転生したらHP10000だった。


 はあ、と溜息を吐く。
 ブロッサ・オルヴァーニュ公爵令息は、可愛い可愛い妹が今日も夜遅くまで勉強に勤しんでいると聞いて部屋の窓を見つめる。
 角部屋の妹の部屋からは、まだランプの光が漏れていた。

「ブロード島国からの移民船は増える一方。国境のドニル辺境伯は押し寄せる移民が浜辺にキャンプを開始して近隣の漁村を守るために、武力行使を余儀なくされているそうだ。アグレド王国側は青竜様と青竜の大巫女様が阻害しているが、明確にブロード島とアグレド王国が連動した動きをしているのがわかるという」
「つまり、ブロード島とアグレド王国が共謀して我が国へ侵攻しているのは――」
「ああ、ほぼ間違いないだろう。ルイシス」

 父が弟を呼ぶと、ピアノを奏でていたルイシスがゆっくりと顔を上げる。
 ルイシスには、現在婚約者がいない。
 国防の要はドニル辺境伯。
 その娘が、現在王都の貴族院に通っていた。

「我が国は国防にほぼ関わってはいない。が、戦争になれば我が家も決して無関係ではいられない。イリヤにもわが身を守るだけの力と判断をする知識を身につけさせねばなるまい。今はまだ青竜様がいらっしゃるゆえに二方向からの侵攻は避けられているが、その分間者の数は増えていると考えるべきだ。国王陛下があの様子(・・・・)である以上、我らも動きを変えねばならん」
「はあ……ドニル辺境伯のご令嬢との婚約ですか? それとも、第一騎士団騎士団長の娘、ジザックス侯爵令嬢ですか?」
「そのどちらかと親睦を深めてくれればいい。アルド、お前も腹は括っておいてくれ。お前が冒険者として生きるのであれば、家だけでなく国も捨ててもらわねばならん。どうするのかは、早めに決めるように」

 扉の近くにいたアルドは俯く。
 戦争に関わるのは、貴族であれば義務。
 戦争に関わらないのであれば、貴族籍を完全に捨てて国を出るしかない。
 まだ十四歳のアルドに家族との絶縁か否かを強いるのは、酷なことだと父親も兄たちもわかっている。
 だが、その覚悟もなく、朱雀様の加護を得ているアルドが“自由”を得るのは不可能。
 中途半端にすれば、オルヴァーニュ公爵家は他家や王家から責められる。

「今はまだ緊張が高まっている程度。だが、なにかのきっかけに開戦するのは時間の問題。あと五年のうちに武力抗争が起これば、間違いなくアグレドが便乗してくる。すでにブロード島とアグレドの物価は上がり始めているそうだからな」
「父様、本当にイリヤをグレン王子の婚約者に据えたままにするつもりなのですか? 万が一我が国が押し切られるようなことがあれば……」
「だとしても星の女神の加護があるイリヤは殺されることはなかろう。むしろ……このことが知れ渡れば、逆に“戦利品”とされる」

 ブロッサはルイシスと顔を見合わせる。
 なるほど。
 では、イリヤは殺されることはない。
 だが、自由に生きるのは難しくなるだろう。

「あの件は、絶対に他国には知られてはならない。アルド、わかっているな」
「は、はい。もちろん」
「国防に関わることなのですよね?」
「そうだ。ブロッサとルイシスは、我が国が非常に危機的状態であるということだけ覚えておけばよい」
「アルドはそんな状況なのに、やっぱり冒険者を続けたいの?」

 ピアノを弾く手を再開させるルイシスに問われ、また俯いてしまうアルド。
 自分の自由を、諦めきれない。
 その気持ちは、まったくわからないというわけではないのだ。
 きっとブロッサだけでなく、ルイシスも。
 それでももう自分たちは冒険者なんて生き方を選べない。
 嫉妬もわずかに含まれるのだろう、ルイシスの詰め方。

「まあ、アルドが決めることだ。僕たちには関係ない。僕はイリヤが可愛いから、イリヤのことを優先するのを許してくれる令嬢と婚約したいなぁ。それで言うと、ドニル辺境伯令嬢かなぁ?」
「できればジザックス侯爵令嬢とも仲良くしておくれ。騎士団と伝手ができれば、イリヤに護身術を学ばせることができる。我が家は騎士団と伝手が薄いからな。令嬢への護身術を教える教師を探すのが難しい」
「ああ、それもありましたね。わかりました。最悪、イリヤへの護身術だけでも教えてもらえるように頼んでみます」
「頼む。あの子が少しでも生き延びられるように……」

 沈んだ表情の父に、目を細める。
 アルドも父も、城でなにを聞いたのかは話さない。
 誓いを立てているからだという。
 ルイシスはピアノを奏でながら時折ブロッサに目配せする。
 感受性の高いルイシスが父とアルドを揺さぶり、多少の情報から引き出している結論。

(国王陛下は守護神様に認められていない。我が国には今、守護神様の加護がない)

 イリヤを家から連れ出されることはないとわかり、それは安堵したが国防の観点から言えばとんでもない状況。
 王家側がイリヤを王家になにがなんでも取り込もうとしている理由は、なにも変わりがない。
 むしろ、国としての危機は跳ね上がっている。
 辺境伯の守りが破られれば、この国の弱体化している貴族は戦うことなどできまい。
 むしろ、常日頃海賊との戦いで武力抗争に慣れたブロード島国とアグレド王国に仕掛けられれば――。

(負けはほぼ決まっているようなもの。冒険者たちを雇っても、アルドがいても、我が国は勝てない。父はそう考えているのか。……確かに……ここ数年農作物の生産量は下がり続けている。それもまた守護神様の加護を王家が失っていたからとは……)

 そんな状況で戦争など。
 カルヴァ王国は、勝てる要素が――ない。