颯太は学校では強引に「かわいい」を演出するため牛乳を飲んでいるが、実はブラックコーヒーが大好きである。
そして、颯太は五人きょうだいの年の離れた末っ子として生まれ、常に三人の兄、一人の姉に構われる幼少期を過ごした。
幼稚園に入ってからは、颯太に憧れたこの俺が颯太についてまわった。
結果、コーヒーが飲みたいけど一人でお店に入れな~いな漢に育った颯太に付き合って、コーヒーショップにやってきた。
颯太はブラック、俺は期間限定の新作。
それぞれコーヒーを手にカウンター席に向かうと、見慣れた細い背中が並んでいる。
「やっぱり! 明翔と一条も新作のコーヒー飲みに来たんだ」
二人の手元には、俺と同じ特別仕様のカップがある。
「ショタは違うんだ? それ何?」
「え……えーと……」
「名前が長くて忘れちゃった? 一口ちょうだい。俺全部飲んだことあるから分かるよ」
「あ! 待って!」
「ん? ブラックだ。へー、颯太がブラックとか意外」
がんばれ、颯太。
ブラックコーヒーなんて颯太の「かわいい」イメージが総崩れしてしまう。
どうにか、このピンチを自力で乗り越える姿を見せてくれ!
「あっ! 俺、甘いケーキがないとコーヒー飲めないんだった。買ってくるねっ」
颯太がクルリと背を向け、スカジャンの金の昇り龍で二人を驚かせる。
颯太は暑くてもお気に入りのスカジャンで挑む漢である。
高めの椅子に颯太がピョイッと座る。
「かわいい……」
椅子に座るだけで明翔と一条がほっこりしているが、ブラックコーヒーで失った「かわいい」を取り戻すため、颯太は必死である。
「わーい! おいしいっ」
「颯太、鼻にクリームついてるよ」
「てへっ、やっちゃったあ」
「ショタ、ボクのチョコクッキーもあげるよ」
「ありがとう! うれしいなっ」
颯太の右隣りに座る一条には聞こえなかったようだが、左隣に座る俺にはハッキリと「うっぷ」と何かを必死に飲み込む音が聞こえた。
颯太は食べ物でも人間でも甘いものが苦手である。
「それにしても、祭りの前から合流してるなんて深月と颯太は仲いいねえ」
「そっちこそ、仲良しいとこ同士してんじゃん」
「新作が出たら一緒に来ることにしててさ」
「へー」
なんだ、明翔と一条ってバチバチ一色かと思いきや、そうでもなさそう。
その辺はやっぱり、親戚だからなのかな。俺には分かんねえや。
明翔は笑顔で手を挙げる。
「ねえねえ、このまま遊びに行くー?」
「でも、集合時間まであと一時間しかないよっ」
「俺らコーヒー飲んだら着替えに帰るかーって来たんだよ」
「そっか、このままだと柳だけ和装になっちゃうね」
「いいじゃん、柳だけ浮かせてやろうぜ。どこ行く?」
「学級委員長だけ浮くというより、目立つだけなんじゃないか」
「たしかに」
「俺、ちゃんと甚平買ったからみんなに見てほしいなっ」
「しゃーない、一旦帰るかー」
「また一時間後に」
コーヒーショップの前で二手に分かれる。
明翔と一条の後ろ姿を颯太はジッと見ていた。
「どした?」
「……一条って、私服だと透明感がすごい」
「そうか? 白い服着てたからそう見えただけじゃね?」
「まるで天使みたいだった! 黒髪の短髪が涼し気で、街中に降臨した真夏の天使!」
「颯太、もしかして一条のことを」
「違う! 俺が惚れる女は生涯ただ一人と決めている」
男ってのは己の気持ちに己が責任持つんじゃねえのかよ。
「一条の甚平、楽しみだな」
「甚平……。絶対似合う!」
ワクワクしてんじゃねえか。
