お夕飯が終わってから、お部屋に戻る途中にブロッサ兄様が声をかけてきた。
部屋に帰ってもカルレットさんの報告が今日中に来るかどうかはわからないから、多分ただもやもやしているだけだったと思う。
ブロッサ兄様に声をかけてもらえるのは、そのもやもやを感じる時間が減る。
当然応じるけれど、ブロッサ兄様の顔はなんだか固い。
「どうしたの、ブロッサにいさま」
「さっきの話……母様と父様の話を聞いて、思わなかった? その……王妃様も陛下もグレン王子を“守ろう”としていないんじゃないか、って。最近も怪我が絶えないというじゃないか」
「うん」
素直に頷く。
私もそう思う。
男の子ってよく怪我をするイメージだけれど、グレン王子は怪我しすぎ。
階段から落ちたとか、護衛の騎士はなにしているの?
私が階段から落ちそうになったら、即サリィが助けてくれるよ?
「イリヤもグレン王子が心配なんだよね? それで、ルイシスに演奏会を開いてもらって、グレン王子に会いに行こうって」
「うん」
「……わかった。じゃあ、もしもお会いできたならグレン王子を我が家でお預かりする提案をしておいで。あとのことは兄様がなんとかしてあげるから」
「え!」
しゃがんで膝をついた兄様が、難しげな表情から一変。
微笑んで私にそんな提案をしてきた。
グレン王子を、我が家でお預かり!?
「そんなことできるの!?」
「ブロッサ様!? そのようなことをすれば、他の公爵家がなんと言うか……!」
「わかっているよ。だが、グレン王子の状況は外から見ていても危険な状態だ。あまりにも怪我が多い。アルドのように自分から死にに行くようなヤンチャな性格でもないようだし、それでその怪我の頻度はもはや……」
途端に言葉を濁すブロッサ兄様。
サリィもぎゅっと口を噤む。
え? なに?
「その演奏会でグレン王子の婚約者だと、他の貴族にバレてしまえばグレン王子を我が家で預かることは多少、無理のない範囲になる。我が家の離れはそれなりに大きいし、王族が使って遜色はないよう整えればいい。口を出してくる家もあるだろうが、そこは父様と僕で抑え込む。イリヤが女神の加護を持っているのも、どうせ王家を通して広まりつつあるしね」
「え、そ、そうなの?」
「イリヤの加護は――いや、女神様からの加護はそのくらい注視されやすいんだよ。まして貴族の情報収集能力はすごいんだよ。それから身を守る術も、覚えていかなければならない」
それはわかる。
サリィや母様も時々そう言っているもん。
しかし兄様、グレン王子をうちに連れてきて預かるとか、かなり大胆な気が……。
というかそんなこのできるものなの?
「そのようなこと、できるものなのでしょうか?」
「不可能ではないさ。そのくらい、王子の婚約者の立場は強い。それにグレン王子の怪我は他の公爵家にも伝わっているはずだ。……『呪われた王子』の噂もあるから、むしろ我が家に王子を預かる話を出しても断られたり横槍を入れられたりはしないんじゃないか?」
「……確かに」
サリィまで困ったように賛同するから、急に現実味が出てきた。
グレン王子が、うちの離れに……!
「イリヤもさんせい! さんせい! グレンおうじがうちにいたら、もうイリヤがグレンおうじにケガさせないんだよ!」
「うん、そうだね。ルイシスにも話しておくし、受け入れ態勢を進めておくよ」
「うん! うん! ありがとう、ブロッサにいさま!」
ブロッサ兄様天才!
飛び跳ねていると、玄関の方で人の声がした。
三人で顔を見合わせてから、玄関をこっそり伺うと……どこかの使用人らしい男が手紙をうちの執事に手渡していた。
「確かにお預かりいたしました」
「じいや、その手紙は?」
「カルレット・ジザックス様よりイリヤお嬢様にお手紙でございます。お急ぎのお知らせとのことで」
「カルレットさまから!」
本当に報告をくれたんだ!
我慢できなくてじーやに「読んで、読んで」とせがむ。
はしたないってサリィには咎められたけれど、グレン王子が生きているかどうかだけでも知りたいの!
手紙をくれたってことは、生きていたんだよね!?
「私が呼んでよろしいのですか?」
「はやくよんでー」
「では、談話室に移動いたしましょう」
「ううう」
焦らす!
早く読んでほしいのに、じーやは意地悪。
談話室に移動して、ソファーに座らせられて、お茶まで出される。
ブロッサ兄様も興味があったのか「一緒に聞いてもいいかな?」とついてきた。
ただグレン王子が生きているか、それだけを知りたい手紙。
じーやはペーパーナイフで封を切って、手紙を取り出して「では」と余計な前置きをする。
「カルレット様よりイリヤお嬢様へのお手紙を読ませていただきます。――グレン王子にお会いしました。両手をお怪我をされてお返事が書けないとのことでした。演奏会についても王妃様より了承いただき、他の貴族夫人にも招待状を送る旨もお伝えしております。決行の日が決まり次第、改めてお知らせいたします。――とのことです」
「……いきてた……」
肩から力が抜ける。
自分でも、想像以上に気を張っていたみたいだ。
