東京湾――
再び動き始めた戦場に、砲撃音が響き渡る。
戦艦ハルシオンと戦艦イーゼル。
二隻を中心に展開する艦隊は、GENESISから放出されたAz残存兵器を迎撃していた。
閃光が空を走る。
爆炎が海面を染める。
その一方で、GENESIS外郭ではレイと一仁の戦いが再開し、東京湾の別地点ではグランが間宮を追い詰めている。
覇者の集いは、海上に立ったまま動かない。
彼らは手を貸さない。
裁かない。
ただ、現代の能力者たちがどのような選択をするのかを見届けていた。
ゼゥテルが告げた言葉。
「神に抗う者たちよ。その力で、運命を変えてみせろ」
その宣言に応えるように、戦場は再び動き始めた。
だが――。
シェフィルだけが、遥か東の空を見つめていた。
「来る。」
マオンも同じ方角へ顔を向ける。
「この気配は……。」
マコンの穏やかな表情が、僅かに曇る。
ネフィは目を閉じたまま呟いた。
「使徒ですね。」
ペルムが口元を上げる。
「遅かったじゃねぇか。」
ゲヴォンは何も言わない。
ゼゥテルだけが、静かにその到来を待っていた。
デウスもまた、空を見上げている。
その表情には驚きがなかった。
まるで、いずれ彼女も現れると分かっていたかのように。
「……アメス。」
デウスが、その名を口にした。
直後――。
東京湾上空に、白い光が走った。
雷ではない。
砲撃でもない。
異空間から覇者の集いが降り立った時とは異なる、細く鋭い亀裂。
それは空を縦に切り裂くように伸びていく。
バキッ――。
空間に亀裂が刻まれた。
その向こう側から、白い光が溢れ出す。
ハルシオン艦橋。
警報が鳴り響いた。
《UNKNOWN SPACE REACTION》
《ANALYSIS FAILED》
ベルトがモニターを確認する。
「また空間反応!」
「覇者の集いとは違う空間からです!」
フランは正面窓から空を見上げた。
覇者の集いが既に現世へ降り立っている以上、新たに現れる者が彼らの一員ではないことは分かる。
「全砲門、待機。」
「ですが、艦長。」
「撃つな。」
フランは静かに命じた。
「正体を確認するまで、誰も攻撃するな。」
通信回線の向こう。
戦艦イーゼルの艦橋に立つベルソルトも、同じ亀裂を見上げていた。
「イーゼル、ハルシオン前方を維持。」
「砲門は開いたまま、発射はするな。」
乗組員が問い返す。
「敵性反応の可能性は?」
「ある。」
ベルトは即答した。
「だからこそ、こちらから撃つな。」
「覇者の集いが動かずに見てる相手だ。」
その言葉で、艦橋が静まり返った。
空間の亀裂が大きく開く。
その向こうから、白い衣の裾が現れた。
ゆっくりと。
まるで階段でも下りるように、一人の女性が異空間から歩み出る。
白を基調とした女神のような装束。
穏やかな顔立ち。
柔らかな微笑み。
その姿だけを見れば、戦場へ現れる者には見えない。
両手にも武器はない。
殺気もない。
ただ、慈愛に満ちた静かな空気だけを纏っている。
女性は宙に立ったまま、眼下の東京湾を見渡した。
戦艦。
崩壊するGENESIS。
傷ついた能力者たち。
炎。
瓦礫。
そして止まることのない戦い。
彼女は悲しそうに目を伏せた。
「随分と……傷つきましたね。」
柔らかな声。
しかし、距離に関係なく戦場全体へ届いた。
グランが空を見る。
間宮も顔を上げる。
マランとペインも戦闘を止め、新たな来訪者を見据えた。
GENESIS外郭。
一仁が空へ視線を向ける。
「また誰か来たぞ。」
レイも拳を構えたまま、その女性を見る。
ソウヤが内側から問いかけた。
(レイ。)
(あの人も知ってるのか?)
