結局私はまったく眠れず、仕方がないのでサリィは「運動は難しいですが、頭を使って疲れれば眠れるかもしれない」と、夜は私に文字の読み書きを教えてくれることになった。
五歳だとまだ令嬢教育も始まらない。
せいぜい日常の立ち居振る舞い。
それに加えて本格的な文字の読み書きなので、両親は心配した。
でも、疲れれば眠れるかもしれない、というサリィの提案はなかなかに効果的で、私は勉強に集中した日は比較的よく眠れるようになったのだ!
ただ、これが原因とは言わないけれど勉強内容がメキメキ難しくなっている、気がする。
数ヶ月で計算、貴族の家系図、関係図、王家の家系図、大陸、国家、規模がデカくなり続けている上、覚えることが多い!
一年も経つとついに魔法についても学ぶことに。
昼間はダンス、刺繍、流行、美術品や家具の価値、産地、各地の名産品の暗記……覚えることが、覚えることが多い!
でも、これらを勉強しているとめっちゃよく眠れるから仕方ない。
効果抜群なんだもの。
「でも、さすがにこんなに幼いのに毎日こんなに勉強しては大変だろう? お兄ちゃんとピクニックに行かない?」
「ピクニック!? いきたいです!」
それを見かねて、三男アルド兄様がピクニックに誘ってくれた。
私には兄が三人いる。
アルド兄様は、嫡男で父の仕事を手伝う長男ブロッサ兄様や、その補佐を務める次男ルイシス兄様と違って家のしがらみがまったくないので貴族学園に通いながら冒険者をやって生計を立てている。
将来的に公爵家を出て市井に下り、冒険者としてやっていくつもりなのだという。
貴族からすれば冒険者なんてなんの権限もないならず者――なのだが、七色ある“階級”の中でももっとも強い“白金”になれば各国に居住権が認められる。
なんなら積極的に『我が国に住んでください』って言われるんだって。
そのくらい、“個人”で強い。
そんだけ強い個人が住んでくれたら、魔獣対策ができるもんね。
――そう、この世界には魔獣がいるのだ。
私も毎日勉強していて、生活の雑談の中にナチュラルに出される『魔獣』という単語。
サリィに「魔獣ってなに?」と聞いたら、体内に魔石を持つ瘴気と穢れを帯びた凶暴凶悪な獣のこと。
人間が魔力を使うと溜まる穢れを体内に持つ魔石に取り込み、瘴気を放ちながら人間を襲ってくる存在。
それってパッと聞く限り人間が悪くない? って思うのだけれど、人の生活に魔法は必要不可欠。
そして魔獣は倒せば魔石を採取できる“素材”という認識。
かなり、なんつーか、この世界の人間の魔獣への認識がグロい。
グロい、のだが……数百年に一度、国を揺るがすほど巨大で強力な魔獣が生まれてくる。
それで過去、滅んだ国もあるという。
だから魔獣は素材でもあるが、同時に災害でもある。
私のような幼い子どもには「女神様の御心に従わない悪い子は、魔獣が食べにくる」と教えられるぐらい。
兄様はそんな魔獣と戦う冒険者。
そして、こうして帰ってくると魔獣由来のお土産をくれる。
今回はスノーラビットの角。
……うさぎに、ツノ……?
まあ、深くは考えないでおこうってことで。
そんなことよりもピクニック!
本当に嬉しい!
前世、ピクニックなんて行ったことないもの!
いや、なんならお庭よりも外に出ることが初めて。
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶと、サリィには「はしたないですよ」と嗜められる。
けれど、お咎めはその一言だけですぐに「旦那様と奥様に許可をいただいて参りますね」と言って部屋から出ていく。
許可が出たら行けるってことでしょ!? やったあ!
「やった! やった! ピクニック! ピクニック! ねえ、ねえ、アルドにいしゃま、ピクニックってなにをもっていけばいいの!」
「ピクニックの持ち物? それは使用人が用意するから、イリヤは汚れてもいいドレスを着るだけだな。お外だから動きやすい服がいい。丈は少し短くて、スカートの下にはウッドッドの繊維で織られたズボンでも履くといい。お兄ちゃんが買ってきてあげるから」
「わかった! にいしゃまもいっしょ?」
「もちろんだよー。イリヤが怪我をしないように、お兄ちゃんがずっと一緒にいるからねぇ」
抱き締めて、頬をすりすりされる。
男の人の精一杯の高い声。
こんなふうに抱き締めて、大事にしていると伝えてもらえることが前世ではなかったからいつも不思議な感覚に陥る。
でも、嫌じゃない。
むしろ嬉しい。
私は今世で、愛してもらっているんだ。
嬉しい。ありがとう、女神様。
私、転生して幸せ。
「お待たせいたしました。旦那様に確認を取りましたところ、ピクニックには護衛騎士三十人、侍女十人を連れて行くのであれば言っても構わないとのことですよ」
「さん、じゅう、にん……?」
「父上……過保護すぎない?」
「そうですか? わたくしは少なすぎるのではと思いましたが……」
「いやいやいやいや、俺も行くんだからね? 半分に減らしてもいいよ!?」
それも多くない?
