初恋ドッペルゲンガー

「深月! おはよう!」
「お、おはよう」

ギクシャクしてしまう俺に、明翔が首をかしげる。

落ち着け。
ここまでドキドキするようなことじゃない。

ただ、俺は明翔に明翔の言うことやってることがうれしい、って、伝えるだけ。

ただ、それだけ。
なんだけど。

明翔は昨日見たドラマの話をしている。
俺も見てたから、自然と話は弾む。

えーと。
どのタイミングで伝えればいい?

「おはよっ。深月、明翔っ」
「おはよー」

颯太が来てしまったか……。
朝イチでミッションをこなしておきたかったが、一日は長い。次のチャンスを待つとしよう。

「やあ、佐藤くん。おはよう」
「おはよっ。柳が俺より遅いなんて珍しいねっ」
「僕は三十分は前に来ていたよ。転校生が来るので職員室に行っていたんだ」
「転校生?!」

俺と颯太の声が重なる。

「高校に転校生って来るんだ?」
「特別な事情があればね」
「特別な事情って?」
「いやあ、人生で一番くらい驚いたよ」
「おい。質問に答えろ、学級委員長」
「学級委員長として、個人情報を流出することはできない」

柳が口の前に指で×バツを作る。

「クソ柳が。言えないなら匂わすんじゃねえよ」

あはは! と明翔が笑う。

「すぐに分かるよ。深月も楽しみにしてて」
「明翔、何か知ってんの?」

明翔まで、柳と同じくバツを作った。

「絶対かっこいいよね。頭こんなんだよ、こんなん」
「身長低そうだったけど、イケメンっぽかったよね」

教室に入ってきた女子二人が拳を振りかざして盛り上がっている。

ほお。
かなり小顔な小柄男子が転校してくるらしい。

チャイムが鳴ると、見たことないスピードで皆席に着き、ドアをジーッと見つめる。
転校生が来るという情報は知れ渡っているようである。

ドアがガラララッと音を立てる。
入ってきたのは、工藤先生だった。続いて、革靴とスラックスの裾が見えた。

その全貌が現れた時、教室は異様な空気になった。

――一条(いちじょう)(ゆう)

明翔そっくりな顔ながら、明翔よりも短い黒髪。
キリッと前を見据え、姿勢よく黒板の前に立つ。

え、スラックス?
ああ、今年から女子でも希望すればスラックスを選べるって、入学前説明会で言ってたな。

「あれ? どこかで見たような?」
「高崎くんだ! 高崎くんに似てる!」
「似てるってレベルか?! 同じ顔じゃん!」

パンパン! と手を叩いて、工藤先生が生徒の注目を集める。

「一条優さんだ。高崎とはお母さん同士が双子だそうだ。いとこでよく似ているが、間違えないように!」

双子?!
なぜだかドッペルゲンガー級に似てると思ってたけど、ガッツリ親戚だったのか!

「さて、ここで、大事な話をします」

脳筋を煮詰めたような工藤先生が珍しく真面目な顔をする。

「皆さんは、LGBTという言葉を聞いたことがあるでしょうか。こちらの一条優さんは、トランスジェンダーといって、戸籍上は女性ですが、心は男性です。ここまでで、質問ある人ー!」

工藤先生はただ紙を読み上げていただけである。ここで確認するように指示されているのだろうと分かるくらい、本人が理解できてなさそう。

「多様性ですよ。多様性の時代なんです。文句があるヤツは内申下げるんで、そのつもりで」

教師の立場を悪用した脅迫じゃねえか。
ただ皆、文句なぞ出ないほどに呆けている。

「では、一条くんから一言」

工藤先生に促され、一条がニコッと笑った。

「一条優です。よろしくお願いします」

一条が一礼する。

一条だ。本物の一条なんだ。
明翔によく似た、顔と同じく中性的な少年風ボイス。でも、明翔はちょっとハスキーなのがいい。

「慣れるまでいとこの近くがいいだろう。高崎の隣に席を用意した」

明翔の隣?!
近くね?!

「ええー。そこまで面倒見るつもりはなかったんだけどなー」

不満を漏らす明翔の隣に、一条が座る。
やっぱり、近い!

よろしく、よろしく、と一条が笑顔で明るく周りに声をかける。

――一条だ……!

「はじめまして、一条です。よろしく」

小学校の六年間見るだけだった、一言も話せなかった一条が俺に笑いかける。

はじめまして……。

中学の入学式で一条がいないと知った時より、衝撃は大きいかもしれない。

そりゃそうだ。
俺はただ、ずっと見てるだけだった。一条が俺のことなんて、覚えているわけがない。

「よろしく」

しまった。
ぶっきらぼうな言い方になってしまった。

一条は軽く首をかしげて、また明るく淀橋にあいさつをする。

こんなことなら、一条に告白していればよかった。
一条は俺のことなんて知らないんだから、玉砕しただろう。

でも、一条の記憶には残ったかもしれない。

「深月」

無意識に机の上で固く握っていた拳を、明翔の手が包み込む。

「絶対に、優だけは好きにならないで」

……え……?

そうか!
運動会で応援に行ったいとこって、一条のことだったんだ!

