子どもの頃、両親が離婚した。
実にありきたりになった『幼少期の離婚』。
通っていた幼稚園にも、普通に片親の子はいたからなにも気にならなかった。
元々いなかったような父親が、法的に父親ではなくなっただけ。
ただ、母はその一年後に新しい父親を連れてきた。
笑い方が気持ちの悪い男だった。
祖父母の家で私だけ暮らすという話もあったのだが、新しい父親は『せっかく親子になるのだから、ちゃんと父親になりたい』と耳障りのいいことを周囲に言って私はそのまま母とともに男が新しく借りた広い部屋に引っ越す。
だが、あとは昨今ニュースでよくやっている展開だ。
体をまさぐられ、殴られけられ怒鳴られる。
食事は与えてもらえず、がりがりに痩せて学校も行かせてもらえなくなった頃、日頃のストレスか暴力か栄養失調だかで私は高熱で動けなくなった。
当時、学年で言えば小学校二年生くらいだろうか。
学校も行政もなにもしてくれなくて、私は家事をやらされて、きっと世間からもいないものとされていた。
わからない。
本当は母たちのところには学校や行政がなにかしていたのかもしれない。
でも、私に助けは来なかった。
家事もできない私は本当に邪魔で、仕方なかったんだろう。
気を失って、次に目を覚ましたら山の中。
捨てられたんだとすぐに悟ったけれど、高熱の体は動くわけもない。
あの時なにもかも諦めた。
なにも望みも希望もない。
その瞬間、自分でも死んだのがわかる。
体から下の方に、ズズッ……と魂が抜けていくのだ。
『まあ、なんという絶望した魂。美味しそう』
そんな声が聞こえて、目を開く。
なにも見えない。
見えないのに、柿の種みたいなお団子を左右に結った和服のお姉さんがいるのがわかる。
真っ赤な口紅と、つり上がった目。
口は真っ赤な月のよう。
なに? 神様? 神様ってあんなに怖くて綺麗なんだ。
『神などと。我は妖種の王の一人にすぎぬ。童や童、お前はどうしてここに落ちてきた? なにをそんなに諦めた? 呪い、恨みがないのにこんなに絶望することが、あったのか? 教えてごらん。我がなんでも聞いてやる』
口もないのに、この巨大な女の人が“なに”かもわからないのに、私は話し始めた。
最初こそ『うんうん』と聞いていたが、私が山にいたことをはなすと口元は笑みのまま目を見開く。
そして気づいたらここにいた、と占めると女の人は笑い出した。
手まで叩いて、大爆笑だ。
『ああ、可笑しい可笑しい。いやはや、よいことを聞いた、よいことを聞いた! 子殺し親! そうかそうか、そのような罪深い者たち、我が食ってしまおう! はてさて、情報をくれたそなたはどうしよう? そんな親のいる場所は生きていたくはないよなぁ? ……そうだ。我の知り合いに変な趣味の女神がおる。その女神ならそなたを悪いようにはせぬだろうよ。――我と違って』
いつの間にか、女の人は逆さま。
いや、私が逆さまになっているのかな?
女の人はにっこり微笑んで、私を小さな指輪についた石の中に入れた。
意識がゆっくり途絶えていく。
ぶつ、ぶつ、と。
次に目が覚めると、桃色の長い髪の女の人の膝の上だった。
すごく綺麗な花畑の真ん中。
なに? これ、きれい。
急に天国に来たの?
「あ、気がつきましたか?」
「だれですか」
「わたくしはローゼクリス。異界の門の番を務める女神です」
いかいのもん? なんだろう?
でも、さっきの女の人は『神様じゃない』と言っていた。
この女の人は『女神』様。
「美貴人様があなたを見つけたのですよ。あの方は妖仙女。元は狐が妖となり、修業を積んで仙女となったすごい方なのです。この空間に一人でいたわたくしのお友達になってくださった、優しい方なのですよ」
「きびじんさま」
「今は色々な世界を見ては、あなたのような魂を拾ってきては弟子になるかどうかを試しておられるのです。どうですか? 転生に興味はありますか?」
「てんせい」
「新しい人生を送ることです。希望するのなら、わたくしの権限で前とは違う世界に転生させることができますよ。あなたが生まれた惑星永球は、わたくしのいるこの門から通じる世界の一つ。他の世界、そうですね……惑星ブロントズウェールなどどうでしょう? わたくしの趣味が詰まった世界なので、楽しいと思います!」
ジッと見上げる。
この女神様は、優しそう。
両親がいつも私に向けるのと、全然違う表情をしている。
それになにより、キラキラしててすごく綺麗。
幼稚園で読んだ絵本の中のお姫様みたい。
てんせい……てんせいしたら、今度は……。
「“てんせい”したら、もう痛かったり、苦しかったり、しない?」
「! ……ええ、そのようにしましょう。痛みや苦しみを感じることは時に必要ですが……そうですね、HPを10000くらいにすれば、簡単に痛かったり苦しかったりはしないと思います。そうしましょうか! そのくらいあれば簡単に死んだりもしませんよ!」
にこにこ笑う女神様。
なんて綺麗な人なんだろう。
こんなに綺麗な人がそんなふうに言うのなら――きっと私は今度こそ、優しいお母さんとお父さんと、幼稚園の頃のお友だちたちみたいに、楽しく毎日生きられるんじゃないかな。
「はい、おねがいします」
目を閉じる。
額を優しく撫でる手。
私が、ずっとほしかったのは――……。
