スーパーに制服の男子高校生二人はなんだか目立つ。
悪いことはしてないので気にしないが。
「そういや、明翔がうちで晩メシ食ったら明翔の母ちゃんどうすんの?」
「大丈夫、昨日帰って来たの十二時過ぎで、太るから食べないっつって冷蔵庫に昨日作ったごはんがあるの」
「十二時は遅せえな。俺の母ちゃんもめっちゃ仕事してるけど十二時はそうそうなかったわ」
俺の家はマンション二階の端の部屋である。
エレベーターは待たずに、階段を上る。
ドアを開けると、茶色の毛の猫がナア、とお出迎えしてくれる。
「ただいまー、デレ~」
抱っこすると、人は好きだが抱っこは嫌いなデレが肩へと上っていく。
「うわ! かわいい!」
「知ってる~だな、デレ~」
「あはは! 深月がデレてるじゃん!」
あ。
つい、いつものようにデレに構ってしまった。
去年の夏、母親が友達の家で子猫が生まれた、と手のひらに乗るくらい小さな二匹の子猫を連れて帰ってきた。
当時の俺は高校生になって行動範囲が広がり、中学時代のヤンキー友達と泊まりで遊ぶことも増えていた。
だが、小学生の頃から毎日欠かさず動画を見ていた大好きなスコティッシュフォールド。しかも二匹。
俺は、夏休みの間にヤンキー友達と距離を置き、家に入り浸って猫と過ごすようになった。
リビングに入ると、ベランダへのガラス戸にもたれかかって真っ白い毛が美しい猫が目を閉じている。
「ご主人様が帰ってきたってのに起きもしねえ」
「うわ! めっちゃ綺麗! 優雅!」
「だろ。ただ見た目通り気高くて人に懐かねえんだよなあ、ツンは」
「ツンっていうの? かっわいい~」
「かわいい?」
ツンはまっじで綺麗で高貴な美猫であり、かわいいという単語が出てくるような猫ではない。
なので、明翔の膝の上にツンが寝そべっているのが信じられない。
「なんで?!」
「どうかした?」
「いや、ツンってマジで全然人に懐かないんだよ!」
「へー、深月には懐いてないんだ?」
「俺だけじゃなくて、母親とか誰にも懐かないの」
「俺にだけ懐いてるの? かわいいねえ、ツンー」
大きな違和感。
お前がそれ言うのかよ。自分は誰にでも懐くくせに。
「よっしゃ! ちゃちゃっとメシ作るか!」
「頼んだ!」
「深月も覚えなよ。たまには自炊した方がいいでしょ」
「あー。気が向いたら」
「絶対やらないやつだ、これ」
明翔はさすが手慣れている。
本当にちゃちゃっと野菜を切り、肉を焼き、たれを作る。
「キャベツは切られてるヤツ! キャベツの上に肉乗せてー、と」
「すげえ! うまそう!」
「できた! 照り焼きチキンとみそ汁!」
「うわ、みそ汁とかめちゃくちゃ久しぶりだわ」
「手を合わせましょう」
「合わせました」
「いただきます」
「いただきまーす」
家で温かいごはんを食べるなんて、いつぶりだろうか。めんどくさくて、弁当を温めることすらしない。
普段は学習机から買い替えた横長のローテーブルでデレを愛でつつスマホを見ながら弁当を食べるから、ダイニングテーブルの椅子に座るのも久しぶり。
家に人がいるのっていいな。
「一人暮らしってさあ、金はどうしてんの? 銀行から下ろし放題?」
「生活費用の口座があって、そこに毎週振り込まれる」
「毎月じゃないあたり信用されてねえな」
「それな。父親も母親もどっちもだよ」
「父親いるんだ?」
「いるよ。中里さん」
「親父を苗字で呼んでんの?」
「母親がもう他人だから、つって」
「へー。よっぽどの修羅場があったの?」
「修羅場も修羅場っすな。父親が不倫して、相手が母親に暴露電話かけてきたの。家族三人団らん中に」
「うわ、きっつ」
聞いておいて引いてんじゃない。
「平気で不倫する女のやることだよ。で、その次の日に離婚」
「早!」