レイは短く答える。
「名前だけはな。」
(味方なのか?)
「分からない。」
(覇者の集いの仲間じゃないのか?)
「違う。」
レイの瞳が鋭くなる。
「デウスと同じだ。」
「覇者の使徒。」
女性は異空間の亀裂から完全に現世へ出る。
その瞬間、亀裂は音もなく閉じた。
彼女はゆっくりと高度を下げていく。
白い衣が風を受ける。
やがて、覇者の集いから少し離れた海面へ降り立った。
足元に広がった波紋は、ごく小さなものだった。
ゼゥテルが彼女を見る。
「久しいな。」
女性は両手を前で重ね、丁寧に頭を下げた。
「ご無沙汰しております。ゼゥテル様。」
その視線が、七人を順に捉える。
ペルム。
ゲヴォン。
ゼゥテル。
ネフィ。
シェフィル。
マコン。
マオン。
「皆様が現世へ降りられたと聞き、急ぎ参りました。」
ペルムが腕を組んで笑う。
「急いだ割には遅かったな。」
女性は困ったように微笑んだ。
「申し訳ありません。」
「現世へ降りる前に、少々確認することがございましたので。」
デウスが海面を歩き、彼女の前まで進む。
「久しぶりだな、アメス。」
アメスはデウスを見る。
柔らかな笑みを浮かべた。
「ええ。」
「お久しぶりです、デウス。」
二人は同じ覇者の使徒。
だが、その空気は大きく異なっていた。
デウスは静かで、何を考えているのか分からない。
アメスは穏やかで、誰に対しても慈しみを向けているように見える。
しかし――。
グランだけは、その印象に騙されなかった。
「あの女。」
マランが横を見る。
「何だ。」
グランはアメスを見据えたまま答える。
「隠している。」
「何を?」
「本性をだ。」
マランもアメスを観察する。
殺気は感じない。
敵意もない。
だが、グランの言葉を否定できなかった。
穏やかすぎる。
血と炎に包まれた戦場へ降り立ちながら、あまりにも落ち着きすぎている。
間宮は海面に膝をついたまま、興味深そうにアメスを見つめていた。
「覇者の使徒……アメス。」
グランが視線を向ける。
「知っているのか。」
「記録だけは。」
間宮は笑う。
「もっとも、能力の詳細までは残されていませんでした。」
アメスの視線が、間宮へ移る。
間宮の笑みが僅かに固まった。
遠く離れている。
半径十メートル以内ではない。
まだ能力の範囲外。
それでも、まるで法廷で被告人として見下ろされているような感覚があった。
アメスは静かに尋ねる。
「あなたが、この争いを引き起こした者ですか?」
間宮は立ち上がろうとする。
しかしグランの宣言した「跪け」は、まだ継続している。
身体は命令に従い、海面へ膝をついたまま。
「全てが私の責任というわけではありません。」
「能力者たちが自ら選択し、戦った結果です。」
「そうですか。」
アメスは責めなかった。
怒りもしない。
ただ悲しそうに目を伏せる。
「では、その選択によって失われた命について。」
「あなたは、どのようにお考えですか?」
間宮は答えない。
研究のため。
進化のため。
新世界秩序のため。
これまでなら、迷わずそう答えていた。
だがアメスの前では、なぜか言葉が出てこない。
彼女の質問は責めるためのものではない。
だからこそ、逃げ道がなかった。
グランが低く笑う。
「どうした、間宮。」
「答えてみろ。」
間宮はグランを睨む。
「あなたに言われる筋合いはありません。」
「そうか。」
グランは拳を握る。
「なら続きを始めるか。」
アメスが二人を見る。
「まだ戦うのですか?」
