初恋ドッペルゲンガー

始まる時は長く感じるのに、終わる頃にはあっという間なもの。それは夏休み。
てか、まだまだこんなに暑いんだから夏休みを延長するべきだと思う。

教室に入ると、黒岩くんと話していた明翔が笑顔でやってくる。

「おはよう!」
「おはよ。黒岩くんがどうかした?」
「夏休み中、いろいろ誘ってくれたのに全部断っちゃったから謝っとこうと思って」
「へー。黒岩くんたらいろいろ誘ってたんだ」
「俺たちが遊ぶ時には声かけたんだけど、みんなと一緒はいいって来なかったし」
「へー。俺たちが一緒だと都合が悪いことでもあるんかしら」
「深月が怖いらしいよ」
「へー。俺の背が高いから小柄な黒岩くんには怖いのかな」
「そうかもね。深月、目つき悪いし」
「悪かったな」
「でも優しいんだから、ギャップだよね。そういうとこ好き」

……やめて。
急に輝く笑顔でうれしいこと言うの。

隣の西郷と淀橋が頬杖をついてこちらを見ている。

「いいなー。夏休み中も毎日明翔に好きなとこ言われてたんだろうなー」
「ねーねー明翔、俺たちの好きなところは?」
「西郷隆盛を思い出すところと、ヨドバシカメラを思い出すところ」
「俺たちの好きなところは中身ねえなー」

明翔って誰にでもフレンドリーですぐお友達になっちゃうけど、たしかに、こんな風に好きなところ言うのは俺だけかも……。

やば。
うれしい。

「いくらかわいくても、男に褒められたってうれしくないなっ」

いつの間にか颯太が来ていたらしい。

「明翔は特別じゃねー? 明翔よりかわいい女子いねえし」
「一条はかわいいけど、知れば知るほどなんか違うし」
「てめえらに一条の何が分かる!」
「なに、急に?!」
「優はやめといた方がいいよー」
「こら、やめなさい。明翔が意地悪してるみたいに見えるぞ」

颯太の任侠魂に火が付いたらめんどうなので言ったのだが、明翔がパッとうれしそうに振り返った。

「ちゃんと注意してくれるとこも好き。頼りになる!」
「いいなー、呂久村」

チャイムが鳴り、颯太は席に戻り西郷と淀橋が二人で話し始める。

いや、うれしいとはいえ、さすがにこれはあまりよろしくないのでは……。

「あのな、明翔。男が男に好きって言うのは、世間体が良くないよ。今お前は、日々黒歴史を刻んでいるんだよ」
「別に俺、世間体なんて気にしないよ。好きだから好きって言うだけ」
「さすが国宝級腐女子に英才教育されてるだけあるな。だけど、いつか明翔が女子を好きになった時、男に好き好き言ってた男ってのは不利だぞ」
「俺が深月を好きだったから俺を好きになれない女子ならいらない」

キッパリ言い切ったな……。

明翔がいつか、女子を好きになった時。
俺、心から応援できるのかな……。



文化祭は今週末。
受験生に配慮してのこととはいえ、詰め込みすぎだと思う。

「深月! 見て見て!」

執事服を着たゆりがポーズを取る。
身長はない方なのに、キリッとして見える。

「かっこいいじゃん。てか本格的すぎん」
「優くんのソウルメイトが用意してくれたんだって! メイド服もすごいよ!」

うおおおおお!
と地響きみたいな低い歓声が上がった。

教室後方にカーテンを渡し、バックヤードが作られている。
その黒いカーテンから、黒いワンピースに白いエプロンをつけ、ツインテールのメイドさんが二人出てきた。

綺麗な同じ顔で同じ服、同じ髪型。まるで人形だ。サイズの違う人形。

「一条すごいかわいい! ねっ、深月!」

颯太がバンバンと肩を叩いてくるが、声も出ない。

ガッシリと筋肉質の肩がパフッとした袖に隠れ、ひざ丈のスカートからは細い足。
呆然とする俺を見つけて、明翔が走って来る。

「見て! 足細くなったっしょ」
「……あ……うん。すげえな。食ってたのに」
「食った分だけマッサージするって決めて、やってたの」
「そりゃ痩せるわ」

ダイエット続けてたのか……。食いまくってたからすっかり忘れてた。

「どう? 深月の見たかったメイドさん?」
「うん、期待以上でびっくりしてる」
「よっしゃ! 俺このまま作業しよーっと」
「え?」

明翔がメイドさんの格好のまま、のこぎりを持ち片足を上げて木材を切る。
白いフリフリで何も見えないのに、無意識にスカートの中に目が行ってしまう。

コンセプトカフェに併設されるフォトスポットでの試し撮りでは、ノリノリでウインクしながらハートのポーズを取る。

働き者の明翔は次々と仕事をこなし疲れたのか、あぐらをかいてプシュッとコーラのペットボトルを開けた。

「優くん、ペンキってまだ予備ある?」
「俺、高崎」
「ごめん! 間違えちゃった」

あわてんぼうのゆりが明翔にペコペコ頭を下げて、一条へと走っていく。

「呂久村」

俺の肩に西郷と淀橋の手が置かれた。

「なんだよ」
「意地張ってないで明翔と付き合っちゃえよ」
「俺は別に意地張って付き合わねえんじゃねえよ」
「男だってくらい、どうでもいいじゃん。見ろよ。かわいい」
「あのな、付き合ったら別れがくるんだぞ」
「付き合った先のこと考えて付き合わねえとか、もったいない」
「マジで俺が付き合いたいわ」
「お前ら彼女いねえだろ」

