「グレンおーじには、あえますか?」
「ごめんなさい。イリヤ嬢に会えるとはしゃぎすぎて、今朝から熱を出しているの。今日は会わせることはできないわ」
「あ……しょ、しょうなんですね……おねつがあるなら……しょうがないですね……」
昨日贈ったバタークッキーのこと、感想、聞きたかった。
でも私を見下ろす王妃様の目がまったく笑っていない。
それに、お熱があるならつらいよね。
お見舞いは、って思ったけれど王妃様の仮面みたいな笑顔が怖すぎる。
どうしてこの人たちはこんなに怖いのだろう。
顔と思っていることがまったく違う!
シーニャンさんが扇を畳んで、袖の中にしまうと「忙しい中時間を作ってもらって感謝する」と言って立ち上がった。
それに父様と母様も兄様も立ちあがったので、私もソファーから下りる。
頭を下げて、陛下たちの前から去る許可をもらう。
王様の前から私たちが先に帰るのにも王様の許可がいるのか。
扉の前でもう一度丁寧に頭を下げたあと、やっと廊下に出る。
最初に廊下に出たシーニャンさんは、扉が閉まったのを確認してから深々溜息を吐く。
「王族が聞いて呆れる」
「シーニャン様」
シーニャンさんの侍女が咎めるように声をかける。
朱雀様とこの国の守護神様に誓ったばかりだもの、あの話はもうしてはいけないんだよね。
「わかっている。しかし、なにをどうしたらああなるのか。血筋自体はこの国の王家の者に間違いはないのに」
「父様、なにかご存じですか?」
「…………」
アルド兄様が隣を歩く父様を横目で見上げる。
私はなにを言っているのか会話が難しい。
でも、確かに王様があんなに偉そうなのに守護神様に認められていない理由は気になる。
それがグレン王子につらく当たっている理由にも繋がるかもしれないし。
いや、聞いても難しくてわかんないかもだけれど。
「お前はまだ幼かったから知らぬかもしれぬが、六年前、当時の王太子夫婦が亡くなった」
「え?」
「六年前まで王太子だったのは現王陛下の兄君。残念な事故だった。ぬかるんだ地面に車輪が取られて崖下に……。ご夫婦揃って、そのままであった。前王陛下はその当時、グレン王子が生まれたばかりの弟王子を王太子に変えた。それは仕方がないことだろう。そして二年前に前王陛下が退位され、現王陛下が即位された」
……えっと……つまり、どういうこと……?
難しいよぅ。
誰か簡単に説明してほしいよぉ。
「知らなかった。今の陛下には兄上がいらっしゃったのですね」
「お前ぐらいの世代が知らんのは仕方ない。最近のことといえば最近のことだが、幼い学生では影響があるわけでもないからな。それでもまったく知らなかったというのはお前の勉強不足だぞ」
「あ、あはは」
兄様が笑ってごまかしているのはなんとなくわかるんだけれど。
「でも……そう考えるとグレン王子は生まれた時からお可哀想よね。当時の第一王子殿下ご夫妻が亡くなる事故のことで、生まれてすぐにお葬式が優先されてしまったじゃない? 国全体で王太子の死去のために喪に伏して、お祝いもほとんどされていらっしゃらない。だから生まれた時から『呪われている』なんて言われるのだろうけれど」
「そうだな。生まれた時期に当時の王太子殿下の事故があったために、その事故のことまでグレン王子のせいにされたりしている」
「それは……さすがに難癖すぎない?」
難癖なんだ?
なにが難癖なんだろう?
お家に帰ってお部屋に戻れたらサリィに説明してもらおう。
多分グレン王子はなんにも悪くない、っていう話だと思うんだけれど。
「グレン殿下の周囲からそのような話が上がっているのだ。難癖をつけるのが世の常のようなものだ。いたしかたない。殿下にはそのような噂に負けぬよう強くなっていただかなければ」
「そうね。王族である以上、よくない政をすれば批判されるものだと今から理解していただかないと」
「世襲制の王家はそういうところが面倒だな。しかし、であれば余計に『呪われてる』と言われるほど不幸続きのその王子を“診て”みたくなるな。どこかを歩いていないだろうか」
などと言って廊下をきょろきょろ見回すシーニャンさん。
私もグレン王子に会いたいと思っていたから一緒にきょろきょろしてしまう。
うっかりほっつき歩いていないかなぁ?
「あ!」
「え?」
階段まで来た時、三階とこの階の間の広いところからグレン王子が顔を覗かせていた!
でも、本当に顔が赤い。
熱があるって本当だったんだ。
私が指差したからグレン王子はびっくりして、顔を引っ込める。
恥ずかしがり屋!
「グレンおーじ!」
「…………」
声は……まだ出ないみたい。
しゃがんでいたグレン王子に視線を合わせるようにしゃがみ、「おてがみはとどきましたか?」と聞くとこくりと頷く。
よかった! 私の手紙、読んでくれたみたい!
「バタークッキーはたべてくれましたか?」
「…………」
またもこくり、と頷いてくれた。
やった、バタークッキーも食べてくれたって!
「おいしかったですか?」
「…………」
「よかった! あのバタークッキー、イリヤだいすきなの! グレンおーじにもすきになってもらいたかったの!」
「…………」
グレン王子がはにかむ。
すごくささやかな笑顔。
初めて見た! 笑顔!
「イリヤ、殿下がそこにいるの?」
「うん!」
「オルヴァーニュ公爵令嬢! グレン王子は熱があります! お部屋に戻しますので……」
「あ、そうか。グレンおーじ、たいちょーがなおったら、またあそびましょーね!」
三階からメイドさんが駆け下りてきた。
王子のお迎えみたい。
すぐに笑顔は消えて、メイドに連れられて三階に戻っていく。
体調が悪いんじゃ仕方ないもんね。
早く治るといいね、王子様。