ただ、颯太は生涯惚れる女は一人と決めているが、一条は男として転校してきている。
一旦家に帰り、明翔と選んだ甚平に袖を通す。
落ち着いた紺色基調で、だいぶ大人っぽく見える。
うん、大人っぽいとオッサンくさいは雲泥の差。
待ち合わせ場所には、すでに柳と颯太がいた。
柳はなんと浴衣、颯太は全体に龍が描かれた任侠道あふれる甚平である。
「柳はなんで和装の方がチャラさ増してんだ」
「ここに来るまでに三人もの女性に声を掛けられたよ。ブルべの僕に淡いイエローの浴衣はハマりすぎたらしい」
「ぶるべ?」
「見て、佐藤くん。僕のこの透き通るような」
「あ! 明翔来た! え? てことは、もしかして一条?」
「一条?!」
颯太が勢い良く振り返る。
視線の先には、恥ずかしそうにうつむきがちな一条がいることだろう。
一条は白地にオレンジ色の模様があしらわれた浴衣に身を包んでいる。
だが、俺の視界には明翔しか入ってこない。
主人公みあふれる赤い甚平がすげえ似合う。
「一条が浴衣着てくるとは思わなかった!」
「着せられたんだ。明翔が祭りに行くとバラしたせいで」
「ばあちゃんから真衣ちゃんに受け継がれし浴衣が優に受け継がれたの」
「へー、いいな。代々受け継がれし浴衣」
「でしょ?」
満足そうに笑う明翔がかわいい。
「へえ、これはいい浴衣だ。受け継ぐ価値があるよ」
柳が一条の正面に立って襟を触る。
一瞬、一条は目を見開き硬直したように見えた。
「柳! 柳の浴衣もすげえじゃん! こっち向いて見せてよ!」
明翔がクルッと柳を自分の方へと向かせ、顔を近づけて浴衣を見る。
……俺も浴衣にすればよかったか……?
一条も柳の浴衣を触っている。
あれ? なんか様子がおかしいかと思ったけど、普通だな。
なんだか違和感が消えず首をかしげたら、ドンッと大柄な男に体当たりされた。
「ひもくじ全部引いてやろうぜ!」
「目玉のゲーム機を売ったら絶対プラスだもんな!」
「急げ! 俺らで買い占めてやる!」
良く言えばヤンチャそう、悪く言えばガラの悪い男が三人走っていく。
先頭張り切ってるヤツ、この暑いのに黒の革パンとか見てるだけで暑苦しいわ。
目玉のゲーム機なんか客寄せの嘘で、全部ハズレ引けばいいのに。
祭りが行われている神社はすぐ近くである。
「深月! 何食う?!」
「明翔は食いに来たのか」
「祭りといえば食いもんじゃん!」
言葉通り、焼きもろこし、フランクフルト、りんご飴、ベビーカステラなどなど、明翔はどんどんと腹に入れていく。
「ちょっとは遊ばねえ?!」
「よっしゃ! 射的やろう!」
「ボクも参加させてもらうよ。勝負だ、明翔」
「景品を取った方の勝ちな、優」
また勝負かよ……。祭りくらい、仲良くすればいいのに。
まずは、一条から。
いきなり一発目から、コルクが景品を落とした。
「よしっ」
「すごいねっ、一条! 天才スナイパー!」
颯太が熱い拍手を送るも、二発目三発目はかすりもしない。
「よっしゃあ! やるぞ!」
明翔は何事にも熱い男である。
「がんばれ、明翔!」
だが、声援虚しく、一発目二発目と景品に当たるものの落ちはしない。
「くそっ。重りでもついてんじゃねえだろうな」
思わず悪態をつく俺とは違い、明翔はまったく心乱れていない様子で銃を構える。
そして放たれたラストの弾は、二つの景品の間を抜け、奥に置かれていたお菓子の詰め合わせセットを落とした。
「っしゃあ! 狙い通り!」
「最初から狙いはお菓子か! わざと当てるだけにしてずらしてたんだ!」
さすが明翔! 食いもんへの執念が尋常じゃねえ!
