初恋ドッペルゲンガー

夏休みが終わったらすぐさま文化祭のため、かなり気が早い気はするものの、文化祭準備の準備が始まる。

「男子がメイド、女子が執事のコンセプトカフェか」
「優くんのメイド、絶対かわいい! 楽しみー」
「この僕にドンキの安いメイド服は合わない。かと言って予算は限られている。どうしたものか」
「予算はどれくらい? うん、これだけあればボクのソウルメイトが愛用しているクオリティの高いメイド服をレンタルできるよ」
「本当かい? あと、教室の装飾なんだが」
「ボクのイメージでは、まず全体のカラーは黒と赤かな」
「いいね。僕も耽美な空間にしたいと思っていたんだ」

いつの間にか、柳と一条が中心となっていろいろ決まっていく。
俺と颯太はさっきから暗い顔して教室の隅っこにいる。

「メイド服……。マジかよ……」
「颯太は似合うだろうからまだいいじゃん」
「深月のメイド服なんか吐きそう」
「それな」
「ごちそうさまでした! 何してんのー?」
「わっ。明翔だー」
「もう特盛明太パスタ食ったの?」
「足りない……。けど、我慢我慢」

常人なら余裕で太る間食だが、明翔にとってはチロルチョコ。

「とりあえずは、今日中に決めるべきことは決まったね」
「よっしゃ! メシ行こ! メシ!」

明日から夏休み。
今日は午前中で終わりである。

俺、明翔、颯太、柳、一条でショッピングモールに赴き、昼食をとる。
すると、財布に残ったのは三枚のコインのみ。

「やっべ。あと三円しかねえ」
「おどろきラーメンで残金三円なのに、よくとびでるステーキと迷ったねっ」
「ラーメンを選んだ俺、すげえ冴えてる」
「財布の中身も把握していないとは、たいした愚鈍っぷりだよ」
「柳、うっせえ。今日は金曜だからいいの! 生活費が振り込まれる日だから!」
「綺麗にほぼ生活費を使い切ったってことか。呂久村、ある意味すごいね」
「へへん。まあね」
「ある意味とは、いい意味ではないよ」
「一条もうっせえ」
「深月、ATMあるよ。おろしといたら?」
「お、そうしよ」

母親からと中里さん、それぞれから振り込まれているのを確認して、全額をおろす。生活費用の口座なので、躊躇はない。
そのまま大通りへと出た。暑い。果てしなく暑い。

「なあなあ、明日プール行かねえ?」
「まったく、呂久村くんは。お金を手にしたらすぐに使おうとするんだから」
「いいだろ、別に。夏を楽しもうぜ!」

左手にハンディファン、右手には札を持ったまま両手を広げた。
ブオンブオンブオンと轟音がしたと思ったら、右手の指と指がくっつく。

「あ? え? 金がない!」

手から金が消えた。
前方を走る二人乗りバイクの後ろに乗る男が、金を見せびらかすように揺らしている。

「ひったくりだ! 俺の金返せ!」

とっさに走り出したものの、追いつけるはずもなくバイクを見失った。
ガックリとアスファルトに膝をつくと、ポタポタといくつもの汗が落ちる。

……どうしよう……一週間分の俺の生活費……。

「あの野郎! 人の金を盗むなんて、任侠道の風上にもおけねえ!」
「颯太! 颯太の家でメシ食わせて! 朝昼晩!」
「金をしまわずに道路に出た深月も悪いよねっ」
「それな! 絶対親に怒られる!」

今でもギリギリなのに、生活費減らされたらどうしよう。
これから夏休みだってのに!

「深月、とりあえずは警察に通報した方がいいんじゃない?」
「あ! そうだな! えーと、黒いバイクで黒いヘルメットで」
「呂久村くん。住所と連絡先を伝えて」

柳がスマホを渡してきた。

「誰に?」
「警察」
「警察?」

スマホを受け取り、聞かれるまま答えていく。
通話を切ると、少しは冷静になっていた。

「バイクのナンバーを伝えているから、すぐに捕まると思うよ」
「柳、覚えてたの? あの一瞬で?」
「僕は視力二・〇以上あるからね。じっくり覚えさせてもらった」
「そのメガネは伊達かよ! あ、電話だ」

見ると、番号の末尾が1110。

「うわ、変な番号。俺、マフィアにでも狙われてんのかな?!」
「それは警察からの電話だよ。くだらない妄想をしてないで出た方がいい」
「はい、もしもし!」

なんと、もう犯人を検挙したという。
嘘みたいな本当の話。

「柳、妙にこなれてない? まさか、しょっしゅう警察にお世話になってるとか?」
「お世話になってると言えるは言えるね。僕の父が警察官なんだ」
「そうなの? じゃあさ、警察署の場所分かる? 署まで行かないと金返ってこないらしいんだよ」
「分かるよ。この僕が案内してあげても構わない」
「上から目線はうぜえけど頼んだ!」

柳はウザいが、柳の父親は優秀で信頼の厚い警察官らしい。
こんな制服の高校生にも礼儀正しく親切に対応してもらって、警察署を出る頃にはすっかり上機嫌である。

「マジで助かった! 柳がバイクのナンバー覚えてくれてたおかげだよ! 親父さんにもよろしくな!」
「呂久村くんは少年課にお世話になることもありそうだものね。補導された時にはよろしくと伝えておくよ」
「そういう意味じゃねえわ!」

自転車バイク置き場の横を通りかかったその時、自動点灯の明かりがババーッとさざ波のように点いていく。
黒いバイクに腰掛け、黒革のピタッとしたパンツを履いた男がこちらを睨みつけていることに、俺も柳もまったく気が付かなかった。