グランが答える。
「邪魔をするな。」
「この男は私が倒す。」
アメスは少し考えたあと、静かに微笑んだ。
「分かりました。」
意外な返答に、間宮が眉を動かす。
デウスもアメスを見る。
「止めないのか。」
「戦いには、当事者にしか分からない理由があります。」
アメスはグランと間宮を見つめる。
「それを、私が一方的に止めるべきではありません。」
ペルムが満足そうに笑う。
「相変わらず話が分かるな。」
だが――。
アメスは続けた。
「ただし。」
その声の温度が、ほんの僅かに下がった。
「無関係な者を巻き込むことは認めません。」
穏やかな笑みは変わらない。
それでも周囲の空気が、一瞬だけ張り詰めた。
デウスが目を細める。
「アメス。」
「はい?」
「まだ審判を下すな。」
アメスはデウスを見つめた。
数秒。
そして再び柔らかく笑う。
「もちろんです。」
「私はまだ、誰も裁いておりません。」
その言葉に、ゼゥテルが静かに目を閉じる。
ネフィもアメスの様子を見ていた。
シェフィルが小さく呟く。
「まだ、ですか。」
アメスは何も答えなかった。
その頃――。
ハルシオンとイーゼルの前方では、Azの無人兵器が再び集結していた。
覇者の集いとアメスの出現を脅威と判定したのか、残存兵力の進路が変わる。
警告音。
ハルシオン艦橋のモニターが赤く染まった。
「敵部隊、進路変更!」
「目標――新たに出現した女性です!」
ベルトが目を見開く。
「アメスを狙っている!?」
フランが即座に命令する。
「ハルシオン、砲門を敵部隊へ。」
「イーゼルへ伝達。」
「奴らをアメスへ近づけるな。」
通信先。
イーゼル艦橋でベルソルトが頷く。
『了解。』
『イーゼル、護衛位置を変更する。』
「いや。」
フランが止める。
『何!?』
「ハルシオンの護衛を継続しろ。」
『だが、アメスが狙われています。』
「彼女は我々が守る必要のある相手ではない。」
フランはアメスを見た。
「ただし。」
「敵に好き勝手させる理由もない。」
右手を上げる。
structūra imperium(構造物制御)。
ハルシオンの主砲。
副砲。
周囲の護衛艦。
そして撃沈された無人兵器の残骸までが、フランの意思に従い動き始める。
「正面は私が止める。」
「ベルトはハルシオンの死角を守れ。」
『了解。』
イーゼルがハルシオン左後方へ移動する。
複数の敵高速機が、ハルシオンの砲撃範囲外へ回り込もうとする。
ベルトが右手を振る。
「イーゼル全迎撃砲!」
「ハルシオンの背後へ一機も通すな!」
ズドドドドドドドッ!!
弾幕が展開される。
高速機が次々と撃墜される。
正面ではフランが敵部隊を見据えていた。
「撃て。」
ハルシオンの全砲門が火を噴く。
ドォォォォォォォン!!
巨大な閃光が東京湾を貫く。
Az無人兵器の先頭集団が消し飛ぶ。
だが、残る兵器は止まらない。
ハルシオンの砲撃を避け、海面すれすれを進む。
目標はアメス。
アメスは迫る敵を見ても、動かなかった。
デウスが彼女を見る。
「避けないのか。」
「必要がありますか?」
「攻撃されるぞ。」
「そうですね。」
アメスは穏やかなまま、敵兵器を見つめる。
残り百メートル。
五十メートル。
二十メートル。
兵器の砲口が開く。
高出力の光が収束する。
ゼゥテルたちは動かない。
デウスも、アメスが何をするかを見届けていた。
グランの赤い片目が細くなる。
間宮は息を呑む。
そして――。
Az兵器が砲撃を放った。
ゴォォォォッ!!
