転生したらHP10000だった。


 私よりもグレン王子が不安そう。
 とりあえず「だいじょうぶだよ、グレンおうじ。むずかしいことはおとなのひとがなんとかするよ」と包帯が巻かれた手を撫で撫でする。
 王妃様が頭を抱えているのを横目に、ゆっくりグレン王子を観察する時間が持てた。
 よく見ると、やはり細かな傷が多い。
 見える場所でこれだけ細かな怪我が見えるのだから、きっと服で見えない場所にも相当虐められていることだろう。
 指先しか見えない左手を撫でて、覗き込みながら「だいじょうぶだよ。もうこわくないよ」と繰り返す。
 そうするとだんだん、グレン王子の目から涙が滲み、溜まり、とうとう零れる。
 その涙を見て、ちょっと衝撃を受けた。
 涙。
 泣けるんだ。
 いいな、って。
 私、そう思った。
 頭に腕を回して、グレン王子を抱き締めながら思う。
 私も泣きたかったんだな、って。
 そうか、私も、あの頃泣きたかったんだな。
 助けてほしかったんだ。
 誰かに……助けてほしかった。
 助けてほしくて、いっぱい安心して、泣きたかったんだ。
 声が出ないグレン王子は、まるで声を殺しているかのように泣いている。
 ぽろぽろ、ぽろぽろ……可哀想。
 でも、悲しいだけの涙ではないのがわかるから、できるだけ優しく後頭部を撫でた。
 安心して、もう大丈夫の涙。
 “お母さん”に自分が愛されてないって知って、本当に悲しくての涙。
 ええと、でも、おおっぴらに言ってはいけないけれど、王妃様はグレン王子の本当の“お母さん”じゃないはず。
 けれど、グレン王子はそのことを知らない。
 仕方ないのだけれど、本当に、可哀想。
 いつかそのことを知っても傷つかないぐらい強く育つんだぞ。
 いや、私が育てる。
 私が強く育てて幸せにする。
 そう思って、ぎゅっと強く抱きしめた。

「シシル!」
「へ、陛下!」

 わっ、びっくりした!
 グレン王子を抱きしめたまま顔を上げると、赤いマントをばさばささせながら国王陛下が護衛騎士と走ってきた。
 王妃様は母様に肩を抱かれて慰められていたみたいだけれど、陛下が来たら顔を上げて涙を滲ませながら飛びつく。
 うわっ……と、危うく声を出そうになった。
 さっき私と母様へ向けた、鬼みたいな顔が今はか弱い乙女みたいな顔になっていたのだ。
 まるで前世の母みたい。
 胸に飛び込み、陛下に泣き縋り、まるで被害者のように「守護神様が」と話し始めるがなに言ってるのかよくわからない。
 よくわからないのは私だけでなかったらしく、国王陛下は母様に説明を求める。
 冷静な表情のまま、母様は立ち上がって私がさっき守護神様の通訳をしてくれた精霊様の話を簡潔に話す。
 そんな母様の説明で、やっと私もなんとなく理解できた!
 要するに――グレン王子の血にカルヴァ王国守護神様の加護を使える魔道具がある。
 で、その魔導具を取り出すために“魔力”が必要。
 グレン王子、まだ十歳じゃないから魔力使えない。
 魔力使えないから魔道具取り出せない。
 ので、守護神様も加護を使えない。
 から、国が侵略を受けてても国を守れない。
 今の王様、守護神様に嫌われているから魔道具や加護をもらうには試練を受けなければダメ。
 その試練を受けるか受けないか、今決めろ。
 もしも王家の加護の魔道具を使えない状況でカルヴァ王国守護神様の“護り”を発動したら、王侯貴族の魔力だけでなく、国中の魔石が停止するんだって。
 それって生活に根づくすべての魔道具がいっぺんに使えなくなって大変っことみたい。
 それこそ、魔力のない冒険者を傭兵としてスタンピードを収めようってしたって魔道具が使えないから戦えなくなっちゃうってことなんだって。
 魔力のない貴族や騎士も、スタンピードと戦えないんだって。
 今もそれなりに大ピンチだけど、今度は別の大ピンチに陥るって。
 あんまり事態がよくなるわけじゃないんだってさ。

『イリヤや……そうね、イリヤの兄、アルドのように、四神や精霊の加護を持つ者は加護を与えた主の魔力を借りることができるから、戦える人間がまったくいなくなる、という事態にはならないかもしれないけれど……それは敵方と同じ。時間稼ぎにはなるかもしれませんわね』

 とのこと。
 母様は「おそらく守護神様と精霊様はグレン王子が魔力を扱えるようになるまでの三年間、時間稼ぎをすることを推奨しておられるのでしょうか? それとも陛下が試練を乗り越えられると信じてのことなのでしょうか」と頰に手を当てて溜息。
 それに対して、王様はなぜか怒り顔。
 なんで怒るの?
 怒る意味がわからないよ。

「その――試練というのは、危険はあるのか? 今我が命の危険に晒されるようなことがあれば、敵軍を勢いづかせることとなるのだ。守護神様はそのことをどうお考えなのか?」
「えっと」

 怒った顔のままじりじり近づいてくる王様。
 そんな王様の姿に、グレン王子が肩を跳ね上げて震え始める。
 ……やっぱり王様……グレン王子に暴力を――っ。

『命を奪ってその地位にいるのです。命をかける覚悟もなく国を統べる者として認められるわけがないでしょう』
『イリヤ、伝えられますか?』
「あ、は、はい! ……えっと、しゅごしんさまのおことばを、せいれいさまがつたえてくださってるので、そのままおつたえします」

 ぺこり、と頭を下げる。
 多分、怒りそうだから。
 せめて丁寧に伝えよう。