爽やかな晴天の中、我が聖天坂高校では体育祭が行われている。
現在、借り人競争に出場中の黒岩くんが応援席に走ってくる。
「タンクトップの人!」
「工藤先生だ!」
みんながラインギリギリまで応援に行ってるからガラ空きの長椅子で、工藤先生は腕立て伏せ中である。
パンプアップは完了、工藤先生が黒岩くんをお姫様抱っこしてゴールテープを切った。
「やったね! 黒岩くん! 今ので一組が一位になった!」
明翔に肩をバンバン叩かれて、黒岩くんは笑う。
目立ちたくないようなこと言ってたのに、ずいぶんうれしそうじゃねえの。
広々と足を広げて椅子に座る俺の横に、同じスタイルで颯太が座る。
「深月もあっち行くと思ってたわ」
「俺はあんな応援に白熱できねえわ」
「小学生でも他人の競技であんな声出さねえよな」
「みんなもすっかり明翔の空気に飲まれちゃってるし」
「二組もつられて騒ぎ出してるよ」
「みんなかわいいでちゅね~」
「去年、俺ら出番済んだら麻雀してたもんな」
「そうそう。戻ったらもう全部終わってたな」
応援に懸命なクラスメイトたちから離れている俺たちの元へ近づく影がひとつ。
「佐藤くん、呂久村くん」
「わっ。柳だー」
颯太が慌ててかわいらしく足を閉じる。
「驚かせてすまないね。二百メートル走を華麗に一位で走ったものだから、疲れで少々僕の存在感が薄れていたようだ」
柳が褒めてほしそうに颯太を見つめる。
だが、悪いな。俺ら見てねえわ。
「それはそうと、作戦会議だ。みんな集まっているよ」
「作戦会議? なんの?」
「玉入れ」
明翔は言う。
「全体競技は配点が高い。午前の競技の肝は玉入れだ」
玉入れにもガチなんかよ……。
俺はさすがに引いてしまうが、明翔が提案した作戦に、少しだけ興味を持った。
対戦相手は五組。
我らは、赤い玉をカゴに多く入れれば勝ちである。
ピーッ、と競技開始の笛が響く。
と同時に、まず、腹回りの大きい男子たち、すなわちデブが四人並んで四つん這いになる。
その上に、位置をずらして三人が乗る。
そう、我々はピラミッドを作った。
一番上には、颯太が立つ。
その間に小さき者たちが玉を集め、俺ら背が高い者、明翔のようにコントロールに自信がある者が橋渡しとなり、颯太に玉を渡す。
颯太の手はカゴに届き、百発百中で玉はカゴに収まっていく。
「すげえ! 玉入れってコンプ可能だったんだ!」
「最後まで気を抜くな! カゴからあふれる!」
「颯太! 慎重に慎重に!」
最後の玉がカゴに入れられたと同時に、終了を知らせるピストルが鳴った。
「やった! 作戦成功!」
ワァッ、と歓声が上がる一組。
だが、五組の面々がザッと横並びになり、不満な顔をする。
「こんなん認められるか! ズルじゃん!」
学級委員長の柳がズイッと一歩前に出た。
「どこのルールブックに玉入れでピラミッドを作るのが反則だと記されているんだい? 負け犬の遠吠えはみっともないよ」
柳っていっつも一言多いよな。
「来年からルールブックに書かれるな」
「パイオニアだけが受けられる恩恵なのだよ」
はーっはっはっは!
勝者の高笑いが響き渡る。
だが、その後、圧倒的一位を誇っていた一組を五組が猛追してきた。
「ヤバい! 他のクラスが五組に勝ちを譲ってる!」
「しまった! 五組に連合軍を組まれた!」
やりすぎたか……。
お昼休憩に入り、すっかり頭を抱える二年一組の仲間たち。
「僕の計算によると、午後の部の競技すべて五組が一位だとしても、二位をキープし、最後のクラス対抗リレーで五組に勝てば総合優勝は一組だ」
「おお! 柳の頭脳が解を導きだしたぞ!」
「リレーの八人! 頼んだ!」
「特に、アンカー明翔!」
明翔はと見ると、切なげに腹をさすっている。
「足りない……」
「みんな! メシだ! 明翔に弁当を分けてくれ!」
明翔は食えば食うほど力を発揮する男だ。
勝負は明翔の腹にかかっている!
「よっしゃあ! やるぞ! こんだけ食って走れませんでしたとは言えねえ!」
「やったれ! 明翔!」
絶対に、五組にだけは負けねえ!
