Psycer Brain ─ 神に抗え。その力で運命を変えろ。

GENESIS・第七収容区画

「姉さんから――離れろッッッ!!」

燕が床を蹴った。

一直線にオールドマンへ迫る。

だが。

「燕……来ないで。」

北条セツナの声。

次の瞬間――

燕の身体が空中で硬直した。

「っ……!」



Dominium(支配)



着地と同時に、膝が強制的に床へ落ちる。

「姉……さん……!」

セツナの瞳には涙が残っている。

それでも身体はAzの命令に従っていた。

オールドマンは、そんな姉妹を静かに眺める。

「素晴らしい。」

「……何がよ。」

「一度救出され、家族との生活へ戻った。それでも再び確保し、ここまで能力を調整できた。」

燕の顔から血の気が引いた。

「やっぱり……。」

一度目の救出は間違いではなかった。

姉は確かに帰ってきた。

その後――

Azによって再び攫われた。

「いつ……。」

燕が睨みつける。

「いつ姉さんを攫った!」

「さて。」

「答えろ!!」

オールドマンは答えない。

代わりにセツナの首元にある制御装置へ触れた。

「重要なのは過去ではありません。」

「彼女は今――」

「再び我々の研究対象である。」

「……!」

柚季が拳を握る。

「人を物みたいに……!」

「物?」

オールドマンが初めて柚季を見る。

「能力研究において、感情ほど不要なものはない。」

その言葉に――

燕の表情が変わった。

「……ふざけないで!!」



北条燕

燕がゆっくり立ち上がろうとする。

だがセツナの支配が身体を押さえつける。

「姉さん。」

「……。」

「私は――」

燕が自分の腕を掴んだ。

全身に力を込める。

「あなたを……連れて帰る。」

Ability improver(能力向上)。

自身の身体能力を向上。

「う……っ!」

筋肉。

神経。

全身へ強烈な負荷。

セツナの支配そのものを解除したわけではない。

それでも燕は――

命令に抗って身体を動かそうとする。

指が動く。

腕が震える。

そして――

ドン!

右足が床を踏み締めた。

セツナの瞳が揺れる。

「……燕。」

「これくらいで……!」

燕が立ち上がる。

「二度も姉を奪われて――」

息が荒くなる。

「黙っていられると思わないでください!」

オールドマンが燕を観察する。

「能力向上。」

「興味深い。」

燕の目が鋭くなる。

「その目で――」

「私たちを研究対象として見るな!」



柚季と小雨

「くそッ!」

柚季が走る。

セツナが振り返る。

「止まりなさい。」

支配。

だが――

「残念!」

柚季が床を蹴った瞬間。

身体が宙へ浮く。

Aviator(飛行)。

支配が発動するより先に、壁際へ高速移動。

「小雨!」

「……うん。」

柚季は小雨の手を掴んでいる。

触れた相手も飛行させる。

二人が同時に宙を舞う。

セツナの視線が追う。

「止まり――」

「今!」

柚季が小雨を投げる。

「雑……。」

小雨が空中で眼帯を外した。

左目。

Sleep inducer(睡眠誘導)。

「――!」

セツナと視線が合う。

強烈な眠気。

Azの制御装置が再び刺激を送る。

バチバチッ!!

セツナが頭を押さえる。

「う……!」

眠らせる小雨。

覚醒させるAz。

そして――

セツナ本人の意識。

三つが衝突する。

「燕……!」

「姉さん!」

「今……!」

セツナが叫ぶ。

「装置を……!」

燕が理解する。

「はい!」

オールドマンが初めて動いた。

「させません。」

だが――

ガァァン!!