お菓子を受け取った明翔は、得意げに一条の手にあるピンクの象の像を指差した。
「そんないらねえもん取ってもしょうがねえもん」
「ボクはこれが欲しくて落としたんだ。明翔の家のトイレに飾ってやろうと思って」
「いらねえよ」
口ではいがみ合いながらも、明翔も一条も楽しそうに笑っている。
うんうん、そうやって仲良くしてなさい。
「くっそ! また水鉄砲だ!」
「本当はスイッチなんかねえんだろ!」
「悪質な商売しやがって! 行こうぜ!」
さっき見た三人組が悪態をつきながらひもくじ屋から出てくる。
拍子に、草履の足をムギュッと踏まれた。
「いて!」
だが、男たちは気付いてもない様子でひたすら文句を垂れ流しながら振り向きもしない。
この後の花火に焼かれればいいのに。
柳が浴衣のたもとからスマホを出した。
「みんな、そろそろ花火の時間だ。河川敷に移動しよう」
「えー、まだ食べきってねえのにー」
「明翔、花火終わってからまた来たらいいよ」
「花火ってそんなすぐに終わるものなのかい?」
「十分くらいかな。畳みかけて上がるから、すげー見ごたえはあるよ」
俺と颯太は毎年見に来ている花火大会である。
去年までは中学のヤンキー友達とバカ騒ぎしてたものだが、俺も随分と大人になった。
ジャリジャリと草履に小石が入って来るのも我慢しつつ、今はまだ暗い夜空を見上げる。
隣には、ヤンキーなんかではなく、チョコバナナをかじる明翔がいる。
「楽しみだなー。俺、花火大会初めてなんだー」
「ボクもだ。毎年テレビで見るだけ――」
「くらえ! サンダーショット!」
突然、一条の前に男が生えた。
この短時間で何回そのツラ見せるんだ、と言いたくなる大柄の男たち三人が大きな水鉄砲を抱えている。
――やっぱり、おかしい。
見開いた一条の目の焦点が合っていないように見える。
一条の顔の前で手を振ってみると、ハッとした様子の一条が一歩後ずさりした。
……怯えてる……?
え? 俺に?
「いち――ぶほうわっ」
顔面に痛いくらいの勢いで水がぶつけられる。
「仕返しだ! 待て!」
またあの三人組かよ!
甚平の裾で顔を拭くも、新品だからか全然水を吸わない。
柳が見かねてたもとからハンカチを出してくれる。
「まったく、いい年をした大人のすることじゃないね」
「まじで! あの革パン燃やしてやろうか!」
ドーン! と爆音と共に打ち上げられる大きな火の花。
一条が子供みたいな笑顔で見上げている。
花火大会初めてだって言ってたもんな。明翔もだけど、ごめん、ちょっとだけ。
花火の音に紛れて、コソッと明翔の耳に口をつける。
「なあ、もしかして、一条デカい男が苦手だったりする?」
「あー……。バレちゃったか。深月デカいもんね」
「やっぱり」
「俺には慣れてるから、俺よりデカいと怖いんだと思う。真衣ちゃんの彼氏がデカかったみたいで」
「虐待……。一条、何されたんだろ」
「母ちゃんも真衣ちゃんも教えてくれない。優が言うわけないし」
明翔も知らないのか……。
「優は背の高い男が怖いって自覚してないんだ。できれば、気付かないまま、深月や柳に慣れてくれたらって思ってる」
「分かった、絶対言わない」
そっか。
俺、小学生の時のことがあるから一条には近付かないようにしてたけど、そんなん言ってる場合じゃねえな。人のトラウマってやつに初めて触れた。
ドーン! と一際大きな花火が明翔の笑顔を明るく照らす。
「ありがと。俺、深月じゃなきゃ話してない」
……俺のこと、信用してくれてると思っていいんかな。
