Psycer Brain ─ 神に抗え。その力で運命を変えろ。

GENESIS・別ルート(第七収容区画)

「今度は――私が姉さんを助けます。」

燕の言葉に、北条セツナの瞳が揺れた。

ほんの一瞬。

だが確かに――Azに支配されているセツナ自身の意識が反応した。

「……つば、め……」

「姉さん!」

しかし。

バチィッ!!

「っ……!」

首元の制御装置が発光する。

セツナの表情から再び感情が消えた。



《ORDER:HOJO TSUBAME――CAPTURE》



「一緒に来て。」



Dominium (支配)



燕の右足が勝手に前へ出る。

「くっ……!」

止めようとしても止まらない。

もう一歩。

さらに一歩。

柚季も声を封じられ、小雨も眼帯へ手を伸ばすことすらできない。

このままでは――

三人とも連れていかれる。

その時。

ギギギギギ……!!

通路全体が軋んだ。

セツナが振り返る。

「……?」

壁が動いている。

天井。

床。

隔壁。

まるで施設そのものが――

意思を持ったように。



ハルシオン

東京湾上空。

フランが片手をGENESISへ向けていた。

structūra imperium(構造物制御)。

ベルトが驚く。

「フラン、届くの?」

「構造を捉えた。」

フランの指が動く。

「なら――動かせる。」

GENESIS内部。

燕とセツナの間へ、床から隔壁がせり上がる。

ガァン!!

「!」

セツナの視界から燕が遮断された。

「燕!」

柚季の口が動く。

「……喋れる!」

セツナの集中が切れたことで支配が一瞬弱まった。

小雨の腕も動く。

「今。」

小雨が――

左目の眼帯を外した。

「小雨!?」

その左目がセツナを捉える。

Sleep inducer(睡眠誘導)。

セツナと視線が交差した。

「……!」

身体が揺れる。

「姉さん!」

セツナが膝をつく。

だが。

「……眠……れ……ない……。」

小雨が目を見開く。

「……?」

セツナの首元。

Azの制御装置が強制的に刺激を送り続けている。

眠りへ落ちようとする意識を――

無理矢理覚醒させている。

柚季が顔をしかめる。

「そこまでして……!」

小雨の身体もふらついた。

反動。

「……まずい。」

「小雨!」

数回に一度――

能力を使った小雨自身も眠る。

「……おやすみ。」

「今!?」

小雨が倒れる。

柚季が慌てて受け止めた。

「もう!」



北条燕

隔壁が再び開く。

セツナが立っている。

眠気。

制御装置による強制覚醒。

そして本人の意識。

複数の状態が衝突していた。

「……燕。」

「姉さん。」

「逃げ……て……。」

燕の表情が変わる。

「やっぱり覚えてるんですね。」

「……。」

「だったら帰りましょう。」

燕が一歩近づく。

今度は自分の意思で。

「一度目と同じです。」

「また連れ戻します。」

セツナの身体が震える。

「無理……。」

「無理じゃありません。」

「私は……また……。」

セツナが頭を押さえる。

断片的な記憶。

一度目の救出。

家へ戻った時間。

燕の顔。

そして――

再び現れたAz。

「……ごめん。」

「姉さん?」

「また……捕まった……。」

燕が息を呑んだ。

セツナの記憶は――

残っている。



一仁 VS ソウヤ

一方。

GENESIS外郭。

ドゴゴゴゴゴ!!

地面が次々と崩れていく。

「ソウヤ、左!」

千太の声。

ソウヤが飛ぶ。

直後、背後の地面が消失する。

「右前、二秒!」

「分かった!」

ソウヤが一仁との距離を詰める。

だが一仁の崩壊は強力だった。

近づけば足場を消される。

離れれば広範囲を崩される。

「面倒くせぇ……!」

一仁が手を向ける。

「終わりだ。」

千太の顔色が変わる。

「避けろ!!」

だが――

今度は範囲が広すぎる。

ソウヤの周囲すべてが崩壊対象。

逃げ場がない。

(レイ!)