「電話切った母親の第一声が『離婚しましょう』でさ。俺、普通にずっと中里深月だと思ってたら、いきなり呂久村深月よ」
でも、俺にも分かった。
母親はただ、『嫌だ、離婚したくない』って中里さんにすがってほしかっただけだ。離婚届を用意したのは、中里さんだった。
中里さんは、たぶん不倫を隠し通す気はなかったんだと思う。
実は、俺は暴露電話のずっと前から不倫に気付いていた。
外に癒しがないとしんどいよなあ、と理解できたから、俺はむしろ、母親にバレないように暗躍してた。だから、暴露電話には本当に腹が立った。
俺でも分かってる。
母親は自分でもどうしようもないくらい、中里さんが好きなんだ。
母親は愛情が重すぎる人だ。その上、素直さが足りない。
俺に対しても、遊び歩く俺が心配ならそう言えばいいのに、猫を買ってくるという変化球で俺をコントロールしようとする。
中里さんは、母親のいないところでにっこり笑って言った。
「離婚したって、深月の父親であることは変わらない。俺と暮らすか?」
俺だって、そうしたかった。
だけど、あの母親を一人にしたら自殺でもしかねないと思って、首を横に振った。
俺には中里さんほど執着を見せないから、俺は大丈夫。
解放されてくれ。
不倫がバレた時に女とは別れ、中里さんは今も一人でいるようだ。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした!」
自炊すると、洗い物という時間が発生する。
明翔が手際よく皿を泡々にしていき、俺が水で流していく。
「明翔の父ちゃんは? 近くにいる?」
「死んだの。俺の十二歳の誕生日に」
「え? あれ? 父ちゃんが? じいちゃんが?」
「まず、誕生日に父ちゃんが車でケーキ取りに行って、事故で死んだの。で、中学校の入学式の朝に、じいちゃんが死んだ」
「十二歳の誕生日と中学校の入学式って、結構立て続けじゃね?」
「うん、半年くらいの間」
ええー……。
聞いておいて引くんじゃない、って思うけど、驚きを隠せない。
明翔は手を止めてないから、シンクに泡々の食器が溜まる。
泡を流して手を拭くと、しゃがみ込み足にこすりつけるツンの頭をなでた。
「……明翔……?」
いつもポジティブで元気な明翔の空気がおかしい。
触れたら壊れそうな、繊細な空気を感じる。
「俺もじいちゃんや父ちゃんみたいに、いきなり死ぬのかなって思ったら怖くてさ」
「明翔……」
「いつ来るか分からないものを待つより、自分で終わらせようかなってたまに思うよ」
「終わらせるって、何を?」
「俺の人生を」
まるで光のない目で、明翔が俺を見上げる。
「ばっ……何言ってんだよ」
「父ちゃんの命日が俺の誕生日だからさあ、俺の命日がじいちゃんの命日と同じだったら母ちゃん覚えやすくて親孝行だよね」
「何が親孝行だ。その前に明翔がいなくなるって特大の親不孝こいてんじゃねえか」
「平気平気。俺の母ちゃん、姉だからってずっと妹優先で、そのまま俺よりいとこが大事なんだから」
「運動会のトイレの話か? 一人でトイレに行かせたからって明翔がいなくなるとは思わねえだろ。次元の違うことを並べて考えるんじゃねえよ!」
「もー、怒鳴んないでよ。片付け終わったし、かーえろ」
「待てよ、明翔!」
「ちゃんと綺麗に流してよ。せっかく俺が洗ったんだから」
「ちょ、待てって」
止めるのも聞かず、明翔がソファに置いていたリュックを手に取る。
俺の手は泡だらけだし、まだ泡々の食器がある。
「お邪魔しましたー」
「明翔! 明日、絶対学校来いよ!」
「ド平日じゃん。行くに決まってるでしょ」
笑った明翔は、いつも通りの明翔だった。
だけど……一人で帰して良かったのか。
家まで送るべきだったか。
メッセージ送ってみようかな。あんまりしつこいと、さっきみたいに逃げられるかな。
明日、来るよな、明翔。
