初恋ドッペルゲンガー

颯太、柳と歩き出しながらも、ついつい振り返ってしまう。
だが、明翔はこちらを見ることなどない。

「あの二人、随分とバチバチのようだね」
「バチバチってっ?」
「僕は年子の兄がいるのだけれど、常に去年の兄を超えてやろうという気持ちで張り合ってしまうよ」
「ああ、なるほどねっ。俺は年が離れた末っ子だけど、それでもママに褒められたくて小さい時はついがんばっちゃったなっ」
「兄弟って一番身近なライバルだものね。まして、双子から生まれた同級生となれば、バチバチにもなろうというもの」
「そういうもん? 兄弟って家に友達がいる感じかと思ってた」

颯太と柳がやれやれ、といった様子で首を横に振る。

「それは一人っ子の幻想だよ、呂久村くん」
「姉妹なら、もっと仲良しこよしなのかもしれないけどねっ」

……もしかしたら、それも姉妹じゃないから抱く幻想なんじゃないのか。
当事者にしか分からないことがあるんだ。

「それはそうと呂久村くん。一条くんに『明翔と凡顔は仲が悪いの?』と聞かれたので、ちゃんと『高崎くんは呂久村くんが好きだよ』と訂正してあげたよ」
「は?」

柳は「さあ、礼をどうぞ」とばかりに胸を張っている。

「クソ柳が! バチバチだと分かっててなんでそんなこと言うんだよ!」
「学級委員長として、正しい情報を伝えなくては」
「やかましいわ!」

明翔は

「絶対に、優だけは好きにならないで」

と言っていた。

バチバチ一条に張り合っている気配がある。
一条は一条で、明翔に張り合ってたりするんだろうか。



昨日、明翔から

「俺が嫌なら、深月が俺から離れて。俺からは離れらんないから」

などと言われ、どうしたらいいのか分からないまま、明翔と話せていない。

嫌なんかじゃない。神に誓ってない。
だけど、

「絶対に、優だけは好きにならないで」

って明翔に言われたのに、俺は小学生の頃、一条が大好きだった。
しかも明翔にバレてる。

こんなことなら、前もって明翔そっくりな子が好きだった、って明翔に話しておけば良かった……。


工藤先生が大きな青いカゴをトントンと叩く。

「来週は化学室で実験を行う。一条、これを誰かと戻しに行って、化学室の場所を確認しておいてくれ」
「呂久村くんがいいです」
「じゃあ、呂久村。化学室まで連れて行ってやって」

大きな青いカゴ二つには、実験器具がたくさん入っている。
背の高い器具が入っている方のカゴを担当する。ガラス製のビーカーなどもあるから、思いのほか重い。

一条と共に教室を出る。
否が応でも高鳴る鼓動。

――あの一条優と、二人きり……。いや、あの一条優だけど、あの一条優じゃない。

「化学室はこっちの校舎じゃないから、ちょっとややこしいんだよ」
「そうなのか」

廊下を歩き、中庭を抜け、別館の階段を見上げた一条がハァ、と小さくため息をついたのが聞こえた。

俺でも重いと感じるくらいだ。
身長百七十センチもない、男子の制服を着てはいるけど女子の一条には負担が大きいだろう。

「一条。この大きいの取って、上にそのカゴ乗せれば」
「呂久村がこれも持つってこと?」
「そう」
「こんな重いカゴを二つも、さすがに無理だろう」
「これくらいなら大丈夫」

ためらいがちに、一条がカゴを重ねる。
おお、さすがにドシッとくる。さあ、さっさと階段を上がろうか。

「悪いね。ボクだけ手持ち無沙汰で」
「気にすんな。一条がそれ持ってくれてるおかげだから」
「それ? これ?」

大きいが意外と軽そうな器具を一条が見る。

「そう。それ」

あはは!
と一条が笑った。
笑うとより一層、明翔に似てる。

ちょっと張り詰めていた気持ちが緩んだ気がする。

化学準備室にカゴを置き、鍵を閉めたら任務完了。

「転校って、親の仕事の都合とか?」
「仕事じゃないけど、親の都合ではあるよ。母親の彼氏によるDVと虐待を受けて、親子共々逃げてきたんだ」
「は?」

思わず一条を見ると、一条はあっけらかんと笑っている。

「ボクには元々、父親がいなくてね。中学に進学するのを機に、母親の彼氏の家に引っ越したんだ。ところが、ふたを開けてみたらこの彼氏がDV虐待野郎でね」
「DV……虐待……」

