「グレンおうじ、げんきなのかなぁ」
と、呟いたのは、グレン王子とまったく接触がなくなってそろそろ半年ぐらい経つからだ。
カルレットさんに槍の訓練をつけてもらうのは今日で三回目。
しかし、グレン王子からの返事が来なくなってそのぐらい。
元気なのかな?
心配だな。
私が家族から引き離されるんじゃないか、と不安になっていた頃とはまた違う不安でいっぱい。
定期的に手紙を送るけれど、読んでもらっているのかさえわからない。
不安になるのは、前世で私が死ぬ前と似てる気がしたから。
テラスに出されることもなくなり、怪我でほとんど動けなくなっていたから。
大して書けないひらがなで、ノートに「謝罪文を書け!」と言われていたことを思い出した。
ひたすら下手くそな怪しいひらがなで「ごめんなさい。悪い子でごめんはさい」と書かされた。
下手なひらがなだから、それを理由に母からも母の再婚相手からも殴られ、嘲り笑われたんだ。
いや、今思うと私を殴るための口実のためにだ教わってもいないから書けないひらがなで書け、と言われたのかも。
そこまで底維持の悪い人間がいるわけない、と思いたいけれど……私の命を奪うほどの人たちだ。
やっぱりあれは、わざとだったのかもしれない。
そこまで頭が回るのがすごいというか、私を殴って躾ける口実にそこまでするのか、というか。
「いかがかしら、イリヤさん。ちゃんと休憩はできておりますか?」
「あ、はい! カルレットさん」
「それならよろしくてよ。ところで、グレン王子殿下と連絡が取れませんの? 今呟いておりましたけれど」
そう言いながら水の入ったコップを手渡してくれるカルレットさん。
カルレットさんの視線は私を通り越して、タオルを持つサリィに向けられている。
それに対してサリィはこくり、と頷く。
「はい。残念ながら。お嬢様はグレン王子へ定期的に手紙を送っているのですが、お返事はまったく来ず」
「まあ、それは……。お忙しい、と言っても、少々おかしいですわね」
「カルレットさん、カルレットさんは、グレンおうじとあったりしていますか?」
「申し訳ありません。わたくしは王子殿下とお会いしたことすらありませんの。グレン王子はまだ社交界デビューしておりませんから……。あ、ですが、噂がありますのよ」
「噂?」
なんの噂だろう?
サリィは私と違ってかなり怪訝そうに見つめて聞き返す。
カルレットさんの表情から、悪い噂ではなさそうだけれど。
「王妃様がご懐妊されているのではないか、という噂ですわ。体調を崩されているそうで、最初は心配しておりましたの。ですが、王妃様が本当にご懐妊でしたらグレン王子には弟が妹がお生まれになるのですわ。きっと王族としての負担が減りますし、イリヤさんに会う時間ができると思いますわ! ……多分!」
「王妃様が……? それは……」
「あ、まだ内緒ですわよ! もしも違っていたら恥ずかしいですからね!」
「わ、わかりました」
「……ごかいにんって、なに?」
聞き返すとサリィとカルレットさんが少しびっくりした顔。
そしてへにょん、という溶けた笑顔になる。
な、なにぃ……?
「妊娠されている、という意味ですわ。まだ公式に発表されているわけではありませんけれど」
「ええ、王妃様のお腹の中に、王様のお子がいらっしゃるということです。つまり、グレン王子殿下の弟君か妹君がいらっしゃるのです。公式発表がされていたら、お喜びとお祝いのお手紙をお送りしなければなりせんわね」
「おとうと、いもうと……」
呟いてからゾワっと背中に嫌なものが走る。
記憶が、ぐちゃぐちゃ。
私がいなくなる前に、母は二階から下りてこなくなって、私には妹がいたみたいで、そしてますます私は……。
「………………」
「イリヤさん? どうかされましたの?」
「あ、あ、会いに……グレンおうじに、あいにいきたいの……」
「え、ええと……。では、面会を申し入れてみてはいかがかしら?」
「ダメ!」
自分でも大きな声を出してしまった。
立ち上がって、息を切らせながら何度も「ダメ、ダメ、ダメ」と繰り返してしまう。
どう説明していいのか。
びっくりするサリィとカルレットさんは顔を見合わせる。
「……もしかして……お嬢様の加護がなにか……」
「イリヤさんのご加護は珍しいものなのですわよね? 確かに、ご加護から来るものかもしれませんわね。ですが、なにがダメなのでしょうか? 面会の申し込みがダメなのですの?」
「もうしこんでもあわせてもらえない!」
「へ? 会わせてもらえない……? それは……」
わかる、なんとなくだけれど。
「むりやりあいにいかないと、グレンおうじがしんじゃう!」
サリィとカルレットさんが目を見開く。
カルレットさんの侍女の人たちも、顔を見合わせる。
そうだよね、意味わからないよね。
私にしか、多分わからないよ。
でも、わかるんだ。
グレン王子がこのままだと死んじゃうんだ。
新しい子どもが来ると、私たちみたいなのはいなくてもいいことになるの。
「たすけにいかなきゃ……! サリィ、イリヤおしろにいかないと! グレンおうじをたすけなきゃ!」
「お、お待ちください、お嬢様。無許可でお城へは行けません。それに、王族の居住階には簡単に入れませんわ」
「そんな……! じゃあどうしたらいいの! グレンおうじがしんじゃうよ!」
