私は――イリア・オルヴァーニュはカルヴァ王国の公爵令嬢だ。
もう殺された前世の私の歳を越え、日々勉強して前世よりは賢くなっている。……と、思う。
私ちゃんと覚えているよ。
ブロッサ兄様がじいやに言われたことも、昨日サリィに言われたことも。
私もグレンも王侯貴族。
この世界で生きていく、王子と貴族令嬢。
なに不自由なく生活できるのは納税してくれている国民のおかげ。
国民が暴動も起こさずに納税してくれるのは王侯貴族が政治をして国民の生活を守っているから。
でも今は、有事っていうやつ。
他国から侵攻を受け、王様は守護神に国境を守ってもらう代わりに王侯貴族と魔道具や魔石の魔力を吸い上げている。
健全な生活ができない状況、ってこと。
それが二年も続いている。
母様は「カルヴァ王国の民はもう限界でしょう」と言っていた。
今までできていた生活ができなくなれば不満はたまる。
戦争をしかけられていることを知っているから、我慢してくれているけれどそれにも限界はある。
解決するために税を納めているし、言うことを聞いているのにいつまでも改善がみられなければ、王も貴族も無能である、と国民に見放されてしまうだろう。
って、母様が何回か言ってた。
今その限界に来ている。
母様としてはニーングルグ女王国の支援と、魔力が安定して守護神様の加護を扱う魔道具っていうやつを使えるようになったグレンを連れて帰りたいみたい。
タイミング的にバッチリだし、守護神の加護を扱える魔道具を出せるようになったグレンが戻るとなれば、なんかすっごくいい感じなんだってさ。
サリィと母様が言ってた。
説明された気がするけどちょっと難しかった。
なんか政治的にもいい感じのタイミングだとかなんとか。
だから――。
「イリヤ、国、す、き……?」
「よくわからない! でも母様も父様も、兄様たちもいるカルヴァ王国には帰りたい。家族とまた、みんなで暮らしたい。あのねあのね、私の夢は家族でまた前みたいに暮らすことと、グレンといつでも会えることなの! 前はグレンに手紙を書いても返事が来なかったでしょ? でもでも、グレンがお城で過ごしたくないならこのまま私たちと暮らせばいいじゃない? 国に帰って一緒に暮らそうよ! グレンがもう虐められないようにイリヤが守るから!」
「…………」
そのために今日も槍の訓練したんだぞ。
あと、投げナイフ。
スカートの中に隠して緊急時に使えるんだって。
なんかサリィ曰く「王妃が隠しナイフを持つのは、政治があまり上手くいっていない場合が多いのですが……」と濁しつつ言ってた。
グレンが王様になったら今よりは改善されるだろう、と使用人たちの間では言われてるってサリィは言ってたけど、その根拠としてグレンが守護神様から加護をいただいているから。
そして今の王様が魔力を吸い上げて防衛に回しているから。
なんだってー。
それなら尚更グレンは我が家に住めばいいと思うの。
グレンがアグレドとブロードの連合軍を追い返したら、そのくらいの我儘余裕で通ると思うのよ!
で、やっぱり我が家に住むようになったらグレンのことは私が守ってあげられると思うし!
……そういう意味だとルイシス兄様がちょっと羨ましいよ。
グレンの従者、私はできないんだもんね?
サリィにも「グレン王子は男の子なので、お嬢様は入れないところがありますから」と注意された。
まあ……確かに……。
男子トイレとか、お風呂は……無理、か。
でも、それ以外!
一緒にご飯食べたりお勉強したりランニングしたりする時は一緒にいるから、そういう時は守るんだよ!
多分! できると思う!
「…………」
「ん? うん。怖い?」
「……うん……うん……。でも……でも……っ……でも、ぼくは……イリヤが……っ」
急にグレンが泣き始めた。
びっくりして席を立ち、隣に駆け寄って抱き締めてあげると腕にしがみつかれる。
さっきまでの強い視線はなくなって、いつものグレンに戻った。
なんだったんだろう? 今の。
そして、どうしたんだろう?
「イリヤ、が、カルヴァ、に、かえり、たい、って……言う、なら……ぼく……い、いや、だけど……こ、こわい、けど……一緒にっ……い、いてくれる、な、ら……」
「一緒にいるよ」
「……っ……………………た、たたかう……」
目を見開く。
グレンは目に涙をいっぱい浮かべて、しゃっくりをあげながらもそう言った。
――戦う。
口を開けたまま、その言葉の意味を頭の中で何度も繰り返す。
……戦うのか。
そうか。
「……そうだね。戦おう」
私、前世ではその考えすら浮かばなかった。
だって私、今も、前世もお母さんが好きだったもの。
大好きだったもの……!
お母さんが選んだ人、新しいお父さん。
仲良くしなさいって言われたから、頑張って仲良くしようと思ったもん。
でもどんどん痛いことをされるから、言うことを聞かなきゃって思うようになって。
いつの間にかお母さんは私のことを見なくなって、話しかけてもくれなくなって、ご飯も食べられなくなって。
……そうか。
戦えばよかったんだ。
戦わなきゃいけなかったんだ。
あはは、そんなの前世じゃ考えつきもしなかったなぁ。
「グレンはすごいね。自分でその答えを見つけられたんだ。すごい!」
「……っ」
「女王様に教えてもらったの? でもグレンはその決意ができたんでしょ? じゃあやっぱりグレンがすごいんだよ。うん。もちろんイリヤも一緒に行く。――一緒に戦うよ」
「……っ、っ……!」
