転生したらHP10000だった。


「ん? なんだか森の入口が騒がしいな?」
「んえ?」
 
 女神神社についてもっと聞こうと思っていたら、アルド兄様が立ち上がって剣を引き抜く。
 護衛騎士も一斉に兄様や私を守るように剣を抜き、臨戦態勢。
 私はサリィに両脇を抱え上げられ、川縁からシートの方へと連れて行かれる。
 なにー?
 私にはなにも異変のようなものを感じない。
 しかし、兄様たちやサリィたちメイドにもなにかが感じ取れるのだろう。
 振り返ると兄様の方に大量の小さな生き物が突進してくる。
 でも、その小さな生き物が森の方から来るボックス馬車に取りついて――襲っているのも見えた。
 
「あの馬車は!?」
「馬鹿が! どこの誰か知らないが、蟻兎(ありうさぎ)の巣に手を入れたな!? 全員残らず討伐しろ! 馬車野中まで気を回す必要はない! 助けられる余裕があると思い上がるな! アレ(・・)は危険ランク4だ!」
「は――はっ!」
「[火炎球]!」
 
 兄が叫び、炎の球体を作る。
 それを近づいてくる馬車に向かって容赦なく浴びせた。
 ギョッとする。
 だって、ボックスの馬車野中には人影が見えたのに!
 あれじゃボックスの馬車ごと燃えてしまう!
 と、思ったが馬車の表面が一瞬強く光る。
 魔法の膜のようなものが、炎を遮った?
 あの馬車にも魔法がかけられている?
 しかし、そんなことより森から街道を駆けるその馬車の速度はどんどん減速していく。
 馬車を曳く馬が、小さな生き物に齧られて悲鳴を上げる。
 恐らく六頭で曳いていたらしい馬車は。ついに最後の一頭も食われた(・・・・)
 瞬く間に肉が骨に。
 生きたまま、馬が食われる光景に呼吸ができなくなる。
 
「い、いやあああ!」
「見てはいけません、お嬢様!」
「おうまさん、おうまさんが!」
「[魔法壁]展開! みんな、お嬢様をなにがなんでもお守りするわよ!」
「「「はい!」」」
 
 メイドたちが私を抱えるサリィを囲むように立ち、手を合わせて「我を害なすものから守り給え。[魔法壁]!」と叫ぶ。
 私とサリィとメイドたちの周りに、半透明な薄い膜が何重にも展開する。
 それを見て、きつく目を閉じた。
 見たくない、見たくない!
 あんな恐ろしいもの、もう見たくない! 怖い!
 
「イリヤ! クソ! いったいどこの馬鹿が……!」
 
 目を閉じた途端、真上や右の方からバチバチィ! という大きな音が聞こえる。
 それから『ギイイイイイ!』というなにかの生き物(・・・)の声。
 き、来てる! 真横まで! 壁の外に、いる!
 兄様の声が間近で聞こえて、次々に生き物(・・・)の悲鳴が聞こえるのでさすがに気になって目を開けた。
 アルド兄様が剣と炎で次々に蟻の顔をした兎を切り裂く。
 な、なにあの生き物……き、気持ち悪い!
 
「た、たすけて」
 
 サリィの肩から顔を上げる。
 助けての声。
 馬車の方から、人の声が聞こえた。
 窓に人影が見える。
 馬車の魔法の膜、どんどん光が弱くなっているみたいだ。
 でも、馬車に取りつく蟻の顔の兎の数は増えている。
 あのままじゃ……あの馬車の中の人も、さっきの馬みたいに――?
 
「い、いや! やだ! やだ! 兄様、助けて!」
「大丈夫だ、イリヤ! 兄様がすぐに……」
「あの馬車の人を助けて兄様! 人が死ぬのは嫌ぁぁあ!」
 
 頭の中で前世の私が馬車の中から窓を叩いて叫んでいた。
 助けて。
 助けて!
 私も叫んだことがある。
 訴えたことがある。
 でも、お母さんは――おとなは誰も助けてくれなかった。
 その代わり殴られて、蹴られて、ベランダに出されて鍵を閉められ、カーテンも閉められて見ないふり、いないことにされた。
 叫ぶとご近所の迷惑になるともっと殴られる。
 口を噤み、心の中でずっと叫んでいた。
 
 たすけて
 
 助けて、助けて、誰か!
 …………………………誰も助けてくれなかった。
 そんな私が、あの馬車の中で窓を叩いている。
 そうにしか見えない。
 
「――待っていろ」
 
 アルド兄様の声に目を開ける。
 剣に炎を纏わせて、兄様が馬車の方に走っていく。
 その代わり護衛騎士たちが魔法の壁を作るメイドたちの周りへと移動していった。
 兄様、まさか一人で?
 涙が止まる。
 私、なんてことを……!
 私が我儘を言ったから、兄様があの馬を一瞬で食べてしまう化け物の群れの中に突っ込んでいった!
 やだ、やだ! いやだ!
 助けてほしいと思ったけれど、兄様に死んでほしいなんて思ってない!
 
「鳳凰よ、我に加護を与えよ! 魔を焼き払い、我に導きの炎を! 鳳凰剣!!」
 
 兄の剣の炎が全身へ伸びて渦巻く。
 兄の接近を感知した小さい無数の化け物たちは、炎を纏う兄様へと一斉に飛びかかった。
 小さい化け物は兄様の纏う炎に巻かれて一瞬で消し炭。
 …………え? え? に、兄様、めっちゃ、つよ……?
 
「鳳凰熱波裂!」
 
 さらに炎が赤く、巨大化する。
 剣を振る度に小さい化け物は消えて――ついに最後の一匹まで消し炭となった。
 馬車は傷だらけ。
 馬も、恐らく馬車馬を操縦してた人も、骨。
 そんな中でも馬車の中まで食い破られなかったのは、馬車に施された魔法のおかげだろう。
 兄が私たちの元まで小さい化け物を行かせないようにと指示していた他の騎士たちを呼び寄せ、馬車周辺を警戒させながら破損した馬車のドアノブを完全に破壊して扉を開く。