「ご飯とか、お出かけとかさ」
おそらく外食や買いものを推薦したいのだろう。そう言うとは思ってたけど。
「夜ご飯はコンビニで買って、あとはホテルですごそうかな」
「えー、東京だよ?」
……それも言うと思ってたけど。
「せっかく外出たんだし、どっか行ったらいいじゃん」
「て言われてもさ……」
向こうで口を尖らせているのが分かるように、姉は続けて言ってくる。
「行きたかったところとか、来る途中とかで気になったところとかないの?」
――行きたかったところ。
その言葉で和花が思い浮かべたのは、保存していた一店の洋食屋さんだった。
大学を卒業したあたりのことだ。なんとなくInstagramを見ていたときに、偶然その洋食屋さんを見つけた。
おしゃれで大人っぽく、少し高いけど美味しいらしいそのお店。いつか行きたいな、と密かに思っていたのだ。
「…………ある」
「ほら、あるんでしょ? じゃあ行ったら?」
どうしよう。たしかに行きたいけど。行ってみたいけど。だけど……。
「……でも、いい」
「いいの?」
「うん。……いい。一人で行くのも気まずいし、注文するのも気まずいし」
明らかに間があった。
またあのときのメッセージみたいにたくさん言われるのかな。
少し身構えた和花に姉が言ったのは、『そっか』と短くそれだけだった。
「じゃあ今日はこれで。気を付けてすごしてね。あと時間あったら連絡よろしく」
姉がそれだけ言ったあと、あっけなく通話は終わった。行ってみなよ!とか言われると思ってたのに、全然言われなかった。別になにか言ってほしかったわけでもないけど。
和花はスマホをしまうと、会社から出て駅へと歩き出した。おにぎりとちょっといいコンビニスイーツでも買おうかな、なんて考えながら。
渡ろうとしていた交差点の信号が赤に変わり、足を止める。信号が青になるのを待ちながら、ふと、スマホを取り出してInstagramを開く。
ページを開くと、保存していたお店の料理の写真が表示された。今日は定休日ではない、ここからも近い。これらの情報も表示される。
でも、またここまで来ればいいだけの話だし。
頭の中で自己完結しようとしたとき、疑問に思ってしまった。
――だったら、今日ここで帰ったとして次はいつ来れるんだろう?
ずっと行きたかったお店に、今日なら行けるかもしれないのに。
……せっかく来たんだし、近いし、行ってみようかな……。
信号が青に変わる。待っていた人たちが横を通りすぎて行く。車がエンジン音とともに走り去っていく。
「……行こう」
和花は一人呟くと、信号を渡らずに角を曲がった。



