この人……ううん、王様も、王妃様も、グレンのこと道具みたいに話す。
グレンは『王太子』っていう、国の歯車。
まるでそう言っているみたい。
「お話は大変嬉しく思いますが……アルドは冒険者というならず者と親しくしている未熟者。確かに南の守護獣朱雀に加護を与えられてアーツ魔法を使えることは素晴らしいことですが、このような者を殿下のお側に置くのは不安かと」
「む……」
「それに、イリヤはまだ五つになったばかり。婚約の話はさすがに性急すぎるでしょう。今はまだ、覚えることが楽しいだけかもしれません。将来の国母のこと、しもっと慎重にお決めになる方がよろしいかと」
「まあ。オルヴァーニュ公爵はご子息、ご息女への評価が低いのですね」
父様、私たちのことを考えて――兄様は馬車の中で相当嫌がっていたもの――お断りしてくださろうとしている。
でも、王妃様は王様と同意見なのか。
……正直、国王陛下の顔を見るのは怖い。
前世のお母さんの再婚相手を思い出す。
でも……今の父様は、私や兄様のことを守ろうとしてくれた。
だから――っ。
恐る恐る顔を上げた。
真正面に座っているグレンの顔を見ると目が……。
助けて――助けて。
冬の寒空の下、ベランダに出されてガラス扉に鍵をかけられたあの時のことを思い出す。
助けてと声に出したら大声で怒鳴られて。
おとなは誰も助けてくれない。
馬車の窓から見えた影は、やっぱり間違ってなかったんだ。
グレン王子は、前世の私なんだ。
親に“いない子”として扱われる。
隣に座っているのに、グレン王子は“次期王太子”であって“グレン”っていう子どもじゃない。
それがどんなに悲しいのか。
私は知っている。
「わたくし、グレンおうじのこんやくしゃに、なります」
「「「イリヤ!?」」」
「おお! そうか! やってくれるか!」
「よかった! これでグレンも安心ね!」
「イリヤ、どうしたの、急に。あなたには無理よ……」
「そうかもしれません。そのときは、こんやくはき、してくださいね。でも、それまではがんばってみたいのです。とうさま、かあさま、おゆるしください」
「「………………」」
父様と母様の心配そうな顔。
でも私、決めたの。
もう過去を……前世を思い出すのはやめよう。
ただ苦しい、悲しいだけだもの。
その代わり、私の過去を受け取ってしまったグレン王子を、私が助けてあげようって。
前世の私の苦しみを、私が助ける。
そうすれば、私は前世の私を本当の意味で超えて、助けられる。
せっかく転生させてもらったのに、私はずっと前世と今世を比較してばかり。
私、もう超えたいの。
そのために、グレン王子を私が幸せにしてあげる!
「あ、でも……グレンおうじが、いやなら……」
「っ」
こういうのは本人の気持ちも大事だろう。
私がいいよ、と言ってもグレン王子が嫌ならグレン王子から断ってくれるかもしれない。
けれど私はその瞬間、見た。
グレン王子の瞳に、少し光が差したのを。
「危ない!」
でも、私が少しグレン王子に気を取られていた瞬間アルド兄様が炎で半球体の壁を作る。
王家の近衛騎士や、使用人も驚いて周りを警戒し始めたが兄様の作った炎の壁が矢を複数弾く。
なに!? 狙われた!?
「陛下! 王妃様! グレン殿下! すぐにテーブルの下へ!」
「父様、やっていいね!?」
「可能ならば生け捕りにしろ!」
「了解!」
短いやり取り。
兄様が炎の壁を作ったまま、炎の弓矢で城の屋根の方へと放つ。
人の声のようなものが聞こえた。
兄様、剣だけじゃなくて弓矢も使えるの!?
優秀すぎない!?
「にいさまかっこいい!」
「えへへ」
テーブルの下へと押し込まれた陛下と王妃様が出てくる。
陛下たちの豪華な服が汚れてしまった。
でも、それよりも弓矢が飛んできたってことは……もしかして、グレン王子は命を狙われている……?
この間のピクニックの時、暗愚の森から出てきた馬車。
それに乗っていたのはグレン王子だけだった。
あれ、普通に考えておかしい。
ただの貴族の私にすら、父様が心配して護衛騎士を十五人もつけてくれた。
王族なら、もっと大勢の護衛がついていてもおかしくない。
それになにより、なんで王子が郊外にいたの?
声が出なくなって聞き取りができない上、殿下の馬車の操縦してた人――御者っていうらしい――も亡くなっており、状況がまったくの不明。
私の護衛についてきていた騎士は『蟻兎という魔獣は暗愚の森の最奥に棲息する』『暗愚の森の主の配下なのです』と言っていた。
つまり、あの蟻兎という魔獣は森の最奥まで行かなきゃ襲ってこない。
グレン王子は、森の奥まで行ったってことになる。
それで他の魔獣に襲われながら、森の入り口近くまで逃げてきた。
それは十分すごいこと。
でも、従者や騎士もなくそんなところまで一人で行くだろうか?
なんだか……。
「あ」
グレン王子に近づくと、その後ろの使用人がナイフを振り上げた瞬間だった。
周りは誰も……先程矢が放たれた方を見上げていて気づいていない。
当のグレン王子も、背後から音もなくナイフを振り下ろされてはわからないだろう。
私も咄嗟だった。
本当に無意識に体が動いてグレン王子を突き飛ばして、使用人が振り下ろしたナイフを我が身に受けていた。
「――っ!?」
