教室の前に明翔がいるのに気付いた。
百七十五センチと決して小柄とは言えない体をコンパクトに折りたたんで、廊下にしゃがみ込んでいる。
「おはよ。何してんの」
「おはよう! 深月が来るの待ってた!」
「いいなー、呂久村。毎日明翔にかわいいこと言われて」
「俺、明翔なら余裕でいけるわー」
「お前ら、明翔を変な目で見るんじゃない!」
「半分冗談に決まってんだろー」
半分は本気なんかい。
途中で会った西郷と淀橋が教室に入っていく。
告白なんかされて、男と付き合うなんて想像つかねえわ、などと思ったものだが、だからどうしたいとは言われていない。
なんか、むしろ俺の方が先走ってない? 恥ずいわ。
学級委員長・柳龍二が黒板の前に立つ。
「では、二年一組の文化祭の出し物を決めていきます。どんどん意見を出してもらいたい」
体育祭が終わったと思ったら、もう文化祭。
我が聖天坂高校は全体の半分以上が四年制大学に進むそこそこの進学校なので、受験生に配慮して夏休みが終わるとすぐに文化祭が催される。
「はい!」
たくさんの手が上がるが、柳は笑顔で指名した。
「佐藤くんの意見を聞こう」
「映画上映がいいと思います!」
「さすが佐藤くんだ。高校生らしい青春ムービーを」
「任侠映画がいいと思います!」
颯太、立ち上がって遮ったよ。
柳は黙って黒板に『任侠映画』と書いた。漢字で書けるのさすがだな。
クレープ屋、焼きそば屋、たこ焼き屋、劇、ダンス、お化け屋敷、フォトスポットなどなど、意見が出るばかりでまとまる気配はない。
「はい!」
「高崎くん」
「デカ盛り屋! 食いもんなんでもデカいの!」
「仮にやるとして、高崎くんは食べる方ではなく作る方になるわけだけど」
柳の指摘に、明翔の背中がシュンと丸まる。
ほんと、食べ物が絡むとIQ下がるんだから。かわいいな。
「コンセプトカフェがいいと思います。男子が女装して、メイドカフェ!」
隠れBL大好きさんが変なことを言いだした。
「ええー、メイド服とかキッツいわー」
「俺もー」
西郷と淀橋がヘラヘラ笑うが、お前たちの女装なんぞどこにも需要はない。
「女子はどうするんだい?」
「キッチンを担当します」
「男子と女子で役割を分けるのは世間体が良くない。やるならば、男子と並んで女子もメイドになってもらわないと」
「高崎くんと並んでメイド……。女子は男装して執事をやります。男女逆転を楽しんでもらうコンセプトなら、大丈夫だよね」
おもしろそうー、と女子から賛同の声が上がる。
冗談じゃねえわ。誰得だよ。どうせなら高身長を活かせる執事を素直にやらせろ。
隣の西郷と淀橋がヒソヒソと話している。
明翔、という単語を俺の耳は聞き逃さなかった。
「さんせーい」
「俺もー。女装してメイドやりたいでーす」
「嘘つけ、お前ら! 明翔の女装が見たいだけだろ!」
「呂久村は見たくねえの?」
「見たいよ。けど」
パッと輝く笑顔で明翔が振り返る。
え。
待って。
「聞け、明翔。けど」
「はい! 俺も賛成!」
「では、コンセプトカフェに賛成の人、手を挙げて。数えるまでもなく半数を超えているね」
「メイドと執事のコンセプトカフェに決定!」
決定しちゃったよ。
いや、まだだ。まだいける。
明翔の女装が見たいヤツの賛成票が多いのだろうから、明翔がやらないと言えば変更されるだろう。
「明翔。明翔」
話し合いは続いているが、善は急げ。明翔の背中をつつく。
「メイド服ってどんなんだろうね」
「ワクワクしてんじゃねえよ。めっちゃ短いスカート履かされるかもしれないんだぞ」
「えー。俺まだ足に筋肉ついてんだよね」
「今からでも遅くない。反対に回れ」
「マッサージとかがんばって、夏休みの間に細くしとかねえと」
「やる気を出すな。じゃなくて」
「深月が見たいメイドになれるように、俺がんばるね」
うおっ。
笑顔がまぶしい……!