やべ。
うれしい。
そして、颯太は五人きょうだいの年の離れた末っ子として生まれ、常に三人の兄、一人の姉に構われる幼少期を過ごした。
幼稚園に入ってからは、颯太に憧れたこの俺が颯太についてまわった。
結果、コーヒーが飲みたいけど一人でお店に入れな~いな漢に育った颯太に付き合って、コーヒーショップにやってきた。
颯太はブラック、俺は期間限定の新作。
それぞれコーヒーを手にカウンター席に向かうと、見慣れた細い背中が並んでいる。
「やっぱり! 明翔と一条も新作のコーヒー飲みに来たんだ」
二人の手元には、俺と同じ特別仕様のカップがある。
「ショタは違うんだ? それ何?」
「え……えーと……」
「名前が長くて忘れちゃった? 一口ちょうだい。俺全部飲んだことあるから分かるよ」
「あ! 待って!」
「ん? ブラックだ。へー、颯太がブラックとか意外」
がんばれ、颯太。
ブラックコーヒーなんて颯太の「かわいい」イメージが総崩れしてしまう。
どうにか、このピンチを自力で乗り越える姿を見せてくれ!
「あっ! 俺、甘いケーキがないとコーヒー飲めないんだった。買ってくるねっ」
颯太がクルリと背を向け、スカジャンの金の昇り龍で二人を驚かせる。
颯太は暑くてもお気に入りのスカジャンで挑む漢である。
高めの椅子に颯太がピョイッと座る。
「かわいい……」
椅子に座るだけで明翔と一条がほっこりしているが、ブラックコーヒーで失った「かわいい」を取り戻すため、颯太は必死である。
「わーい! おいしいっ」
「颯太、鼻にクリームついてるよ」
「てへっ、やっちゃったあ」
「ショタ、ボクのチョコクッキーもあげるよ」
「ありがとう! うれしいなっ」
颯太の右隣りに座る一条には聞こえなかったようだが、左隣に座る俺にはハッキリと「うっぷ」と何かを必死に飲み込む音が聞こえた。
颯太は食べ物でも人間でも甘いものが苦手である。
「それにしても、祭りの前から合流してるなんて深月と颯太は仲いいねえ」
「そっちこそ、仲良しいとこ同士してんじゃん」
「新作が出たら一緒に来ることにしててさ」
「へー」
なんだ、明翔と一条ってバチバチ一色かと思いきや、そうでもなさそう。
その辺はやっぱり、親戚だからなのかな。俺には分かんねえや。
明翔は笑顔で手を挙げる。
「ねえねえ、このまま遊びに行くー?」
「でも、集合時間まであと一時間しかないよっ」
「俺らコーヒー飲んだら着替えに帰るかーって来たんだよ」
「そっか、このままだと柳だけ和装になっちゃうね」
「いいじゃん、柳だけ浮かせてやろうぜ。どこ行く?」
「学級委員長だけ浮くというより、目立つだけなんじゃないか」
「たしかに」
「俺、ちゃんと甚平買ったからみんなに見てほしいなっ」
「しゃーない、一旦帰るかー」
「また一時間後に」
コーヒーショップの前で二手に分かれる。
明翔と一条の後ろ姿を颯太はジッと見ていた。
「どした?」
「……一条って、私服だと透明感がすごい」
「そうか? 白い服着てたからそう見えただけじゃね?」
「まるで天使みたいだった! 黒髪の短髪が涼し気で、街中に降臨した真夏の天使!」
「颯太、もしかして一条のことを」
「違う! 俺が惚れる女は生涯ただ一人と決めている」
男ってのは己の気持ちに己が責任持つんじゃねえのかよ。
「一条の甚平、楽しみだな」
「甚平……。絶対似合う!」
ワクワクしてんじゃねえか。
ただ、颯太は生涯惚れる女は一人と決めているが、一条は男として転校してきている。