ふてくされた顔して二人が去っていく。どうやら図星の魔法の呪文だったようだ。

俺は数だけは付き合ってきた。そして、別れてきた。
付き合うとは、親友と違って終わりがあるのだ。

「優くん、これどこに置いといたらいい?」
「俺、高崎」
「ごめん! あっちが優くんか」

……これで何人目だ。
明翔が座った途端、一条と間違える人物が続出している。

明翔が立ち上がった。

「深月! 手伝って!」
「あいあい」

明翔がシャッシャシャッシャとダンボールをカッターで切っていき、俺がカラースプレーで塗装していく。
レンガのように組み合わせるため、相当な数を用意しなければならない。

「っしゃ! 終わったー」
「お疲れさん」

俺は座っての作業だったが、明翔は中腰でキツかったことだろう。
グーッと腰を伸ばすと、あぐらをかいてコーラを飲む。

「優くん、両面テープさっき使ってたよね」
「俺、高崎」
「あれ? ごめん!」

やっぱり、座ると間違えられる?
なんで?

「まあ、同じ顔だからしょうがないよね」
「よく似てるけど同じ顔ではねえよ。明翔は明翔、一条は一条だ」
「深月は見分けられるって言ってたけど、俺疑ってるよ」
「なんで」
「だって、これだけ間違えられるのに」
「嫌ならヅラ外せばよくない?」
「さすがにヅラなしでコレはキツい」
「なるほど」
「なくなっちゃった。買ってこよ。深月、仕上げといてね」
「了解。いってら~」

コーラの空ペットボトルを手に、明翔が教室を出て行く。
入れ替わりのように一条がキョロキョロと俺の前を歩く。

「あった。こんなところにボクのレモンティー置いてたんだ」
「悪い、俺が動かした」

一条がフォトスポットの椅子に座ってレモンティーを飲む。
喉が渇くタイミングまで似てる。

素晴らしく手際よく塗装していく俺に一条が気付き、感心したように見入る。

「だいぶできてきたね」
「俺こういう単純なくり返し作業が得意みたい。だんだん楽しくなってきてさあ」
「単純な脳だから単純作業と相性がいいんだね」
「やかましいわ」
「明翔! ペンキの蓋が開かなくてさあ」
「怪力でちゃちゃっと開けちゃってよ」

西郷と淀橋が一条に向けてペンキ缶を差し出す。

「ボクは一条だ」
「言われてみれば小さいな。明翔は?」
「ジュース買いに行ってる」
「じゃあ戻ってきたら頼むか」

もしかして、みんなサイズ感で明翔と一条を見分けてる?
だから、立ってたら間違わないのに座ると誤認率が上がるのか。納得。

「まあ、同じ顔だから、髪型まで一緒じゃ間違われてもしょうがないな」

言いながら、一条がウィッグを外した。
いつも通りの、黒髪の短髪になる。

言うことまで同じ。俺も同じセリフをくり返す。

「同じ顔じゃねえよ。明翔は明翔、一条は一条だ」
「呂久村にはボクと明翔が見分けられるとでも?」
「見分けられるよ」
「へえ。もううんざりしてたけど、そう言うなら被っておくよ」
「うんざりしてるなら外せばいいと思うよ」

一条が再びウィッグを装着し、作業へと戻っていく。

てか、明翔遅いな。
もしかして、あの格好だから絡まれてるとか?

明翔の身体能力ならば心配はいらないだろうが、一応食堂前の自販機コーナーへと走ってみる。
明翔の姿は見当たらない。
行き違いになっちゃったのかな。

教室に戻っても、やはり明翔の姿はない。
ただ、明翔のものらしきコーラはある。

「明翔は?」
「両面テープがなくなっちゃったから、百均に買いに行ってるよっ」
「あの格好で外出たの?!」
「カワイ子ちゃんはよく似合ってるから問題ないよっ」

似合ってるからこその問題もあるんじゃねえか?

急いで学校を出ると、百メートルも行かないくらいで明翔が若い男と話しているのが見えた。
あれ、ウィッグ外したんだ。

「どこのお店ですか? 絶対に行きます!」

衣装のクオリティが高すぎるんだよ。本物だと思われてるじゃん。

「今週末に文化祭やるんで、良かったら来てください。二年一組です」
「深月!」

明翔がホッとしたように笑った。

「ウィッグなしじゃキツいんじゃなかったの」
「次々話しかけられるから、これだけ女に間違われるくらいならと思って外したんだけど」

はは……と力なく明翔が笑う。

「優と同じ顔なんだもんな」

……そうか。
明翔が女と間違われるのを嫌がるのは、一条と同じ顔だって突き付けられるからなんだ。

顔までも分け合わされていると感じるのかもしれない。

「同じ顔じゃねえよ。明翔は明翔、一条は一条だ」
「ありがと。深月、俺の代わりに両面テープ買ってきて」
「途中で投げ出すなよ。明翔らしくない」
「でも」

明翔の頭にスポッとウィッグを被せる。

「ちゃんと自分で行きなさい。俺がついてってやるから」

励ますように明翔の肩を抱いて歩く。
案の定、誰にも声をかけられることなく超あっさりおつかいを終えた。

「すげえ! あんなに進めなかったのに、深月がいるだけでめっちゃスムーズ!」
「これにて任務完了!」

カラクリは簡単。
周りからは明翔が俺の彼女に見えただろう。
彼氏連れをナンパするパワーファイターはまずいない。

「女の子ってこんな気持ちなのかな。なんか、守られてるって感じして安心する」
「ど、どうなんかな」

びっくりした。
俺が明翔のアイデンティティを守りたい、って思ってたのがバレたのかと思った。