返事は――

一言。

「代われ。」



transmigratio(人格転移)。



瞬間。

ソウヤの雰囲気が変わった。

目。

立ち方。

呼吸。

そして――殺気。

一仁が初めて表情を変える。

「……?」

レイが地面を蹴った。

轟ッ!!

崩壊が到達するより速く跳躍。

空中。

落下する瓦礫を蹴る。

さらに加速。

一仁が崩壊を放つ。

レイは身体を捻る。

紙一重。

さらに瓦礫を踏み台にして――

一気に懐へ。

「な――」

ドゴォッ!!

拳が一仁の腹部へ突き刺さる。

「がっ……!」

さらに。

肘。

膝。

回転。

蹴り。

ドドドドゴォッ!!

一仁が吹き飛ばされる。

マリアが息を呑む。

「これが……ソウヤ?」

千太が答える。

「違う。」

以前にも見ている。

人格が入れ替わった時だけ現れる――異常な戦闘能力。

「レイだ。」

その身体能力は、イレイダをも凌ぐ最強格。

一仁の違和感

一仁が瓦礫から立ち上がる。

口元の血を拭う。

そしてレイを見る。

「……お前。」

レイは答えない。

「さっきとは別人だな。」

沈黙。

一仁が目を細める。

「その目……。」

レイの殺気が一瞬増した。

「余計なことを考えるな。」

「……。」

一仁が笑う。

「面白い。」

両腕を広げる。

周囲一帯が震える。

崩壊。

今度は足場だけではない。

GENESIS外郭。

周辺建築。

瓦礫。

全てが同時に崩れ始める。

千太が叫ぶ。

「レイ!」

だがレイは――

一仁だけを見ていた。

デウス、マラン、ネリクマ

その戦いから離れた場所。

三人が対峙する。

デウス。

マラン。

ネリクマ。

「答えろ。」

マランが言う。

「俺とネリクマを呼んだ理由は何だ。」

デウスは二人を見る。



excidium(壊滅)。

strāgēs(破壊)。



二つの能力。

「お前たちの力は強すぎる。」

ネリクマが首を傾げる。

「今さら?」

「強いという話ではない。」

デウスの声が低くなる。

「存在そのものの話だ。」

マランの表情が険しくなる。

「何が言いたい。」

「まだ分からないか。」

デウスが一歩進む。



「お前たち二人が同じ時代に存在していること自体――」



そこで。

デウスが言葉を止めた。

ネリクマを見る。

次にマラン。

そして――

「……いや。」

「今ここで話すことではない。」

マランの額に青筋が浮かぶ。

「お前……!」

ネリクマがぼそっと言う。

「呼んでおいて話さないの?」

「そうなる。」

「帰っていい?」

「待て。」

「どっち。」

一瞬だけ。

マランすら言葉を失った。

だがデウスの表情はすぐに戻る。

「一つだけ忠告しておく。」

二人を見る。

「互いの能力を――」

「決して正面からぶつけるな。」

ネリクマの表情が変わった。

マランも黙る。

デウスはそれ以上説明しなかった。

まだ――

二人の関係を明かす時ではない。



グラン VS 間宮トオル

「お前は、もう何も起動するな。」



Compulsory executor(強制執行)。



間宮の指は動かない。

装置にも触れられない。

それでも間宮は笑っていた。

グランが再び宣言しようとしている。

だが――

マランが気づいた。

「グラン!」

グランの身体が僅かに揺れた。

反動。

既に複数の宣言が継続している。

『跪け』

『停止しろ』

『もう何も起動するな』

能力を使えば使うほど――

精神への負荷は増していく。

間宮はそこを狙っている。

「どうしました?」

「もう一度命令すればいい。」

グランの視界が歪む。

「私に――」

「真実を話せ、と。」

「……。」

グランの脳裏。

知らない風景。

いや。

忘れた記憶。

両親。

デスパイア。

怒り。

誰かの顔。

そして――

一瞬。

目の前にいる男が誰なのか分からなくなった。

「……お前は。」

間宮の目が光る。

「ほら。」

「始まっていますよ。」

「あなた自身の崩壊が。」

グランが頭を押さえる。

しかし次の瞬間――

ドゴォッ!!