一旦家に帰り、明翔と選んだ甚平に袖を通す。
落ち着いた紺色基調で、だいぶ大人っぽく見える。
うん、大人っぽいとオッサンくさいは雲泥の差。
待ち合わせ場所には、すでに柳と颯太がいた。
柳はなんと浴衣、颯太は全体に龍が描かれた任侠道あふれる甚平である。
「柳はなんで和装の方がチャラさ増してんだ」
「ここに来るまでに三人もの女性に声を掛けられたよ。ブルべの僕に淡いイエローの浴衣はハマりすぎたらしい」
「ぶるべ?」
「見て、佐藤くん。僕のこの透き通るような」
「あ! 明翔来た! え? てことは、もしかして一条?」
「一条?!」
颯太が勢い良く振り返る。
視線の先には、恥ずかしそうにうつむきがちな一条がいることだろう。
一条は白地にオレンジ色の模様があしらわれた浴衣に身を包んでいる。
だが、俺の視界には明翔しか入ってこない。
主人公みあふれる赤い甚平がすげえ似合う。
「一条が浴衣着てくるとは思わなかった!」
「着せられたんだ。明翔が祭りに行くとバラしたせいで」
「ばあちゃんから真衣ちゃんに受け継がれし浴衣が優に受け継がれたの」
「へー、いいな。代々受け継がれし浴衣」
「でしょ?」
満足そうに笑う明翔がかわいい。
「へえ、これはいい浴衣だ。受け継ぐ価値があるよ」
柳が一条の正面に立って襟を触る。
一瞬、一条は目を見開き硬直したように見えた。
「柳! 柳の浴衣もすげえじゃん! こっち向いて見せてよ!」
明翔がクルッと柳を自分の方へと向かせ、顔を近づけて浴衣を見る。
……俺も浴衣にすればよかったか……?
一条も柳の浴衣を触っている。
あれ? なんか様子がおかしいかと思ったけど、普通だな。
なんだか違和感が消えず首をかしげたら、ドンッと大柄な男に体当たりされた。
「ひもくじ全部引いてやろうぜ!」
「目玉のゲーム機を売ったら絶対プラスだもんな!」
「急げ! 俺らで買い占めてやる!」
良く言えばヤンチャそう、悪く言えばガラの悪い男が三人走っていく。
先頭張り切ってるヤツ、この暑いのに黒の革パンとか見てるだけで暑苦しいわ。
目玉のゲーム機なんか客寄せの嘘で、全部ハズレ引けばいいのに。
祭りが行われている神社はすぐ近くである。
「深月! 何食う?!」
「明翔は食いに来たのか」
「祭りといえば食いもんじゃん!」
言葉通り、焼きもろこし、フランクフルト、りんご飴、ベビーカステラなどなど、明翔はどんどんと腹に入れていく。
「ちょっとは遊ばねえ?!」
「よっしゃ! 射的やろう!」
「ボクも参加させてもらうよ。勝負だ、明翔」
「景品を取った方の勝ちな、優」
また勝負かよ……。祭りくらい、仲良くすればいいのに。
まずは、一条から。
いきなり一発目から、コルクが景品を落とした。
「よしっ」
「すごいねっ、一条! 天才スナイパー!」
颯太が熱い拍手を送るも、二発目三発目はかすりもしない。
「よっしゃあ! やるぞ!」
明翔は何事にも熱い男である。
「がんばれ、明翔!」
だが、声援虚しく、一発目二発目と景品に当たるものの落ちはしない。
「くそっ。重りでもついてんじゃねえだろうな」
思わず悪態をつく俺とは違い、明翔はまったく心乱れていない様子で銃を構える。
そして放たれたラストの弾は、二つの景品の間を抜け、奥に置かれていたお菓子の詰め合わせセットを落とした。
「っしゃあ! 狙い通り!」
「最初から狙いはお菓子か! わざと当てるだけにしてずらしてたんだ!」
さすが明翔! 食いもんへの執念が尋常じゃねえ!