明翔。
明翔――……。
悪いことはしてないので気にしないが。
「そういや、明翔がうちで晩メシ食ったら明翔の母ちゃんどうすんの?」
「大丈夫、昨日帰って来たの十二時過ぎで、太るから食べないっつって冷蔵庫に昨日作ったごはんがあるの」
「十二時は遅せえな。俺の母ちゃんもめっちゃ仕事してるけど十二時はそうそうなかったわ」
俺の家はマンション二階の端の部屋である。
エレベーターは待たずに、階段を上る。
ドアを開けると、茶色の毛の猫がナア、とお出迎えしてくれる。
「ただいまー、デレ~」
抱っこすると、人は好きだが抱っこは嫌いなデレが肩へと上っていく。
「うわ! かわいい!」
「知ってる~だな、デレ~」
「あはは! 深月がデレてるじゃん!」
あ。
つい、いつものようにデレに構ってしまった。
去年の夏、母親が友達の家で子猫が生まれた、と手のひらに乗るくらい小さな二匹の子猫を連れて帰ってきた。
当時の俺は高校生になって行動範囲が広がり、中学時代のヤンキー友達と泊まりで遊ぶことも増えていた。
だが、小学生の頃から毎日欠かさず動画を見ていた大好きなスコティッシュフォールド。しかも二匹。
俺は、夏休みの間にヤンキー友達と距離を置き、家に入り浸って猫と過ごすようになった。
リビングに入ると、ベランダへのガラス戸にもたれかかって真っ白い毛が美しい猫が目を閉じている。
「ご主人様が帰ってきたってのに起きもしねえ」
「うわ! めっちゃ綺麗! 優雅!」
「だろ。ただ見た目通り気高くて人に懐かねえんだよなあ、ツンは」
「ツンっていうの? かっわいい~」
「かわいい?」
ツンはまっじで綺麗で高貴な美猫であり、かわいいという単語が出てくるような猫ではない。
なので、明翔の膝の上にツンが寝そべっているのが信じられない。
「なんで?!」
「どうかした?」
「いや、ツンってマジで全然人に懐かないんだよ!」
「へー、深月には懐いてないんだ?」
「俺だけじゃなくて、母親とか誰にも懐かないの」
「俺にだけ懐いてるの? かわいいねえ、ツンー」
大きな違和感。
お前がそれ言うのかよ。自分は誰にでも懐くくせに。
「よっしゃ! ちゃちゃっとメシ作るか!」
「頼んだ!」
「深月も覚えなよ。たまには自炊した方がいいでしょ」
「あー。気が向いたら」
「絶対やらないやつだ、これ」
明翔はさすが手慣れている。
本当にちゃちゃっと野菜を切り、肉を焼き、たれを作る。
「キャベツは切られてるヤツ! キャベツの上に肉乗せてー、と」
「すげえ! うまそう!」
「できた! 照り焼きチキンとみそ汁!」
「うわ、みそ汁とかめちゃくちゃ久しぶりだわ」
「手を合わせましょう」
「合わせました」
「いただきます」
「いただきまーす」
家で温かいごはんを食べるなんて、いつぶりだろうか。めんどくさくて、弁当を温めることすらしない。
普段は学習机から買い替えた横長のローテーブルでデレを愛でつつスマホを見ながら弁当を食べるから、ダイニングテーブルの椅子に座るのも久しぶり。
家に人がいるのっていいな。
「一人暮らしってさあ、金はどうしてんの? 銀行から下ろし放題?」
「生活費用の口座があって、そこに毎週振り込まれる」
「毎月じゃないあたり信用されてねえな」
「それな。父親も母親もどっちもだよ」
「父親いるんだ?」
「いるよ。中里さん」
「親父を苗字で呼んでんの?」
「母親がもう他人だから、つって」
「へー。よっぽどの修羅場があったの?」
「修羅場も修羅場っすな。父親が不倫して、相手が母親に暴露電話かけてきたの。家族三人団らん中に」
「うわ、きっつ」
聞いておいて引いてんじゃない。
「平気で不倫する女のやることだよ。で、その次の日に離婚」
「早!」
「電話切った母親の第一声が『離婚しましょう』でさ。俺、普通にずっと中里深月だと思ってたら、いきなり呂久村深月よ」