光がアメスへ迫る。
アメスは避けない。
防御もしない。
ただ、静かに右手を胸元へ添えた。
その微笑みが、僅かに変わる。
慈愛に満ちた女神の表情。
その奥に。
戦いを前にした高揚が、ほんの少しだけ滲んだ。
「では。」
アメスの周囲。
半径十メートル。
空気が一変する。
世界から切り離されたかのような、絶対的な領域。
その範囲へ、Az兵器の砲撃が踏み込んだ。
アメスが静かに告げる。
「この攻撃は――私へ届かない。」
The Last Judgementer(最終審判)。
その審判が下された瞬間。
アメスの目前まで迫っていた砲撃が、あり得ない軌道を描いた。
光は彼女の身体を避けるように二つへ割れ、左右の海面へ着弾する。
ドォォォォォン!!
巨大な水柱。
しかしアメスの白い衣には、水滴一つ付いていない。
誰も声を出せなかった。
アリスの時間停止ではない。
グランの強制執行とも異なる。
防いだのではない。
逸らしたのでもない。
「攻撃が届かない」という結果を、最初から確定させた。
間宮の表情から笑みが消える。
「……結果そのものを。」
グランもアメスを見据えていた。
「審判か。」
アメスはゆっくり顔を上げる。
攻撃を放ったAz兵器が、彼女の領域へ侵入してくる。
十メートル。
その瞬間――。
アメスの穏やかな微笑みが、大きく歪んだ。
瞳に高揚が宿る。
声が一段低くなる。
「私を撃ったのですね。」
先ほどまでの温厚な風格は残っている。
だが、その奥から別のものが現れ始めていた。
荒々しく。
戦いを楽しみ。
判決を下すことに興奮する、もう一つの顔。
デウスが低く呼ぶ。
「アメス。」
「分かっています。」
口ではそう答える。
しかし、その声には隠しきれない歓喜が滲んでいる。
アメスは迫る兵器へ右手を向けた。
「被告を確認。」
「敵意を確認。」
「攻撃行為を確認。」
まるで法廷で罪状を読み上げるように、一つずつ告げていく。
Az兵器が再び砲口を開く。
アメスは笑った。
今度の笑みは、女神のものではなかった。
「審判を下します。」
東京湾全体の空気が、凍りついた。
第105話 完
再び動き始めた戦場に、砲撃音が響き渡る。
戦艦ハルシオンと戦艦イーゼル。
二隻を中心に展開する艦隊は、GENESISから放出されたAz残存兵器を迎撃していた。
閃光が空を走る。
爆炎が海面を染める。
その一方で、GENESIS外郭ではレイと一仁の戦いが再開し、東京湾の別地点ではグランが間宮を追い詰めている。
覇者の集いは、海上に立ったまま動かない。
彼らは手を貸さない。
裁かない。
ただ、現代の能力者たちがどのような選択をするのかを見届けていた。
ゼゥテルが告げた言葉。
「神に抗う者たちよ。その力で、運命を変えてみせろ」
その宣言に応えるように、戦場は再び動き始めた。
だが――。
シェフィルだけが、遥か東の空を見つめていた。
「来る。」
マオンも同じ方角へ顔を向ける。
「この気配は……。」
マコンの穏やかな表情が、僅かに曇る。
ネフィは目を閉じたまま呟いた。
「使徒ですね。」
ペルムが口元を上げる。
「遅かったじゃねぇか。」
ゲヴォンは何も言わない。
ゼゥテルだけが、静かにその到来を待っていた。
デウスもまた、空を見上げている。
その表情には驚きがなかった。
まるで、いずれ彼女も現れると分かっていたかのように。
「……アメス。」
デウスが、その名を口にした。
直後――。
東京湾上空に、白い光が走った。
雷ではない。
砲撃でもない。
異空間から覇者の集いが降り立った時とは異なる、細く鋭い亀裂。
それは空を縦に切り裂くように伸びていく。
バキッ――。
空間に亀裂が刻まれた。
その向こう側から、白い光が溢れ出す。
ハルシオン艦橋。
警報が鳴り響いた。
《UNKNOWN SPACE REACTION》
《ANALYSIS FAILED》
ベルトがモニターを確認する。
「また空間反応!」
