転生したらHP10000だった。


 父様は「王子妃、ひいては王太子妃、いずれ王妃となるのだから万が一の時は夫である王子だけでなく我が身も守れるように、自衛の術として剣、弓、槍、体術を身につけておくように」と言われている。
 それ以外にも「薬師を頼れないこともあるだろうから、毒や薬、薬草、毒草についても知識を入れておきなさい」と母様に言われた。
 それは今、勉強し始めている。
 そして日曜日はルイシス兄様の伝手で、騎士団長さんの娘さんに剣を教わることになった。
 最低限でよい、と言われていたけれど、実はちょっとだけ楽しみ。
 特に弓矢!
 弓道ってかっこいいもんね!

「いらっしゃいませ! ようこそ、ジザックス侯爵邸へ! わたくしが第一騎士団騎士団長エドレッド・ジザックスの娘、カルレット・ジザックスよ!」
「妹のイリヤです。イリヤ、ご挨拶を」
「はい。イリヤ・オルヴァーニュと申します。お目にかかれてこうえいです。どうぞよろしくおねがいします、カルレットさま」
「ええ! よろしく! まあ……噂に違わぬ愛らしさね……! 太陽のような明るいオレンジ色の髪と瞳……見ているだけでも元気が出るわ!」

 なんという明るい人だろう。
 黒に近い灰色の髪と青い瞳で、確かに見た目こそ少し暗めだが性格は私よりもずーっと明るい。
 こういう人をなんていうんだっけ?
 最近読んだ本に書いてあったはず……えーと……そう! 明瞭快活!
 そんな言葉がぴったりの人!
 というか、すでにズボン姿。
 女性でズボンを履く人は稀有。
 でもこの人はとてもよく似合っていると思う。

「それにしても、ルイシス様に剣技を教わりたいと言われた時は驚いたわ。あ、こちらへどうぞ。こちらが訓練所なの。……本気でルイシス様も剣を? 本当によろしいの? 指をお怪我なんてされたら、ピアノやバイオリンを弾けなくなってしまうのでは?」

 訓練所というところは、ジザックス邸の南にあるらしく道案内をわざわざしてくれる。
 その道中、ルイシス兄様をとても心配してくれるカルレットさん。
 確かに……兄様は音楽だけでなく絵も描く。
 おててを怪我したら、絵も描けないんじゃ……。

「気にしないでください。僕もある程度情勢はわかっています。父も母も自衛の術すら持たない僕をとても心配している。攻撃や防御の魔法についてもよく学び直すように言われていますから……武術はほどほどに――怪我をしない範囲でやるだけです」
「そう。ではわたくしもそのつもりでお教えいたしますわね」
「よろしくお願いします」

 ルイシス兄様、お外ではこんなに元気がないの?
 見上げていると、兄様はほとんど笑わない。
 口元に笑みのようなものを浮かべているけれど、長い右の前髪が表情をほとんど隠してしまう。
 お家にいる時はにこにこしているのに。
 私と同じく人見知り?

「イリヤさんは一通りの武器の基礎を、と聞いているけれど」
「はい!」
「公表されていないのだけれど、イリヤの婚約者はそれなりの地位の方なので自衛と、そしてその方の護衛が最低限できるようにと両親が心配していましてね」
「まあ……。公爵令嬢のイリヤさんがそこまでしなければならない方って……まさか」
「まだ内密でお願いいたします。公表はされておりませんので」
「わかりましたわ!」

 え? えーと……私とグレン王子の婚約ってみんなには内緒なの?
 もしかして会えないのってそのせいもあるのかな?
 なんか落ち込んでしまう。

「えっと……でも、少し気になるので聞いてもよろしくて? ……あの“呪われた”方……ですわよね?」
「そのような噂があるのは存じておりますが、所詮噂では?」
「それはそうかもしれませんが……お父様が城で『あの方が生まれたせいで前王太子ご夫婦は亡くなった』と不埒な噂が流れているるそうですわよ。他にも、原因不明の小火(ぼや)騒ぎが王族の寝室がある三階で起こったり、なにもないところで転ばれて骨を折るなどのお怪我も多くなさったり、原因不明の高熱を出されてしばらくお姿を見なかったり、突然お部屋から姿を消して危険な場所で見つかったり、夜中にかのお方のお部屋から奇声や悲鳴が聞こえたり……噂に事欠かないとか」

 ルイシス兄様が少しだけ顔を上げて、怪訝な表情をする。
 ええと……なんかいっぱい言われたけれど、それ全部グレン王子の話?
 なんかすごい話がいっぱいなんだけれど。

「僕はそこまでは……。そんなにたくさん噂があるのですか?」
「城勤めのメイドの噂を我が家のメイドが聞いてきたり、お父様が聞いた話などですわ。わたくしはあの方と年が近くございませんので、その……婚約の話はされていないのですけれど……やはりわたくしたちのような子女の中には、そういう噂がよく入ってきますのよ。未来の夫となるかもしれない方の話ですから」
「そうなのですか……」

 思わず後ろについてくるサリィを見上げてしまう。
 微かに真顔のサリィが頷く。
 そうか、サリィも……知ってたのか。

「つい最近も、階段から落ちて両足を骨折なさってお部屋から出られなくなったとお聞きしておりますわ」
「え!」
「あら? イリヤさん、お聞きでありませんの?」
「し、しりません……きいてないです……」
「まあ、そうでしたの」

 グレン王子、怪我してたの!?
 なんで教えてくれないの!?
 だから、誕生日もお祝いさせてくれなかったの?
 それならそれでお見舞い、させてくれたらよかったのに!

「きっと心配されたくなかったのですわ。男の子ですもの。格好悪いところを見られたくないのでございましょう。お気になさらないで」
「…………」