お菓子を受け取った明翔は、得意げに一条の手にあるピンクの象の像を指差した。
「そんないらねえもん取ってもしょうがねえもん」
「ボクはこれが欲しくて落としたんだ。明翔の家のトイレに飾ってやろうと思って」
「いらねえよ」
口ではいがみ合いながらも、明翔も一条も楽しそうに笑っている。
うんうん、そうやって仲良くしてなさい。
「くっそ! また水鉄砲だ!」
「本当はスイッチなんかねえんだろ!」
「悪質な商売しやがって! 行こうぜ!」
さっき見た三人組が悪態をつきながらひもくじ屋から出てくる。
拍子に、草履の足をムギュッと踏まれた。
「いて!」
だが、男たちは気付いてもない様子でひたすら文句を垂れ流しながら振り向きもしない。
この後の花火に焼かれればいいのに。
柳が浴衣のたもとからスマホを出した。
「みんな、そろそろ花火の時間だ。河川敷に移動しよう」
「えー、まだ食べきってねえのにー」
「明翔、花火終わってからまた来たらいいよ」
「花火ってそんなすぐに終わるものなのかい?」
「十分くらいかな。畳みかけて上がるから、すげー見ごたえはあるよ」
俺と颯太は毎年見に来ている花火大会である。
去年までは中学のヤンキー友達とバカ騒ぎしてたものだが、俺も随分と大人になった。
ジャリジャリと草履に小石が入って来るのも我慢しつつ、今はまだ暗い夜空を見上げる。
隣には、ヤンキーなんかではなく、チョコバナナをかじる明翔がいる。
「楽しみだなー。俺、花火大会初めてなんだー」
「ボクもだ。毎年テレビで見るだけ――」
「くらえ! サンダーショット!」
突然、一条の前に男が生えた。
この短時間で何回そのツラ見せるんだ、と言いたくなる大柄の男たち三人が大きな水鉄砲を抱えている。
――やっぱり、おかしい。
見開いた一条の目の焦点が合っていないように見える。
一条の顔の前で手を振ってみると、ハッとした様子の一条が一歩後ずさりした。
……怯えてる……?
え? 俺に?
「いち――ぶほうわっ」
顔面に痛いくらいの勢いで水がぶつけられる。
「仕返しだ! 待て!」
またあの三人組かよ!
甚平の裾で顔を拭くも、新品だからか全然水を吸わない。
柳が見かねてたもとからハンカチを出してくれる。
「まったく、いい年をした大人のすることじゃないね」
「まじで! あの革パン燃やしてやろうか!」
ドーン! と爆音と共に打ち上げられる大きな火の花。
一条が子供みたいな笑顔で見上げている。
花火大会初めてだって言ってたもんな。明翔もだけど、ごめん、ちょっとだけ。
花火の音に紛れて、コソッと明翔の耳に口をつける。
「なあ、もしかして、一条デカい男が苦手だったりする?」
「あー……。バレちゃったか。深月デカいもんね」
「やっぱり」
「俺には慣れてるから、俺よりデカいと怖いんだと思う。真衣ちゃんの彼氏がデカかったみたいで」
「虐待……。一条、何されたんだろ」
「母ちゃんも真衣ちゃんも教えてくれない。優が言うわけないし」
明翔も知らないのか……。
「優は背の高い男が怖いって自覚してないんだ。できれば、気付かないまま、深月や柳に慣れてくれたらって思ってる」
「分かった、絶対言わない」
そっか。
俺、小学生の時のことがあるから一条には近付かないようにしてたけど、そんなん言ってる場合じゃねえな。人のトラウマってやつに初めて触れた。
ドーン! と一際大きな花火が明翔の笑顔を明るく照らす。
「ありがと。俺、深月じゃなきゃ話してない」
……俺のこと、信用してくれてると思っていいんかな。
やべ。
うれしい。