DVは一条の母親に対してだろう。そして、虐待は……。

「明翔が聖天坂高校への転校を提案してくれたんだ」

明翔といい一条といい、このいとこ同士は重い話をサラッと話す。

かわいそうって、そういうことか……。
母親の彼氏から虐待を受けた一条がかわいそうで、明翔の母親は明翔がごはん作って待ってるのに一条のそばにいて、十二時すぎて帰ってきて、太るからってごはんも食べずに……。

――かわいそうなのは、どっちだよ。

「だったら、もっと明翔に感謝しろよ」
「どうしてボクが」
「明翔の母親が一条のところにいる間、明翔は一人で家で待ってんだぞ」
亜衣(あい)ちゃんには感謝してる。母親がDVを受けてるって相談したら、すぐにボクたちを迎えにきてくれて、明翔の家の近くに部屋を借りてかくまってくれた」
「亜衣ちゃん?」
「明翔の母親。ボクの母親が真衣(まい)
「双子っぽいな。とにかく、明翔は」
「明翔が言ったの? 俺は一人だ、寂しいんだ、って」
「え……」

俺、そう取れるような言い方したかな。

「明翔はそんなこと言わねえよ。寂しいなんて一言も言ってない」

でも、そうだ。
きっと明翔は、寂しかったはずだ。

明翔の話を思い出す。

明翔の母親は、双子なのに姉だからってずっと妹優先で、そのまま、実の子供の明翔よりも一条を優先してきた。

「一人で待ってないで明翔が来ればいい。すぐそばにいるのに、来ないのは明翔の方だよ」

一条からするとそうなるのか……。
本当に、当事者じゃないと分からないんだ。

「明翔は、ずるい」

一条は明翔そっくりな顔で、まっすぐに前を見据える。

「何がずるいんだよ」
「明翔にはパパがいた。すごくおもしろいパパで、ボクも大好きだった。だけど、男兄弟で育ったから女の子にはどう接したらいいのか分からないって、優しかったけど、ボクにはどこかよそよそしかった」
「それは……そんなの、明翔にはどうしようもないだろ」
「じいちゃんもだ。じいちゃんは自分の子供はボクたちの双子の娘しかいなかったからって、明翔とよくキャッチボールしてた」
「明翔だって好きで野球やってたんじゃねえんだよ。じいちゃんがやれって言うからやってただけで」
「ずるいでしょ。明翔は男ってだけで、パパからもじいちゃんからもかわいがられてた」

だけど今、そのじいちゃんもパパもいない。
残ったのは、昔から自分よりも妹を優先するのが染みついている母親のみ。

「一条が明翔に張り合うのは分からなくもないけど」
「ボクは張り合ってなんかないよ。張り合ってくるのは明翔の方だ」
「いや、自覚がないのかもしれないけど、一条、思いっきり張り合ってるよ。明翔も張り合ってるとこあるとは思うけど、明翔は誰にも気持ちをぶつけられずに、一人で抱えてる」
「呂久村は明翔の味方なんだ」
「別に、どっちの味方とかじゃなくて」
「じゃあ、明翔に同情してるの?」
「同情?」

一条の薄ら笑いに、気持ちがざわつくのを感じる。

「俺は同情なんかしてねえ。ただ、この学校への転校だって明翔が勧めたんだろ? だったら」
「明翔優しい。明翔偉い。明翔かわいそう」
「そんなことが言いたいんじゃない。ちゃんと聞けよ!」
「呂久村の気が引けて、大成功だね」
「成功って……。明翔はそんな打算が働くヤツじゃない」
「明翔がかわいくてしょうがないんじゃない」
「明翔はかわいいよ。悪いかよ!」