「覇者の集いとは違う空間からです!」
フランは正面窓から空を見上げた。
覇者の集いが既に現世へ降り立っている以上、新たに現れる者が彼らの一員ではないことは分かる。
「全砲門、待機。」
「ですが、艦長。」
「撃つな。」
フランは静かに命じた。
「正体を確認するまで、誰も攻撃するな。」
通信回線の向こう。
戦艦イーゼルの艦橋に立つベルソルトも、同じ亀裂を見上げていた。
「イーゼル、ハルシオン前方を維持。」
「砲門は開いたまま、発射はするな。」
乗組員が問い返す。
「敵性反応の可能性は?」
「ある。」
ベルトは即答した。
「だからこそ、こちらから撃つな。」
「覇者の集いが動かずに見てる相手だ。」
その言葉で、艦橋が静まり返った。
空間の亀裂が大きく開く。
その向こうから、白い衣の裾が現れた。
ゆっくりと。
まるで階段でも下りるように、一人の女性が異空間から歩み出る。
白を基調とした女神のような装束。
穏やかな顔立ち。
柔らかな微笑み。
その姿だけを見れば、戦場へ現れる者には見えない。
両手にも武器はない。
殺気もない。
ただ、慈愛に満ちた静かな空気だけを纏っている。
女性は宙に立ったまま、眼下の東京湾を見渡した。
戦艦。
崩壊するGENESIS。
傷ついた能力者たち。
炎。
瓦礫。
そして止まることのない戦い。
彼女は悲しそうに目を伏せた。
「随分と……傷つきましたね。」
柔らかな声。
しかし、距離に関係なく戦場全体へ届いた。
グランが空を見る。
間宮も顔を上げる。
マランとペインも戦闘を止め、新たな来訪者を見据えた。
GENESIS外郭。
一仁が空へ視線を向ける。
「また誰か来たぞ。」
レイも拳を構えたまま、その女性を見る。
ソウヤが内側から問いかけた。
(レイ。)
(あの人も知ってるのか?)
レイは短く答える。
「名前だけはな。」
(味方なのか?)
「分からない。」
(覇者の集いの仲間じゃないのか?)
「違う。」
レイの瞳が鋭くなる。
「デウスと同じだ。」
「覇者の使徒。」
女性は異空間の亀裂から完全に現世へ出る。
その瞬間、亀裂は音もなく閉じた。
彼女はゆっくりと高度を下げていく。
白い衣が風を受ける。
やがて、覇者の集いから少し離れた海面へ降り立った。
足元に広がった波紋は、ごく小さなものだった。
ゼゥテルが彼女を見る。
「久しいな。」
女性は両手を前で重ね、丁寧に頭を下げた。
「ご無沙汰しております。ゼゥテル様。」
その視線が、七人を順に捉える。
ペルム。
ゲヴォン。
ゼゥテル。
ネフィ。
シェフィル。
マコン。
マオン。
「皆様が現世へ降りられたと聞き、急ぎ参りました。」
ペルムが腕を組んで笑う。
「急いだ割には遅かったな。」
女性は困ったように微笑んだ。
「申し訳ありません。」
「現世へ降りる前に、少々確認することがございましたので。」
デウスが海面を歩き、彼女の前まで進む。
「久しぶりだな、アメス。」
アメスはデウスを見る。
柔らかな笑みを浮かべた。
「ええ。」
「お久しぶりです、デウス。」
二人は同じ覇者の使徒。
だが、その空気は大きく異なっていた。
デウスは静かで、何を考えているのか分からない。
アメスは穏やかで、誰に対しても慈しみを向けているように見える。
しかし――。
グランだけは、その印象に騙されなかった。
「あの女。」
マランが横を見る。
「何だ。」
グランはアメスを見据えたまま答える。
「隠している。」
「何を?」
「本性をだ。」
マランもアメスを観察する。
殺気は感じない。
敵意もない。
だが、グランの言葉を否定できなかった。
穏やかすぎる。
血と炎に包まれた戦場へ降り立ちながら、あまりにも落ち着きすぎている。
間宮は海面に膝をついたまま、興味深そうにアメスを見つめていた。
「覇者の使徒……アメス。」
グランが視線を向ける。
「知っているのか。」
「記録だけは。」
間宮は笑う。
「もっとも、能力の詳細までは残されていませんでした。」
