思わず零れた。
よかった、生きてた。
グレン王子、よかった。
でも、まだ生きているだけかもしれない。
ブロッサ兄様の提案通り、我が家に来てくれたらもう心配いらないのに。
「それにしても、なにをどうしたら両手を骨折なんてことになるんだ? 城で暮らしていて普通折らないだろうに」
「城の使用人の知り合いにはグレン王子は生まれつき体が弱く、簡単に骨が折れてしまう体質であると聞いたことがありますが……そうではないのですか?」
「僕はそんな話聞いたことがないぞ。それに、暗愚の森にいた件は未だに理由不明なのだろう?」
「ふむ……。お嬢様はグレン王子殿下と文通しておられるのですよね。暗愚の森のことは手紙でお聞きしたりしていないのですか?」
「きいたことない」
首を横に振る。
だって、声が出なくなるくらい心の傷になっているんだよ?
そんなことおいそれと聞けないよ。
馬車に閉じ込められてじわじわ外から齧られ続けるなんて、私が想像しても怖すぎる。
思い出したくないよね。
私だって前世の最後の方は、思い出したくないもん。
「というかそれだけ病弱な体質であるならば、医者がもっと寄り添うなり校外で療養させるなりするべきではないのか? 国王陛下も王妃様もなぜそうなさらないのだろう」
「一人息子であるグレン王子を手元で育てたいというお気持ちがあるのでしょう。親心とはそういうものです」
「それならもっと殿下に過保護になるのではないか?」
「王族たるもの我が子を甘やかしてはためにならない、という方針なのかもしれません。ブロッサ様、あまり王家への批判のような言葉を言っては、なりません。どこで誰が聞いているかわかりません」
「そっ……!! そんなこと、わかっている」
じーやに注意されて、ふてくされるブロッサ兄様。
よく考えるとブロッサ兄様もまだ十七歳だもん、じーやのお小言にムッとすることもあるだろう。
拗ねた横顔は年相応って感じで、ブロッサ兄様も可愛いところがあるというか。
「だが、王太子候補のグレン王子がいつまでもそんな様子では困るだろう。我が家の離れで療養してもらえるように父様に交渉する」
「なんと。いくらお嬢様が婚約者だからと言っても、公爵家に王子殿下を住まわせるなど」
「両腕の骨折だぞ? 暗愚の森の件も未解決。その後のイリヤがグレン王子を庇って怪我をした時の犯人も捕まったかどうかの報告もない。城が安全だという確証もないのだから、我が家で預かることのなにが悪い?」
じーや、さすがに押し黙ってしまう。
ブロッサ兄様、そこまでグレン王子を心配してくれてるなんて。
嬉しい……ありがとう、ブロッサ兄様……!
「グレン王子になにかある度にうちの可愛いイリヤの顔が曇るのも許せないし、なにより、イリヤが怪我をした時の犯人が未だにどうなったかわからない。そんな王家を信用できない!」
「ぼっちゃま」
咎めるようなじーやの声にも屈することなく、ブロッサ兄様は「本当のことだろう。そう言われる王家の責任だ」と言い放つ。
それでもじーやがブロッサ兄様を咎めるが、兄様は耳を塞いでしまった。
「そうだよっ、じーや! ブロッサにいさまはウソ言ってない!」
「それが嘘とは申しておりません。人前で言ってよいことと悪いことがあるのです。王家を軽んじるようなことを言えば、王家が国を守護する守護神様に頼んで罰をお与えになるのです」
「そんなの伝承だろ」
「伝承ではございませんよ。この国に限らず、王家と守護神様を軽んじて身を滅ぼした者は定期的に現れるのです。そうなったら、問題はブロッサぼっちゃまだけのものではなくなります! このオルヴァーニュ公爵家に連なる血縁者、関係者すべてが巻き込まれて処分かれることになるのです! わかりますか!?」
「っ……」
じーやがこんなに真剣に怒ったところ、初めて見てビクッと肩が跳ね上がる。
男の人の怒鳴り声、前世の再婚相手を思い出す。
でも、それだけではなくて――ブロッサ兄様の言動でこの国の守護神様が『反逆者』と断じれば、一族の人間だけではなく、じーやたちのような使用人も一緒に処分……殺されてしまう……って、こと!
それを聞いてやっと兄様もハッとした顔をする。
そして俯いて、「ごめん」と小さな声を漏らした。
「そうだった。すまない。あまりにも、王家が……イリヤを蔑ろにする、から」
「お気持ちはわかりますが、我らは王家、そして守護神様の僕なのです。国に尽くすことこそ、カルヴァ王国貴族の役割。ゆめゆめ忘れてはいけません。ブロッサぼっちゃまだけの問題ではなくなるのです。なんの冗談でも、脅しでもございません。こういったことは“見せしめ”として大々的に裁かれる。それだけでなく、王家や国への反乱を“本気で”企てている者たちの隠れ蓑にされ、利用されます。嫌悪感があるのなら上手く隠せるようになりなさい! 足を引っ張り、罪をなすりつけ、蹴落とそうという者たちへのつけ入る隙を与えてはならないのです!」
「……うん……うん……ごめんなさい」
じーやは跪いて、ブロッサ兄様を説得する。
さっきは怖かったけれど、じーやの言っていることは家族として生きていく上で絶対に必要なことなんだろう。
私も、心に刻まなければならないのだ。