明翔は言ってた。
母親は俺よりいとこが大事なんだって。

だから、俺がいなくなっても母親は平気だって……。

……一条だったのか……。



放課後になっても、一条は女子たちに質問攻めされている。
小学校の時も、一条は女子に囲まれる人気者だったな。

だが、たくさんの書類が投げ出されたままの机を前に、明翔は恨めしそうな顔をする。

「優! いいかげん、書類書いてよ。俺先に帰っていい?」

一条が女子たちに手を振り、こちらへと戻ってくる。

「いいわけないだろう。ボクまだ家までの道を覚えてないんだから」
「さっさと覚えてよ。俺、深月んちにごはん作りに行きたいし」
「ごはん? 二人、そんなに仲がいいの?」
「別に、普通に友達! それより、さっさと書いて!」

ちょっとホッとする。
明翔、クラスの連中には俺が好きだって知られてるけど、一条には知られたくない様子。

やっと書類に向かいだした一条を颯太が労う。

「こんなにたくさん書くの、大変だよねっ。俺も入学した時すっごくめんどくさかったもん」
「君、本当にかわいいね。ずっと見ていたくなるかわいさ、素晴らしいマスコットだ」
「そんなに見られると、恥ずかしいよっ」
「かわいい……」

颯太が強引に「かわいい」を演出するために着ているパーカーの大きなフードをすっぽりと被る。
不満顔だった明翔までほっこりしているが、マスコットと呼ばれるのは心外であろう。見えない中の顔は般若だと思われる。

「どうしたの、佐藤くん。かっこいい顔を見せておくれ」

何も知らない柳が教室に入ってそっこー、颯太のフードに手をかける。やめとけ、クソ柳!

「柳! どこ行ってたんだよ。学級委員長のくせに転校生をほったらかして」
「職員室だよ。一条くん、不備があったらしく、これも追加だ。期限は今日までだそうだ」

更に、一条の机に書類が足される。

「もー、待ってらんない。帰ろう、深月」
「まあまあ、転校初日だからしゃあねえって」
「俺は先に帰るねっ。バイバイ!」
「じゃあ、僕も帰らせてもらうとしよう」

一条がジーッと俺たちを見渡していると思ったら、唐突に俺を指差す。

「君が主人公だね!」
「は?」
「中性的な美形、かわいいショタ、イケメンメガネ王子。周りをありえないほど顔が良い男に囲まれた、背が高いだけの凡顔!」
「誰が凡顔じゃい」

意味不明なことを言いながら、一条はいきいきとうれしそう。
対照的に、明翔はため息をついた。

「いきなりぶっ飛ばすんじゃない。また不登校になるなよ、優」
「不登校? 一条が?」

そんな……。小学校の時は、いつも女子に囲まれる人気者だった一条が?

明翔と一条が目を合わせ、うなずき合う。

「このメンツだから言うけど、優は高二にして歴十年以上の腐女子なの。前の高校ではそのせいで浮きまくって、不登校だったんだ」
「ふじょし?」

颯太がかわいいフリではなく、本気のハテナでかわいく首をかしげる。

「ボクはたぶん、神童だった。渇いたスポンジが水を吸うようにかな・カナ・漢字を覚えたボクは、男女の恋愛なぞ五歳で飽きた。それからはずっとBLを読み続けてきた。いわば、国宝級腐女子だ」
「びーえる?」
「だが、ボクはまだボクの理想のBLに出会えていない。だからボクは、ボク自身が男としてこの学校に転校した」
「トランスジェンダーという話は嘘かい?」
「嘘じゃない。男になりたいという気持ちは本物だ」
「心が男、ではなく、男になって男とBLしたい、ということか」
「その通り」
「びーえるって?」

一条と柳の話についていけない颯太が割って入る。

「男と男の恋愛」
「男と恋愛したくて、男として転校してきたってこと?」
「そう」
「一条、女なんだよね? 普通に男と恋愛すればいいのでは?」
「それではただの男女の恋愛だ。ボクが見たいのは、ボクの理想のBLなんだ」

意味が分からん!

「……一条がこんなヤツだったなんて……」

なんだよ、理想のBLって!

一条と柳が職員室に行き、颯太がトイレに行っても俺はまだ飲み込めずにいる。

「深月、優のこと知ってたんだね」
「え?!」
「でしょ」

え。なんでバレてんの?!
いや、事実は事実。嘘をついてもしょうがない。

「小学校が一緒で」
「知ってる。優の小学校の運動会に行って深月と会ったんだもん」
「あ、そっか」
「優は顔だけは俺と同じでかわいいから、一目惚れしても不思議はないね」

見透かされてる?!

「いや、あの」
「ねえ。先に出会ったのが俺だったら? ほとんど同じ顔なんだよ」

明翔が見たことないくらい、真剣な目で俺を見つめる。
あまりの熱量を感じて、思わず目を反らしてしまった。

「だって、明翔は男じゃん」

沈黙が恐ろしい……。
恐る恐る明翔を見ると、いつもの元気は影を潜めうつむいている。

「明翔?」

肩へと伸ばした手を、パシッと無下に振り払われる。

「どうせ顔だけで優を好きになったくせに」
「それは……ごめん」
「なんで謝るの。なんか悪いことしたの」
「いや……悪いことはしてないけど」
「適当に謝らないで」
「……ごめん……」
「深月が優を知ってるって気付いた時、こうなる気はしてた」
「明翔……」
「優はなんでも俺から奪っていく。母親だって、俺がメシ作って待ってるのに、優がかわいそうだからって優のそばにいて、俺はほったらかしだよ」
「え? かわいそうって?」

明翔がうつむいたまま立ち上がり、バッグを肩に掛けた。

「俺が嫌なら、深月が俺から離れて。俺からは離れらんないから」
「ちょっ……。何言って――」
「明翔! ひどいな、ボクを置いて帰るつもり?」

一条がドアから声を上げる。
柳と颯太も戻ってきたようだ。五人で校門を出る。

「じゃあね! また明日!」

明翔と一条だけが反対方向だから、ここでお別れである。
明翔はこちらを見もしないで、手だけを振った。