でも、俺にも分かった。
母親はただ、『嫌だ、離婚したくない』って中里さんにすがってほしかっただけだ。離婚届を用意したのは、中里さんだった。
中里さんは、たぶん不倫を隠し通す気はなかったんだと思う。
実は、俺は暴露電話のずっと前から不倫に気付いていた。
外に癒しがないとしんどいよなあ、と理解できたから、俺はむしろ、母親にバレないように暗躍してた。だから、暴露電話には本当に腹が立った。
俺でも分かってる。
母親は自分でもどうしようもないくらい、中里さんが好きなんだ。
母親は愛情が重すぎる人だ。その上、素直さが足りない。
俺に対しても、遊び歩く俺が心配ならそう言えばいいのに、猫を買ってくるという変化球で俺をコントロールしようとする。
中里さんは、母親のいないところでにっこり笑って言った。
「離婚したって、深月の父親であることは変わらない。俺と暮らすか?」
俺だって、そうしたかった。
だけど、あの母親を一人にしたら自殺でもしかねないと思って、首を横に振った。
俺には中里さんほど執着を見せないから、俺は大丈夫。
解放されてくれ。
不倫がバレた時に女とは別れ、中里さんは今も一人でいるようだ。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした!」
自炊すると、洗い物という時間が発生する。
明翔が手際よく皿を泡々にしていき、俺が水で流していく。
「明翔の父ちゃんは? 近くにいる?」
「死んだの。俺の十二歳の誕生日に」
「え? あれ? 父ちゃんが? じいちゃんが?」
「まず、誕生日に父ちゃんが車でケーキ取りに行って、事故で死んだの。で、中学校の入学式の朝に、じいちゃんが死んだ」
「十二歳の誕生日と中学校の入学式って、結構立て続けじゃね?」
「うん、半年くらいの間」
ええー……。
聞いておいて引くんじゃない、って思うけど、驚きを隠せない。
明翔は手を止めてないから、シンクに泡々の食器が溜まる。
泡を流して手を拭くと、しゃがみ込み足にこすりつけるツンの頭をなでた。
「……明翔……?」
いつもポジティブで元気な明翔の空気がおかしい。
触れたら壊れそうな、繊細な空気を感じる。
「俺もじいちゃんや父ちゃんみたいに、いきなり死ぬのかなって思ったら怖くてさ」
「明翔……」
「いつ来るか分からないものを待つより、自分で終わらせようかなってたまに思うよ」
「終わらせるって、何を?」
「俺の人生を」
まるで光のない目で、明翔が俺を見上げる。
「ばっ……何言ってんだよ」
「父ちゃんの命日が俺の誕生日だからさあ、俺の命日がじいちゃんの命日と同じだったら母ちゃん覚えやすくて親孝行だよね」
「何が親孝行だ。その前に明翔がいなくなるって特大の親不孝こいてんじゃねえか」
「平気平気。俺の母ちゃん、姉だからってずっと妹優先で、そのまま俺よりいとこが大事なんだから」
「運動会のトイレの話か? 一人でトイレに行かせたからって明翔がいなくなるとは思わねえだろ。次元の違うことを並べて考えるんじゃねえよ!」
「もー、怒鳴んないでよ。片付け終わったし、かーえろ」
「待てよ、明翔!」
「ちゃんと綺麗に流してよ。せっかく俺が洗ったんだから」
「ちょ、待てって」
止めるのも聞かず、明翔がソファに置いていたリュックを手に取る。
俺の手は泡だらけだし、まだ泡々の食器がある。
「お邪魔しましたー」
「明翔! 明日、絶対学校来いよ!」
「ド平日じゃん。行くに決まってるでしょ」
笑った明翔は、いつも通りの明翔だった。
だけど……一人で帰して良かったのか。
家まで送るべきだったか。
メッセージ送ってみようかな。あんまりしつこいと、さっきみたいに逃げられるかな。
明日、来るよな、明翔。
明翔。
明翔――……。