二人の間へ突然、壁が飛び出した。

「……!」

オールドマンが止まる。



ハルシオン

フランが指を曲げていた。

「邪魔だ。」



structūra imperium(構造物制御)。



GENESISの壁。

床。

隔壁。

配管。

それらも全て――構造物。

フランが遠隔で操る。

ベルトがモニターを見る。

「艦長、地下構造が複雑すぎます!」

「分かっている。」

「ハルシオン艦隊も同時に動かすため負担が!」

「分かっている。」

「だったら少しは――」

「ベルト。」

「何ですか?」

フランの目が鋭くなる。

「今、あそこには仲間がいる。」

ベルトが黙る。

フランが再び手を動かす。

「なら――道くらい作る。」



構造物制御

燕の前。

床が変形する。

一本道。

セツナまで障害物が全て退いていく。

燕が走る。

「姉さん!!」

オールドマンが回り込もうとする。

だが壁が動く。

右を塞ぐ。

左へ。

また塞ぐ。

背後。

閉鎖。

オールドマンが周囲を見る。

「これは……。」

遠く離れたハルシオン艦橋。

フランが呟く。

「私の視界に入った構造物の中で――」

指を握る。

「好き勝手できると思うな。」

制御装置

燕がセツナへ到達。

「姉さん!」

首元へ手を伸ばす。

「燕……!」

装置を掴む。

Ability improver。

腕力を引き上げる。

「うあああああ!!」

バキィッ!!

装置に亀裂。

警告音。

《CONTROL ERROR》

「もう少し!」

だが燕自身も限界。

能力向上による体力消耗。

視界が霞む。

「燕……もういい……。」

「よくありません!」

「あなたまで……。」

「姉さん。」

燕が笑った。

「私は風紀委員長ですよ。」

「規則を破って勝手にいなくなった家族を――」

さらに力を込める。

「連れ戻すのも仕事です!」

バキン!!

制御装置が――

砕けた。

「……!」

セツナの身体から力が抜ける。

燕が抱き止める。

「姉さん!」

沈黙。

「……燕。」

今度の声には――

感情があった。

「……ごめん。」

燕の目から涙が溢れる。

「謝るのは後。」

「帰りましょう。」

「……うん。」

二度目の救出。

ようやく――

姉妹は再び手を取り合った。

しかし。

パチ、パチ、パチ。

拍手。

オールドマンだった。

「見事です。」

燕が睨む。

「……まだいたんですか。」

「もちろん。」

オールドマンの顔は闇に隠れている。

「むしろ――」

「ここからが研究です。」



GENESIS外郭

ドゴォォォン!!

レイと一仁が激突する。

一仁の周囲が崩壊。

レイは崩れ落ちる瓦礫を蹴りながら前進。

一仁が手を向ける。

「消えろ。」

崩壊が走る。

レイは直前で身体を捻る。

肩口が僅かに巻き込まれる。

ブシュッ!

血。

それでも止まらない。

「この程度か。」

「……何?」

レイが懐へ。

ドゴォッ!!

一仁の顎を蹴り上げる。

さらに空中。

身体を回転。

ズドン!!

踵が肩へ落ちる。

一仁が地面へ叩きつけられる。

「ぐっ……!」

レイが着地。

一仁を見下ろす。

「能力に頼りすぎだ。」

一仁が笑う。

「言ってくれる。」

地面へ手を置く。

「なら――」



periculum (崩壊)



今度は一点ではない。

GENESIS外郭一帯。

バキバキバキバキバキ!!

千太の顔色が変わる。

「全員退避!!」

マリアが叫ぶ。

「レイ!」

しかしレイは動かない。

一仁も動かない。

二人の足元まで――

大地そのものが崩れていく。



グラン

その振動が東京湾にも伝わる。

間宮が笑う。

「一仁が本格的に動きましたか。」

グランが間宮を見下ろす。

「……。」

頭痛。

視界の歪み。

記憶の混濁。

それでも殺気は消えない。

間宮が言う。

「そろそろ限界でしょう。」

「Compulsory executorを解除すれば楽になりますよ。」

グランは黙っている。

現在も複数の宣言が継続している。

能力を解除すれば――

間宮は自由になる。

グランが口を開いた。

「間宮。」

「はい?」

「一つ教えてやる。」

赤い片目が間宮を射抜く。

「私はな。」

「自分が壊れることより――」

拳を握る。

「他人に指図される方が嫌いなんだ。」

ドゴォォッ!!

間宮が吹き飛ぶ。

「がはっ!」

グランが追う。

能力ではない。

純粋な暴力。

間宮が海面を転がる。

グランは確実に追い詰めていた。

だが――

その背後。

マランは別方向を見ている。

デウス。

ネリクマ。

そして崩壊するGENESIS。


マランの中でも――

何かが少しずつ動き始めていた。


第87話 完