アメスの視線が、間宮へ移る。
間宮の笑みが僅かに固まった。
遠く離れている。
半径十メートル以内ではない。
まだ能力の範囲外。
それでも、まるで法廷で被告人として見下ろされているような感覚があった。
アメスは静かに尋ねる。
「あなたが、この争いを引き起こした者ですか?」
間宮は立ち上がろうとする。
しかしグランの宣言した「跪け」は、まだ継続している。
身体は命令に従い、海面へ膝をついたまま。
「全てが私の責任というわけではありません。」
「能力者たちが自ら選択し、戦った結果です。」
「そうですか。」
アメスは責めなかった。
怒りもしない。
ただ悲しそうに目を伏せる。
「では、その選択によって失われた命について。」
「あなたは、どのようにお考えですか?」
間宮は答えない。
研究のため。
進化のため。
新世界秩序のため。
これまでなら、迷わずそう答えていた。
だがアメスの前では、なぜか言葉が出てこない。
彼女の質問は責めるためのものではない。
だからこそ、逃げ道がなかった。
グランが低く笑う。
「どうした、間宮。」
「答えてみろ。」
間宮はグランを睨む。
「あなたに言われる筋合いはありません。」
「そうか。」
グランは拳を握る。
「なら続きを始めるか。」
アメスが二人を見る。
「まだ戦うのですか?」
グランが答える。
「邪魔をするな。」
「この男は私が倒す。」
アメスは少し考えたあと、静かに微笑んだ。
「分かりました。」
意外な返答に、間宮が眉を動かす。
デウスもアメスを見る。
「止めないのか。」
「戦いには、当事者にしか分からない理由があります。」
アメスはグランと間宮を見つめる。
「それを、私が一方的に止めるべきではありません。」
ペルムが満足そうに笑う。
「相変わらず話が分かるな。」
だが――。
アメスは続けた。
「ただし。」
その声の温度が、ほんの僅かに下がった。
「無関係な者を巻き込むことは認めません。」
穏やかな笑みは変わらない。
それでも周囲の空気が、一瞬だけ張り詰めた。
デウスが目を細める。
「アメス。」
「はい?」
「まだ審判を下すな。」
アメスはデウスを見つめた。
数秒。
そして再び柔らかく笑う。
「もちろんです。」
「私はまだ、誰も裁いておりません。」
その言葉に、ゼゥテルが静かに目を閉じる。
ネフィもアメスの様子を見ていた。
シェフィルが小さく呟く。
「まだ、ですか。」
アメスは何も答えなかった。
その頃――。
ハルシオンとイーゼルの前方では、Azの無人兵器が再び集結していた。
覇者の集いとアメスの出現を脅威と判定したのか、残存兵力の進路が変わる。
警告音。
ハルシオン艦橋のモニターが赤く染まった。
「敵部隊、進路変更!」
「目標――新たに出現した女性です!」
ベルトが目を見開く。
「アメスを狙っている!?」
フランが即座に命令する。
「ハルシオン、砲門を敵部隊へ。」
「イーゼルへ伝達。」
「奴らをアメスへ近づけるな。」
通信先。
イーゼル艦橋でベルソルトが頷く。
『了解。』
『イーゼル、護衛位置を変更する。』
「いや。」
フランが止める。
『何!?』
「ハルシオンの護衛を継続しろ。」
『だが、アメスが狙われています。』
「彼女は我々が守る必要のある相手ではない。」
フランはアメスを見た。
「ただし。」
「敵に好き勝手させる理由もない。」
右手を上げる。
structūra imperium(構造物制御)。
ハルシオンの主砲。
副砲。
周囲の護衛艦。
そして撃沈された無人兵器の残骸までが、フランの意思に従い動き始める。
「正面は私が止める。」
「ベルトはハルシオンの死角を守れ。」
『了解。』
イーゼルがハルシオン左後方へ移動する。
複数の敵高速機が、ハルシオンの砲撃範囲外へ回り込もうとする。
ベルトが右手を振る。
「イーゼル全迎撃砲!」
「ハルシオンの背後へ一機も通すな!」
ズドドドドドドドッ!!