初めてしゃべった時、明翔のことを女だと思い込んでたら明翔は怒っていた。
なのに、俺のために、こんなやる気出してるんだ……。
西日が差し込む放課後の教室。
窓際のゆりの席に置かれている漫画。
手に取ってページを開く。
図書館か。
よくある、同じ本を取って手が触れるやつか。
違うな。主人公が小さいから取りたい本に届かなくて、デカい後輩が取ってあげたのか。
仲良くなるけど、ケンカになって、好きなくせに意地張って。
『やっぱりおかしいよ。男同士で』
『世間体なんて取っ払った、先輩の本当の気持ちが知りたいんです』
世間体……。
って、なんだっけ。柳も言ってた気がする。
「え?! 深月?!」
「おーい! 深月!」
右からゆり、左から明翔。
明翔?!
慌てて本を閉じ、ゆりへと押し付ける。
「何読んでたの?」
「読んでない! これは、ゆりの本だから」
「ちがっ、流行ってるから回ってきただけで」
「ゆり! 漫画返しといた! ゆりが貸してくれる漫画全部神!」
顔を真っ赤にするゆりの席を離れる。
「購買で大きなメロンパン買ってこー」
「ダイエットするんじゃなかったのかよ」
「ダイエットは明日からだから、今日は最後の食べまくりチートデー」
購買は、サッカーユニフォームの男子たちであふれ返っていた。
「俺ここで待ってるわ」
「うん!」
スマホを取り出し、世間体、と検索してみる。
世間体なんて取っ払った、俺の本当の気持ち――明翔も知りたいと思ってり、するんだろうか。
『世間でどんな風に見られるのか気にすること』
……気になるだろ、そりゃ。
スーパーで買い物してるだけで目立つんだぞ。
でも……それは、明翔だって同じなんじゃ……。
だけど、明翔は己の気持ちに己が責任を持って、俺に伝えてくれた。
女に間違われるのは嫌なのに、自らメイドをやろうとしてる。
「見て! 焼きそばパン半額だったから、四つ買ってきた!」
「いくら半額でも四つも買ったら大きなメロンパンより高いんじゃね?」
「はっ……」
「あはは! マジで食いもんが絡むとIQ下がるんだから」
この食のバケモノが、俺のためにダイエットまで宣言してくれた。
正直、うれしい。
付き合うとかは明翔も考えてないみたいだし、ただ、俺の気持ちを伝えるくらい、伝えてみてもいいのかな。
百七十五センチと決して小柄とは言えない体をコンパクトに折りたたんで、廊下にしゃがみ込んでいる。
「おはよ。何してんの」
「おはよう! 深月が来るの待ってた!」
「いいなー、呂久村。毎日明翔にかわいいこと言われて」
「俺、明翔なら余裕でいけるわー」
「お前ら、明翔を変な目で見るんじゃない!」
「半分冗談に決まってんだろー」
半分は本気なんかい。
途中で会った西郷と淀橋が教室に入っていく。
告白なんかされて、男と付き合うなんて想像つかねえわ、などと思ったものだが、だからどうしたいとは言われていない。
なんか、むしろ俺の方が先走ってない? 恥ずいわ。
学級委員長・柳龍二が黒板の前に立つ。
「では、二年一組の文化祭の出し物を決めていきます。どんどん意見を出してもらいたい」
体育祭が終わったと思ったら、もう文化祭。
我が聖天坂高校は全体の半分以上が四年制大学に進むそこそこの進学校なので、受験生に配慮して夏休みが終わるとすぐに文化祭が催される。
「はい!」
たくさんの手が上がるが、柳は笑顔で指名した。
「佐藤くんの意見を聞こう」
「映画上映がいいと思います!」
「さすが佐藤くんだ。高校生らしい青春ムービーを」
「任侠映画がいいと思います!」
颯太、立ち上がって遮ったよ。
柳は黙って黒板に『任侠映画』と書いた。漢字で書けるのさすがだな。
クレープ屋、焼きそば屋、たこ焼き屋、劇、ダンス、お化け屋敷、フォトスポットなどなど、意見が出るばかりでまとまる気配はない。
「はい!」
「高崎くん」
「デカ盛り屋! 食いもんなんでもデカいの!」
「仮にやるとして、高崎くんは食べる方ではなく作る方になるわけだけど」
柳の指摘に、明翔の背中がシュンと丸まる。
ほんと、食べ物が絡むとIQ下がるんだから。かわいいな。
「コンセプトカフェがいいと思います。男子が女装して、メイドカフェ!」