間宮を殴り飛ばした。

「……!」

「勘違いするな。」

グランが顔を上げる。

赤い片目には狂気が滲んでいる。

「壊れることなど――」

「とっくに慣れている。」



ハルシオン・フラン

フランの額に汗が流れた。

ベルトが気づく。

「フラン。」

「……。」

「GENESISまで操るのは、負担が大きいのでは?」

フランは答えない。

ハルシオン。

周辺艦隊。

そして遠方のGENESIS内部構造。

複数の巨大構造物を同時に制御している。

「まだいける。」

「その台詞、信用できない。」

フランが僅かに笑う。

「誰かと同じことを言うな。」

ベルトが呆れる。

「イレイダ?」

「……まあな。」

そして。

フランが再びGENESISへ意識を集中させる。

「中に三人いる。」

「柊たちですか?」

「違う。」

「別働隊だ。」

フランは構造を通じて感じ取っていた。

燕。

柚季。

小雨。

そして――

もう一人。



「厄介な奴がいる。」



北条姉妹

セツナの首元。

Azの制御装置。

燕がそれを睨む。

「これが……。」

姉を再び操っている。

柚季も気づいた。

「壊せば戻る?」

「分かりません。」

「でもやるしかないでしょ。」

燕が頷く。

しかしセツナが後退する。

「来ないで。」

支配。

燕の身体が止まる。

柚季も。

目を覚ました小雨も。

「……また?」

小雨が眠そうに呟く。

セツナの意識が再びAz側へ引き戻される。

「姉さん!」

燕が叫ぶ。

「聞いてください!」

セツナの瞳が揺れる。

「一度目に助けた時――」

「あなたは言いましたよね!」

燕の声が震える。

「『もう大丈夫』って!」

セツナの指が震える。

「帰ってきたじゃないですか!」

「一緒に食事もした!」

「話もした!」

「それなのに――」

燕の目から涙。

「また勝手にいなくなって……!」

セツナの瞳から、

一筋の涙が流れた。

「……燕。」

支配が――

僅かに弱まる。

燕の指が動いた。

「姉さん。」

一歩。

今度は支配に逆らって。

「今度こそ。」

もう一歩。

「絶対に――」

セツナの目の前へ。

「連れて帰ります。」

燕が手を伸ばす。

セツナも――

ゆっくり手を伸ばした。

あと少し。

その瞬間。

ガシャン!!

天井から黒い何かが落下。

燕が飛び退く。

「っ!」

柚季が叫ぶ。

「何!?」

黒煙。

その中から――

一人の人物が立ち上がる。

全身を漆黒に包んだ人物。

顔すらほとんど見えない。

セツナが硬直する。

「……。」

燕が姉を見る。

「姉さん?」

明らかに違う。

セツナは――

怯えている。

黒い人物が静かに口を開いた。

「困りますね。」

「せっかく――」

「二度目は、より丁寧に仕上げたというのに。」

燕の表情から感情が消える。

「……あなたが。」

柚季が身構える。

小雨も眼帯へ手を伸ばす。

そして。

ハルシオン艦橋。

フランも異変を感じ取った。

「……来た。」

ベルトが尋ねる。

「誰が?」

GENESIS内部。

黒い人物が顔を上げる。



Azに名を連ねながら――

その正体も能力も不明。

オールドマン。



彼は北条セツナの肩へ手を置いた。

「さあ。」

「戻りましょう。」

セツナの顔から――

再び感情が消えていく。



燕が叫んだ。



「姉さんから――」



一歩踏み込む。



「離れろッッッ!!」



第86話 完