弾幕が展開される。
高速機が次々と撃墜される。
正面ではフランが敵部隊を見据えていた。
「撃て。」
ハルシオンの全砲門が火を噴く。
ドォォォォォォォン!!
巨大な閃光が東京湾を貫く。
Az無人兵器の先頭集団が消し飛ぶ。
だが、残る兵器は止まらない。
ハルシオンの砲撃を避け、海面すれすれを進む。
目標はアメス。
アメスは迫る敵を見ても、動かなかった。
デウスが彼女を見る。
「避けないのか。」
「必要がありますか?」
「攻撃されるぞ。」
「そうですね。」
アメスは穏やかなまま、敵兵器を見つめる。
残り百メートル。
五十メートル。
二十メートル。
兵器の砲口が開く。
高出力の光が収束する。
ゼゥテルたちは動かない。
デウスも、アメスが何をするかを見届けていた。
グランの赤い片目が細くなる。
間宮は息を呑む。
そして――。
Az兵器が砲撃を放った。
ゴォォォォッ!!
光がアメスへ迫る。
アメスは避けない。
防御もしない。
ただ、静かに右手を胸元へ添えた。
その微笑みが、僅かに変わる。
慈愛に満ちた女神の表情。
その奥に。
戦いを前にした高揚が、ほんの少しだけ滲んだ。
「では。」
アメスの周囲。
半径十メートル。
空気が一変する。
世界から切り離されたかのような、絶対的な領域。
その範囲へ、Az兵器の砲撃が踏み込んだ。
アメスが静かに告げる。
「この攻撃は――私へ届かない。」
The Last Judgementer(最終審判)。
その審判が下された瞬間。
アメスの目前まで迫っていた砲撃が、あり得ない軌道を描いた。
光は彼女の身体を避けるように二つへ割れ、左右の海面へ着弾する。
ドォォォォォン!!
巨大な水柱。
しかしアメスの白い衣には、水滴一つ付いていない。
誰も声を出せなかった。
アリスの時間停止ではない。
グランの強制執行とも異なる。
防いだのではない。
逸らしたのでもない。
「攻撃が届かない」という結果を、最初から確定させた。
間宮の表情から笑みが消える。
「……結果そのものを。」
グランもアメスを見据えていた。
「審判か。」
アメスはゆっくり顔を上げる。
攻撃を放ったAz兵器が、彼女の領域へ侵入してくる。
十メートル。
その瞬間――。
アメスの穏やかな微笑みが、大きく歪んだ。
瞳に高揚が宿る。
声が一段低くなる。
「私を撃ったのですね。」
先ほどまでの温厚な風格は残っている。
だが、その奥から別のものが現れ始めていた。
荒々しく。
戦いを楽しみ。
判決を下すことに興奮する、もう一つの顔。
デウスが低く呼ぶ。
「アメス。」
「分かっています。」
口ではそう答える。
しかし、その声には隠しきれない歓喜が滲んでいる。
アメスは迫る兵器へ右手を向けた。
「被告を確認。」
「敵意を確認。」
「攻撃行為を確認。」
まるで法廷で罪状を読み上げるように、一つずつ告げていく。
Az兵器が再び砲口を開く。
アメスは笑った。
今度の笑みは、女神のものではなかった。
「審判を下します。」
東京湾全体の空気が、凍りついた。
第105話 完
