舞台上に明かりが点く。
ボックス席のソファーはおとな用だけれど、でっかいクッションがあって、私はそこに座っていたおかげで舞台上に一人で立ち、ヴァイオリンを肩に抱える。
私は音楽、ルイシス兄様のを聴くの専門。
よくわからないけれど、光の中の兄様は最高に綺麗だと思う。
一階席の奥様方から「はあ……」といううっとりとした溜息が二階席まで聞こえてくる。
わかる。
うちのルイシス兄様、超美形。
母様と父様の顔面のいいとこ取りをした完璧な顔立ち。
そんなルイシス兄様の愁いを帯びたような表情。
そこからゆっくりと弓を引く。
兄様がヴァイオリンを弾いているのを見学していた時に教えてもらったんだけれど、ヴァイオリンを弾く時に使うあの棒、棒だと思っていたら弓なんだって。
もちろんカルレットさんのところで習った戦闘用のものではない。
でも、構造は本当に弓。
矢が使えない弓って感じ。
弓の弦の部分とヴァイオリンに張られた弦をこすり合わせて奏でる音。
まるで人が歌っているみたいに心が弾む音。
思わず前のめりになって聴き入る。
ああ、やっぱりルイシス兄様の奏でる音楽の音、綺麗、好き。
目を閉じると踊り出したくなるくらい。
『なんて綺麗な音なのかしら』
『ステキな音~』
『毎日でも聴きたいデス~』
………………………………ん?
な、なん、え? だ、誰の声?
驚いて声を上げると、三人の年齢の違う女の子。
いや、一人めちゃくちゃ見覚えがあるぞ!
声を出しそうになると、一番年上の見覚えがある女のり人が、人差し指で『しー』のポーズ。
むぎゅ……。
『タタングもくればよかったのに。あの子ホント〜に意地っ張りデース』
『脳筋だからねぇー。仕方ないよぉ』
『もう、二人ともおしゃべりしていたら演奏が聴こえないわよ。黙って鑑賞しましょう』
『そうデスねー』
『さんせー』
宙に浮いて光輝くお姉さんたちはそう言って、ルイシス兄様の方を見つめてうっとりしている。
えっと、えっと、えっと、えっと……そのうちの一人は、すごく見覚えがあるんだけど……。
っていうか、あの長い髪のお姉さんは――絶対あの時の女神様だよね!?
私が転生する前に会った、私に加護を与えてくれた女神様……確か……。
「ろーぜくりす、さま」
「イリヤ、どこを見ているの? お兄様の演奏をちゃんと聴いてあげなさい」
「は、はい」
そうだった!
ちゃんと聴かないと!
それで、グレン王子とルイシス兄様の音楽についていっぱいお話しするんだ。
ヴァイオリンのあとはピアノ、ピアノのあとは歌声。
他の演奏家は学生みたいで、兄様が歌う声と合わせて様々な楽器で音楽を奏でていた。
人前であんなに堂々と歌えるのがすごいのに、その上でめちゃくちゃ上手い!
なんて、音楽の良し悪しもわからない私が偉そうに言うのはおかしなことかもしれないけれど。
でも、兄様の奏でる音楽は楽器も歌も全部好き!
そして評価されているってことは、やっぱり兄様は音楽の神様に愛されているんだろう。
『はあ……なんて素敵なのかしら。やっぱり我が愛し子の奏でる音はすべて美しいわ。血の滲むような努力から齎される、この澄み渡る音。わたしの目は間違ってなかったんですわぁ』
うっとりと頭の上で一番年下そうな女の子が呟く。
わかる。
私の兄様はなんでも素敵。
血の滲むような努力……実際怪我をしても、兄様は練習をやめなかった。
指が使えないのなら弓を手に縛りつけて弾いていた。
腕が使えないのなら、ピアノの足の部分の練習や、歌を歌う。
それでも音楽に煮詰まったら絵を描いたり石像を彫って事故表現に務めていた。
ルイシス兄様はいつも苦しそう。
でも、歌っている時の兄様はすごく綺麗で、輝いている。
兄様が音楽を始めとする芸術を愛しているのが伝わるんだ。
兄様を一番悩ませ、苦しめる芸術を。
兄様は苦しいところも含めて芸術を愛しているんだ。
なんだか、涙が出てくる。
兄様、本当に頑張ってるもんね。
……私は……私は兄様に負けないくらい頑張れているだろうか?
ルイシス兄様は「好きでやっていることだから、僕を真似しなくてもいいんだよ」と言っていたけれど。
兄様の音楽、芸術は評価されて然るべきってやつじゃない?
歌が終わると拍手喝采。
頭の上からもすごい拍手。
『素晴らしい音楽でしたわー! さすがわたしの見込んだ音楽の天才! 愛してますわー!』
『よしなさいデース、ジュジュ』
『イリヤには聞こえているのよ。暴走しないでちょうだい』
小さい女の子が前のめりになって拍手して、その女の子が飛び出さないように他の二人のお姉さんが首根っこを捕まえて引き留める。
この小さな女の子はルイシス兄様の音楽を大絶賛。
大好きでいてくれるみたいだ。
「はあ……我が子ながらなんて素晴らしいのかしら。本当に立派だったわ。こんなに素晴らしい音楽を奏でられるなんて、毎日頑張っていたものね……」
あ、隣で母様が泣いている。
感涙っていうやつだろうか。
私もちょっと泣いちゃったからすごくわかる。
ルイシス兄様の音楽って、心に響くよね。
「もう少し浸っていきたいけれど、湧き上がるこの気持ちを誰かと語りたいわ。イリヤ、行きましょうか。ああ、でも先にサリィたちに会ってルイシスをねぎらう準備を始めてもらった方がいいわね。一緒に演奏してくださった学生さんにもお礼といたわりをしなければいけないわね。他の夫人たちにもお話ししましょう!さ、イリヤ、行きましょうか」
「う、うん……」