隠れBL大好きさんが変なことを言いだした。
「ええー、メイド服とかキッツいわー」
「俺もー」
西郷と淀橋がヘラヘラ笑うが、お前たちの女装なんぞどこにも需要はない。
「女子はどうするんだい?」
「キッチンを担当します」
「男子と女子で役割を分けるのは世間体が良くない。やるならば、男子と並んで女子もメイドになってもらわないと」
「高崎くんと並んでメイド……。女子は男装して執事をやります。男女逆転を楽しんでもらうコンセプトなら、大丈夫だよね」
おもしろそうー、と女子から賛同の声が上がる。
冗談じゃねえわ。誰得だよ。どうせなら高身長を活かせる執事を素直にやらせろ。
隣の西郷と淀橋がヒソヒソと話している。
明翔、という単語を俺の耳は聞き逃さなかった。
「さんせーい」
「俺もー。女装してメイドやりたいでーす」
「嘘つけ、お前ら! 明翔の女装が見たいだけだろ!」
「呂久村は見たくねえの?」
「見たいよ。けど」
パッと輝く笑顔で明翔が振り返る。
え。
待って。
「聞け、明翔。けど」
「はい! 俺も賛成!」
「では、コンセプトカフェに賛成の人、手を挙げて。数えるまでもなく半数を超えているね」
「メイドと執事のコンセプトカフェに決定!」
決定しちゃったよ。
いや、まだだ。まだいける。
明翔の女装が見たいヤツの賛成票が多いのだろうから、明翔がやらないと言えば変更されるだろう。
「明翔。明翔」
話し合いは続いているが、善は急げ。明翔の背中をつつく。
「メイド服ってどんなんだろうね」
「ワクワクしてんじゃねえよ。めっちゃ短いスカート履かされるかもしれないんだぞ」
「えー。俺まだ足に筋肉ついてんだよね」
「今からでも遅くない。反対に回れ」
「マッサージとかがんばって、夏休みの間に細くしとかねえと」
「やる気を出すな。じゃなくて」
「深月が見たいメイドになれるように、俺がんばるね」
うおっ。
笑顔がまぶしい……!
初めてしゃべった時、明翔のことを女だと思い込んでたら明翔は怒っていた。
なのに、俺のために、こんなやる気出してるんだ……。
西日が差し込む放課後の教室。
窓際のゆりの席に置かれている漫画。
手に取ってページを開く。
図書館か。
よくある、同じ本を取って手が触れるやつか。
違うな。主人公が小さいから取りたい本に届かなくて、デカい後輩が取ってあげたのか。
仲良くなるけど、ケンカになって、好きなくせに意地張って。
『やっぱりおかしいよ。男同士で』
『世間体なんて取っ払った、先輩の本当の気持ちが知りたいんです』
世間体……。
って、なんだっけ。柳も言ってた気がする。
「え?! 深月?!」
「おーい! 深月!」
右からゆり、左から明翔。
明翔?!
慌てて本を閉じ、ゆりへと押し付ける。
「何読んでたの?」
「読んでない! これは、ゆりの本だから」
「ちがっ、流行ってるから回ってきただけで」
「ゆり! 漫画返しといた! ゆりが貸してくれる漫画全部神!」
顔を真っ赤にするゆりの席を離れる。
「購買で大きなメロンパン買ってこー」
「ダイエットするんじゃなかったのかよ」
「ダイエットは明日からだから、今日は最後の食べまくりチートデー」
購買は、サッカーユニフォームの男子たちであふれ返っていた。
「俺ここで待ってるわ」
「うん!」
スマホを取り出し、世間体、と検索してみる。
世間体なんて取っ払った、俺の本当の気持ち――明翔も知りたいと思ってり、するんだろうか。
『世間でどんな風に見られるのか気にすること』
……気になるだろ、そりゃ。
スーパーで買い物してるだけで目立つんだぞ。
でも……それは、明翔だって同じなんじゃ……。
だけど、明翔は己の気持ちに己が責任を持って、俺に伝えてくれた。
女に間違われるのは嫌なのに、自らメイドをやろうとしてる。
「見て! 焼きそばパン半額だったから、四つ買ってきた!」
「いくら半額でも四つも買ったら大きなメロンパンより高いんじゃね?」
「はっ……」
「あはは! マジで食いもんが絡むとIQ下がるんだから」
この食のバケモノが、俺のためにダイエットまで宣言してくれた。
正直、うれしい。
付き合うとかは明翔も考えてないみたいだし、ただ、俺の気持ちを伝えるくらい、伝えてみてもいいのかな。

