初恋ドッペルゲンガー

明翔が教室に入ってきた。
思わず立ち上がる。

「明翔!」
「おはよー、深月! どしたん、珍しく早いじゃん」

……めっちゃ普通じゃん……。

「お前はほんと……」
「ん? 何?」
「昨日の話」
「……あー、なんで俺あんなこと言ったんだろうね。忘れていいよ」
「忘れんな。一個だけ言わせろ」

えー、と明翔は明らかにこの話を終わらせたそう。

「もしも、お前がとんでもない親不孝をしたら、俺は親友として後を追う」
「そんなことしたら、深月が親不孝じゃん。中里さん泣いちゃうよ」

う……。頭の回るヤツめ。

「とにかく、絶対、バカなこと考えんなよ」
「分かったよ」

昨日の明翔はなんだったんだと思えるくらい、眩しい笑顔。

良かった、とりあえず、絶対言いたかったことは言えた。
ただ、明翔が俺のために思いとどまるかどうかは心配だが。



工藤先生が黒板に大きく『体育祭』と書いた。

「二人、体育祭実行委員を決める。やる人ー!」

誰がそんなめんどくさいもんやるかよ。
もちろん、教室はシーンである。

「もっと魂燃やしていこうぜ! 春の体育祭は高校生活でたった三回しかないんだ! 楽しもうぜ! はい! やる人ー!」

体育祭、しょぼいんだよ。
秋の体育大会の方がまだ盛り上がる。

「それもそうか。はい! 俺やる!」

前の席から手が上がる。
まじか。ちょろすぎるだろ。
かわいいな、コイツ。

「じゃあ、俺もやる」

明翔とならば、楽しいかもしんない。

「体育祭実行委員は高崎と呂久村に決定! みんな! 拍手!」

早速、出場種目決めである。
黒板の前に立ってチョークを握り、明翔が教卓の資料を見ながら進行係。

「クラス対抗リレーはスポーツテストで速いもん順ね。男子は、俺、深月、柳、颯太」

いつメンじゃねえか。
柳、インテリのくせに颯太より速いんか。ほんと変態でさえなければ。

「次! 綱引きに出たい人ー」

たくさんの手が上がる。
その中で、とある人物が明翔の目に留まる。

「黒岩くん、力強いの?」
「え?!」

突然始まった個人面談に、黒岩くんが見るからにうろたえている。

「あの、僕は力も弱いよ」
「なんで綱引き?」
「綱引きなら、目立たないかと思って」
「はあ?」

いや、ほとんどが黒岩くんと同じ理由で手を上げたと思うよ、明翔。

「綱引きは力の強いヤツが輝く競技なの。運動音痴の隠れみのじゃねえんだよ。綱引き希望した人、集まって!」

ええ……。
どよめきの中、急遽腕相撲トーナメント開催である。
君たち、めんどくさいヤツを実行委員にしてしまったものだな。

「やったあ! 勝った!」
「くっそー! 負けた!」

なかなか白熱し、勝者たちは喜びを分かち合う。
もちろん、黒岩くんは一回戦敗退。

「やるぞ! 二年一組、優勝あるのみ!」
「優勝あるのみ!」
「おー!」
「おー!」

すげえな。みんなが明翔の熱量につられている。
去年とは全然違う体育祭になりそう。



ホームルームの最後には、先日行われたテストの成績表が渡される。

……軽く死ねた……。
しょうがねえじゃん、俺はこの学校に合格できたのが奇跡なんだから。

「すげえ、ゾロ目。学年二百四十人中、二百二十二位」
「俺のだけ見るとかずるい。明翔も見せてよ」

傷を舐め合おうぜ。
だいたい、運動できるヤツってのは頭が悪いと相場が決まっている。

「学年二位?! 明翔、めっちゃ頭いいじゃん!」
「時事問題のヤマ外したんだよね。悔しー。一位は誰だったんだろ」
「僕だよ」

学級委員長・柳龍二が成績表をヒラヒラ揺らしながらやってくる。

「明翔が二位?! 総合得点何点だったのっ?」

颯太が成績いいのは知ってる。
末っ子でありながら元ヤンばかりの佐藤家の頭脳担当である。

「八点差で負けたあ。悔しいなっ」
「かわいい……」

颯太がほっぺを膨らませて泣きマネすると、明翔も柳もほっこりと頬を緩ませる。
だが内心本当に悔しくて、颯太の手は爪が肉に食い込んでいることだろう。

「一組すげえ! 学年トップスリーが集中してんじゃん!」
「喜んでないで、呂久村くんもこちら側に来てほしいものだね」

柳が手であちら側とのボーダーラインを示す。

「うっせえ。クソ柳が」

ムカつく。
同じ界隈の者を求めて、窓際を見る。

「すげえ! ゆり、俺と同点じゃん!」
「深月?! 見ないで!」
「相変わらず国語だけはすごいな、国語だけは」
「お願い! 返して!」
「また数学の補習一緒だな。また課題手分けして写し合おうぜ」
「……うん!」

全体的に点が取れない俺は補習数学だけだが、ゆりはプラス日本史と化学。
よく笑えるものだ。

スッキリして席に戻ると、前の席から明翔がベターと俺の机に上半身を乗せている。

「こら、場所取りすぎ」
「どうせ俺は点数取れちゃうもんな。運動神経抜群だし、頭良いし、なんで俺って欠点ないんだろ」
「今欠点つくってんの? すげえかわいげないこと言うじゃん」
「そっかー、俺ってかわいげないって欠点があったんだー」
「何? なんかすねてんの?」

あ、そうだ。
いいものがある。

「なあなあ、俺料理したよ」
「料理? 深月が?」
「じゃーん」

ラップで包んだ、のり巻きおにぎりをデデーンと明翔の目の前に置く。

「でっか。食いすぎなんじゃない」
「明翔ならこれくらい平気だろ」
「え?」
「腹減ってて機嫌悪いんだろ、明翔」
「これ、俺に?」
「中身、明太マヨだよ」
「なんで明太マヨ?」
「明翔好きだろ。ほぼ毎日明太子とかたらこの食べてるじゃん」

明翔にはやっぱ食いもんだな。
明翔の顔がパッと明るくなる。

「ありがとう! いただきます!」
「召し上がれ」
「マヨべっちゃべちゃで美味い!」
「やっぱマヨ多かった?」
「めっちゃ美味い!」
「米とマヨって意外と合うよな」
「ごちそうさまでした!」
「はっや」

明翔が笑顔でパンと両手を合わすから、鏡のように俺も手を合わす。

「よっしゃ! リレーの走順決めようぜ!」

風のように女子の走者を集めに走る。
切り替え早いな、明翔。

「そういえば、深月以外は足速いメンバーがそのまま成績上位だったんだねっ」
「いくら佐藤くんでも、学級委員長として今の発言は看過できないな。呂久村くんがボーッとした顔をしているからと言って成績が悪いと決めつけるのは」
「俺、幼なじみだから深月が成績悪いの知ってるんだけど」
「そうだったのか。誤解して悪かったね」
「いいよっ」
「おい。俺には詫びはなしか」
「成績悪かったんじゃないのかい?」
「悪かったよ」
「僕が何を詫びることがあると言うの?」

柳のメガネの奥の瞳はとても澄みきっている。

「柳ムカつく!」
「まあまあ! 深月が頭悪いからって仲間外れになんかしないから、こっち来て!」

明翔が背中に飛びついてくる。
まったく、さっきは能面みたいな顔してたくせに、腹が満たされたらこれなんだから単純なヤツだ。

やっぱり、明翔は元気が一番!