それがどうしたのだろう?
首を傾げると、ものすごく申し訳なさそうに俯かれつつまたナシュラさんは膝をつく。
「公爵令嬢にはご満足いただけないと思います。どうかお覚悟を」
「はあ……?」
そう言われて案内されたテントは、確かに質素。
質素というか、今しがた建てられたばかりでなんにもない。
そこへ他の騎士たちが簡易ベッドとテーブル、椅子を持ってきた。
あー……まあ、私が来る予定なかったもんねぇー。
『テーブルや椅子、ベッドがあるだけでもありがたいと思うべきだ。こういうものは重荷の部類。……おそらくそれなりに名のあった騎士が使っていたもの、だろうな』
遺品、ってこと……?
死んだ人が使っていたものは、さすがに抵抗があるなぁ。
『そう言うな。余分に持ってくるようなものではないのだ。そなたが国から出て二年あまり。この地で多くの血が流れた。このテーブルも椅子もベッドも、戦った者が遺したもの。使ってやるとよい』
「わかりました」
「え? イリヤ様?」
「あ。ええと、タタング様が……気にせず使え、と」
答えると、ナシュラさんはうなだれる。
テーブルとかを持ってきた騎士たちも俯いてしまった。
「さすがタタング様は、お見通しなのですね。……そうです、こちらのテーブルも椅子もベッドも、使っていた騎士がおりました」
「お亡くなりに、なったのですね」
「一年前になります」
私が……母様とルイシス兄様とグレンと、みんなで朱雀領から出て白虎領にいる頃だろうか。
私たちも楽な生活じゃなかったとは、思う。
貴族令嬢としては絶対不遇な生活、と、他の貴族には言われる。
服が十着程度は、サリィも言っていたけれど、めっちゃ少ない。
優雅な生活ってものはほぼできてないから。
それでもやっぱり食べるものに困るような、寝る場所に困るようなことはほとんどなかった。
まあ、馬車の中で野宿、とかは、あったけれども。
でも前世の生活を知っている身としてはそんなこと、程度のもの。
しかも、それもやっぱり命がけで戦ってきた人たちに比べれば……。
「私、大切に使いますね」
「あ……! ありがとうございます」
ぺこ、ぺこ、と騎士たちが頭を下げる。
な、なにが?
「あ、そうだ! お着替えなどがないので、女騎士を連れてきますね! その他のことは俺におっしゃってください! お待ちください!」
「あ、はい」
女騎士!
女騎士いるんだぁ。
入口をテーブルとかを持ってきた騎士たちが固め、ナシュラさんは出ていく。
手持ち無沙汰。
タタング様を見上げると『なんだ?』と見下ろしてくる。
あの、あの、こういう時、どうしたらいいのでしょう?
あと、私これからどうしたら……。
『ああ、なるほど。そうだな。まず、もう一度母親と話してみるといい。そなたは子どもなのだから、保護者の意向に従うのがいいだろう』
「わかりました」
確かにーーー!
それは本当にそうだと思ーう!
でも母様と話すってことはあれだよね?
また本陣にあった通信魔道具を借りなきゃいけないってことだもんね。
借りられるのかなぁ?
「おい、大変だぞ!」
「どうした?」
ん? テントの外から話し声?
大変? なにかあったの?
もしかして、また敵が押し寄せてきたの!?
私、今日はもうタタング様の加護使えないのに!?
思わず立ち上がりかけるが、外の騎士たちは「魔法師たちが魔法を使えるようになっている!」と話し始めた。
……おん?
「しかも調査の暗部隊が周辺を確認したところだと、陛下が展開した守護壁よりも高く、硬く、分厚い。外壁を隣の領まで確認した結果、隙間のようなものも確認できなかったってよ!」
「つまり、陛下の守護壁とほぼ変わらない範囲なのに高さや強度はグレン王子の方が上ってことか? そりゃあすごいじゃないか!」
「それほど強いのならアグレドとブロードの軍も撤退するかもしれんな」
「ああ。タタング様のご加護で追い払っているから、さすがのヤツらも怖気ずくだろう」
「どうかな? ヤツらは神を否定するからな……。前線に送られてきている兵士も、指揮系統以外は奴隷だろう?」
どれい……奴隷?
奴隷なの……!?
『そうだ。アグレドとブロードの兵はかつて北東にあった国々の国民たち。奴隷紋という悪質な魔法で縛り、逆らうことができないようにしている。幼いそなたにはアグレドとブロードが奴隷にしている残虐非道な行いを、耳に入れたくはなかろう』
ざんぎゃく、ひどー。
………………多分なんかすごくひどい意味……?
『そうだ。人を人とも思わぬ行いのことを言う。いや、人どころか、生き物にもせぬような悪虐のことよ。――イリヤ』
「は、はい?」
『表へ出よ。やつらはやはりこの世界に生きるモノとして許されざる存在のようだ』
「え? え? は、は、い?」
突然、タタング様の声色が強く低くなる。
なんだろう? なにか――嫌な予感がする。
言われた通りテントから出ると、話をしていた騎士さんたちがギョッと私を見下ろした。
「イリヤ様? どうかなさったのですか?」
「すみません、まだ準備が」
「いえ、タタング様が表に出ろって……」
「え?」
