ルイシス兄様に聞かれて、グレン王子はこくりと頷く。
グレン王子、ルイシス兄様のおかげでだいぶ音楽得意になったんだよね。
私もピアノぐらいは練習しているけれど……やればやるほどルイシス兄様の上手さがわかってちょっとへこんじゃう。
まあ! 私は加護と母様の交渉のお勉強担当だから!
兄様は音楽と芸術担当!
ルイシス兄様の音楽は世界に通じるし、ルイシス兄様の描く絵は一枚で旅費を賄える!
グレン王子もにょきにょき元気になってるし、あとはスタルリオス国とニーングルグ女王国が協力を受け入れてくれたらなぁ。
あ、そうなの!
私たちは今、ニーングルグ女王国の貴族街の空いたタウンハウスに住まわせてもらっている。
ニーングルグ女王国は女性しか貴族を名乗れない、女の人しか王様になれない、大陸随一の不思議な国!
なんでも守護神様が女神様。
あ、もちろん女神ブロントズウェール様や『星の精霊』様たちとは別の女神様!
すっごくおばあちゃんみたいな姿だった。
なんで私たちがスタルリオス国ではなく最北西の大国、ニーングルグ女王国に滞在しているからというと――この女王国の貴族、先程言った通り女性しかいない。
旦那さんや息子さんは貴族籍を持たなず、女主人の“従者”の扱いなんだって。
この国にはこの国の法律があり、跡取りは女性のみ認められている。
で、女性ってことは当然……って言っていいのかわからないけれど……美少年が、好き!
そしてルイシス兄様は家族の私が見ても超! 超! 超! 美少年!
儚い容姿、綺麗な顔!
歌を歌えば天使の歌声!
ピアノを弾けば雄々しさ、バイオリンを奏でれば色気を醸し出す!
母様が最初から「まあ、メインの狙い目はニーングルグ女王国だから」と言っていたけれど案の定!
この国の女王様も貴族の人達も、ルイシス兄様を大歓迎!
なんならグレンのことも大歓迎!
戦火に見舞われた母国のため、魔物に襲われた心の傷から声を失いながらも健気に他国へ助けを求めに旅をしている幼い王子様。
これもまた母様の見立て通り、ニーングルグ女王国の王侯貴族はめっちゃ同情的!
あとついでに『星の精霊』様から加護をいただいた私のことも大歓迎してくれた。
この国では『星の精霊』様が女性しかいないというのがブッ刺さったのだそうだ。
この国の女神神社も後ろ盾になってくれたし、二つ返事でカルヴァ王国への援助を了承してくれたの!
すごくありがたい!
まあ……でも、もちろんその対価としてルイシス兄様はこの国の貴族学園に通いながら一ヶ月に一度王宮の小宮殿で演奏会を行なったり、描いた絵画は優先的に女王陛下に献上したり、支援者の似顔絵を描いたりとても忙しい。
母様は母様で、国同士の交渉のため足繁く王宮に通っている。
私はこの国で淑女教育を本格的に受けることになっているので、先生が来る日はこんなふうに兄様とグレンとのんびりしてられないんだけれど……。
グレンも今度のルイシス兄様の演奏会にお呼ばれしたから、練習するんだって。
いいなー、私だけ仲間外れ。
……ルイシス兄様の妹とは思えないくらい下手くそだから仕方ないんだけれど。
兄様は「でもイリヤはまだ小さいから」というけれどグレンだって年齢いっこしか違わないじゃない!
シンプルに私にリズム感がないって言ってくれてもいいんですよっ!
「………………」
「え? なに? ああ、アルド兄様のこと? うんうん、来てくれるって! カルヴァ王国から正式に『金の大槌』に依頼が通ったって言ってたから、一緒に帰ろうねってお話になってるんだよ! グレンも魔力が安定する十歳になったもんね! やっと父様やブロッサ兄様に会えるんだ! 元気にしているかなぁー」
「………………」
「そうですね、不安に思われるのは無理ないと思います。しかし、グレン様は守護神に認められた次期王太子。そのように銘打って各国を巡っているのもまた事実です。ここで逃げ出しては、ずっと逃げ回ることになりますよ?」
ケースからバイオリンを取り出しながら、グレンは俯いてしまう。
サリィに頼んで、お茶を淹れてもらいながら、ルイシス兄様に言われて悲しそうなグレンの頭を撫でる。
グレンは十歳になり、魔力が安定してきたのでカルヴァ王国完全奪還のために帰国するのが怖くて嫌なんだって。
グレンが小声でも話せるようになってから聞いた話だけれど、私とアルド兄様がグレンの乗った馬車を助けた――出会ったあの日。
なぜグレンが馬車で魔獣の蔓延る暗愚の森から出てきたのか。
あの真相はなんてこともない。
王妃様がグレンに言ったんだって。
『暗愚の森の奥にあるピーラピアトの花があれば、お腹の痛みが治るかもしれない』……って。
前日に王妃様はグレンにそう言って、グレンが城の使用人たちと一緒に暗愚の森に行くのを促したんだ。
だからグレンは普通に王家のボックス馬車に乗っていたし、暗愚の森の奥に行った。
全部王妃様のお腹痛いのを治すため。
ピーラピアトのお花って本当に存在するお花だし、実際ありとあらゆる体の中の毒素を解毒する効果があるすっごく珍しいお花。
でもそんなの、普通の王侯貴族は冒険者に依頼する。
グレンの優しい心に訴えて、グレンが自分で行くようにそそのかしたんだって。
その気持ち、私はすごく…………すごくわかったの。
王妃様が本当のお母さんじゃないって、グレンは知らないけど……お母さんだと思ってたら、私でも同じことする。
お母さんがお腹痛かったら、早く治ってほしいって思うもん。
グレンの優しいそんな気持ちに漬け込んで。
グレンが無断で城から出て行って、暗愚の森の魔獣に襲われて死ねばいい。
そんなふうに思われて促されたなんて思いたくないよね。
