転生したらHP10000だった。


「来たか」
「おかえりなさいませ、おとおしゃま」
「ああ、ただいま」
 
 習ったばかりのカーテシーを披露すると、城帰りでキリッとしていた父様はにっこにっこになる。
 人間ってこんなに簡単に表情が変わる生き物だったのか。
 前世のことがあるから妙齢の男性って苦手なんだけれど、父様には乱暴なことは一度もされたことがないしずっとデレデレだしでちょっとずつ安心していい人、って思えるようになってきた。
 そして今回、呼び出されたのはまあ、ピクニックの出来事が原因だろう。
 
「食事しながら話そう。フラワとブロッサとルイシスは?」
「間もなくいらっしゃるかと思います」
「お食事の準備を先にいたしますか?」
「そうだな。イリヤ、食事をしような」
「はあい」
 
 気がつくと夕飯の時間だったっぽい。
 使用人たちが夕飯の準備を開始すると、同時に母様と兄様たちが食堂に入ってくる。
 兄様たちはなんだか不機嫌そう。
 母様はなんかウキウキしてない?
 なんだ? いつもと様子が変。
 
「お待たせいたしました」
「イリヤ! ああ、もう! お前はなんて可愛いんだ! 今日も可愛い! そして……兄様はお前がお嫁に行くのに反対だ!」
「ほえ……?」
 
 抱きついて来たのは次兄ルイシス。
 突然なんの話? およめさん?
 言うて貴族令嬢って政略結婚で家を繋ぐんじゃないの?
 好きな人と結婚できないのはどうなんだろう?
 わからない。
 私の前世の両親は、好きで結婚したくせに離婚したし……お母さんが再婚したら私は邪魔者になった。
 好きな人の子どもでも、自分の子どもじゃないと要らなくなるのが人間の“結婚”だ。
 好き合っててもそれなら、好きじゃない人同士で結婚するのも同じことじゃない?
 それに、父様と母様は政略結婚なのにラブラブだ。
 むしろ、好き合って結婚しない方が幸せになれるのかもとすら思う。
 
「ルイシスずるいぞ! 僕もイリヤを抱き締めたい! イリヤ! 結婚なんてしないでずっと家にいていいんだからね!」
「あら、だめよぉ〜。イリヤはちゃんと結婚しないと! 実家にいつまでもいたら、お兄ちゃんたちのお嫁さんと気まずくなるわよ〜。どんなに仲良しでも嫁と小姑なんて顔を合わせたら微妙な空気になりがちなんだから〜」
 
 と、わけのわからない兄様たちの話題に入って来たのは母様だ。
 母様もわけのわらないことを……。
 もしかして、私の結婚の話?
 てっきりピクニックの出来事の聞き取りとかなのかと思った。
 子どもの私よりもしっかりした使用人やメイド、護衛騎士たちにいっぱい聞き取りしたから大丈夫ってことなのかな?
 
「三人とも、席に。話をする」
「はぁい」
「兄様は絶対反対だからね」
「ルイシス!」
 
 ついに父様に叱られるルイシス兄様。
 渋々自分の席に座り、食事が運ばれてくる。
 食事中は食器の音を立てない。
 それがマナー。
 私の椅子は他のみんなよりも高く、クッションも大きなものを乗せられている。
 サリィが補助してくれているから、普段の練習の成果が出ている!
 
「ふむ……」
「おお、イリヤ! 食事のマナーも素晴らしい! 前回よりもナイフやフォークの扱いが上手くなっているんじゃないか?」
「でもイリヤは嫁には行かせない」
「いい加減にしなさい、ルイシス」
 
 ルイシス兄様、また父に叱られる。
 ぶーたれるルイシス兄様。
 はあ、と深めの溜息を吐く父様は、私を真っ直ぐに見る。
 
「イリヤ、実はお前が今日、アルドに助けてほしいと頼んだ馬車の中にいた子ども。彼はこのカルヴァ国の第一王子、グレン・カルヴァ様だった。彼は馬車に閉じ込められた状態で蟻兎に襲われたせいで、今声が出なくなってしまった」
「えっ」
 
 それって、今喋れなくなっているってこと?
 ……そうだよね。
 あんな魔物にずっと襲われ続けたら、怖くてトラウマにもなるよね。
 でも、まさかあの子が王子様だったなんて。
 
「だからなぜ王子殿下が暗愚の森にいらっしゃたのか、わからぬ。お前もなにか知っているわけではないのだろう?」
「うん。しらない」
 
 首を横に振る。
 そうか、喋れないから事情も聞けないのか。
 でも、あんな怖い目に遭ったんだから仕方ないよね。
 王子様以外のところで調べていくしかないよ。
 
「そうだな。……まあ、それはそれとして……王子殿下のご様子から、お前に話し相手になってもらえれば御心も少しは落ち着くかもしれないと医者に言われてな。やはり馬車から最初に助け出したのはお前だろう? お前の姿を見れば、多少は安心されるのではないか、との見立てなのだ。明日、殿下に会いに行ってはくれないか?」
「いいよ」
 
 こくん、と頷く。
 しかし、父は少し不安そう。
 
「そ、そうか。それは安心だ。だが、その……敬語は使えるか? 殿下に失礼な言葉使いは、ちょっと駄目なんだが」
「けーご。がんばってみる」
「う、うむ」
「王子と仲良くなっても婚約話が出たらしっかり断るんだよッ!」
「好きじゃなかったら断っていいんだからね、イリヤ」
「う、うん」
 
 ああ、なるほど。
 それで兄様たちはさっきから結婚だの嫁だの言ってたのかぁ。
 でも、今王子様にそんな余裕ないんじゃない?
 知らんけど。