思わず、壁をドンッと殴る。
でなければ、一条のニヤけた顔をはっ倒してしまいそうにはらわたが煮えくり返っている。

が、一条は一転、何かを味わっているかのように目を閉じる。

「え? 一条?」
「素晴らしいよ、呂久村! やっぱりライブだね。小説や漫画とは迫力が違う!」
「は?」
「かわいい、いただきました!」

一条は満足そうに拳を掲げる。

おい。まさか。

「わざと俺を怒らせたんじゃねえだろうな」

一条にズイッと詰め寄った。
すると、一条は一瞬で青ざめ、硬直しているように見える。

「一条?」
「……あ……。なんでもない。そんなデカい図体が急に現れたんじゃ、誰だって驚く」
「そうか?」
「ボクのかわいいマスコットにそんなことをしたら、もはやイジメだ」
「しねえよ」

颯太に詰め寄ったりしたら、俺の方が痛い目を見る。

チャイムが鳴った。
一条は爽やかな笑顔で伸びをする。

「そうだ。ボク、明翔に感謝はしているよ」
「ならいいけど」
「こんな素晴らしい媒体に出会わせてくれた。呂久村となら、ボクの理想のBLが見られそうだ」
「媒体ゆうな!」

理想のBL?
そんなもんに、俺を巻き込むんじゃない!

だが今は、一条に構っている場合じゃない。
俺は気付いてしまった。

明翔にはどうしようもないことを俺は言った。

「だって、明翔は男じゃん」

俺は、明翔の気持ちなんて考えようともしなかった。
むしろ、明翔の本当の思いから目を反らしてたんだ。

「一条、教室まで一人で行ける?」
「うん」
「俺、先に行くわ」

走って教室に入ると、明翔は隣の西郷と淀橋と話している。

「明翔!」

明翔がバッと振り向いた。

「深月……。今、深月から話しかけたよね。俺から離れないことにしたの?」
「離れるも何もないだろ。親友なんだから。なあ?」

西郷と淀橋に同意を求めると、二人は顔を見合わせて首をかしげる。

「親友で離れるって、何?」
「だよな。俺は離れねえよ。今日、放課後うち来て」

明翔が笑う。

「分かった! 優を家まで送ったら、深月の家行くね!」

明翔は言わないだけで、一条と同じく、複雑な一条への気持ちを抱えているんだろう。
でも、それでも、明翔は自分の気持ちを抑えて一条を優先する。

「ねえ、明翔」

明翔の表情がこわばった。
一条が腕組みをして、不敵な笑みを浮かべている。

「ボクたち、赤ちゃんの頃からなんでも分け合ってきたよね。ボクにも呂久村分けてよ」
「できるわけないだろ」
「ボク、明翔が好きになった呂久村なら好きだ」

はい?!

ガタッと音を鳴らしながら明翔が立ち上がり、明翔と一条が睨み合う。

「絶対に深月は渡さない」
「なら、勝負しようよ。先に呂久村の唇を奪った方の勝ちだ」
「やってやろうじゃん。勝つのは俺だ!」
「学級委員長、記録しておいて」
「了解。景品は呂久村くん。先に呂久村くんの唇を奪った方の勝ち。呂久村くんは勝者のもの、と」
「景品?! おかしいだろ、俺の意思は?!」
「止めるな、深月。漢同士の勝負にケチつけるなんざ、野暮ってもんだぜ」
「颯太まで!」

西郷と淀橋が頬杖をつきながら明翔と一条を見上げる。

「いいなー、呂久村」
「明翔だけじゃなくて一条まで」
「そう思うなら代わってくれ!」

ふと、目をガン開いてこちらを指差しながら膝をガクガクさせている隠れBL大好きさん・ゆりと目が合う。

「三角関係?! BLの三角関係?!」
「違うから!」

このクラス、まともなヤツがいねえ!

俺の意思など誰も尊重してくれず、いがみ合ういとこ同士はバチバチと火花を散らした。