一年のクラス対抗リレーが始まった。次はいよいよ、二年生の番である。
「よし、トイレ行ってこよ」
「もー、もっと早くに行っときなよ。俺も行こ」
「高二にもなって連れションですかー、カワイ子ちゃん」
「緊張で攻撃的になってるのかなー、チビッ子は」
「こらこら、違うバトルを始めるんじゃない」
まったく、明翔と颯太は仲良しなんだから。
グラウンドの端っこのトイレに急ぐ。
手を洗ってトイレから出ると、青空に向けてハンカチを広げる。
このハンカチで手を拭くのではない。
十センチ四方くらいの小さなハンカチの真ん中には、デフォルメされたなんとも言えない表情のブルドックが描かれている。
「そのハンカチ……」
明翔も出てきて、ハンカチ様を指差した。
「俺のお守り!」
「お守り?」
「小学校の時にトイレで会った子がくれたんだけどさ、これすごいの」
「何が?」
「これ持ってかけっこしたらさあ、いつも勝てなかった子が転んで、俺が一位になったの。ご褒美にゲーム買ってもらったんだよね」
「偶然でしょ」
「何を言うか!」
明翔が笑う。
ハンカチ様をバカにするでない!
「これ持ってたら、百人一首大会で優勝するわ、アイス当たるわ、おみくじで大吉が出るわ、とにかく勝負運が半端ねえの」
「ハンカチがあ?」
「俺、高校受験の日もこれ持ってたから合格できたんだよ。模試でD判定までしか取れなかったから、やめとけって先生にも親にも言われたのに」
「D判定はやめとこうよ」
「聖天坂は内申より試験の点数で合否が決まるから、ハンカチ様が絶対合格させてくれるって信じてたもん。ハンカチ様のおかげで明翔にも出会えたんだぜ!」
明翔の目の前に、バーンとハンカチ様を広げる。
華麗なる功績を知ると、この微妙なブルドックが尊く見えてくることであろう。
「ハンカチ様の効果を確信してからは、普段は神棚に飾って大一番の時だけ持ち出すようにしてんの」
「ハンカチを神棚って!」
「ハンカチ様をバカにするでない!」
「ハンカチ様はバカにしてねえよ」
「バカにしてるのは俺かよ!」
『クラス対抗リレーに出場する二年生は、入場ゲートに集まってください』
来た……!
「ハンカチ様、お願いします」
「どんだけ丁寧に扱ってんだよ!」
「ハンカチ様をバカにするでない!」
「だから、ハンカチ様はバカにしてねえよ」
「また俺かよ!」
勝敗を分けるリレーが始まる。
昨日までは思ってもみなかった緊張感と胸のドキドキ。
まず、第一走者は颯太だ。
いの一番にトラックに出て、軽くストレッチを見せる。
「一組すげえチビだぞ。あれなら、お前で勝てるんじゃねえ?」
「そうだな、俺がいくわ」
かかったな!
颯太を早めにスタンバイさせることで、敵どもを油断させるのが狙いだ。
「ヤバい! あのチビ超速い!」
お、あなたたちも走順を入れ替えたのですね。
あーざす!
順調に一位をキープしていたが、第四走者に女子をもってきたのが一組だけとは想定外だった。
二人の男子に抜かされてしまうが、十分耐えてくれたと言えよう。
「行け! 柳!」
柳が一人抜き、現在一組は二位である。
「すげえな、一組全員速いじゃん」
知らない男子が俺の隣に三角座りする。
「まーな」
「やっぱ一番速いのがアンカー?」
「そうだよ」
「え、アンカー女子じゃん。お前、女子より遅いの?」
「女子に見えるけど女子じゃねえよ」
「あれ男なの? ああ、言われてみれば男か」
「嘘つけ。そんなすぐ男に見えるわけあるか」
「見えるよ。男があんなかわいいわけないって思っただけだし」
「マジで?」
じゃあ、なんで俺はいまだに女に見えてんだろう。
頭では明翔は男だって理解してるのに。
「あんなかわいい子より遅いんじゃ、俺の勝ちだな」
男子が立ち上がり、フレンドリーな様子は消え挑発的に俺を見下ろす。
「お前、五組か」
「ああ。玉入れの借りは返させてもらう!」
「五組!」
「はい!」
男子がバトンを受け取るべく構える。
姑息なマネしやがって! 五組のスパイに情報を流してしまった!
「一組!」
「はい!」
絶対に負けない。
絶対に抜かしてやる!
現在一組は三位。
パスゾーンを最大限に使って加速をつけ、バトンを受け取った瞬間、最大速度に乗せた。
現在、借り人競争に出場中の黒岩くんが応援席に走ってくる。
「タンクトップの人!」
「工藤先生だ!」
みんながラインギリギリまで応援に行ってるからガラ空きの長椅子で、工藤先生は腕立て伏せ中である。
パンプアップは完了、工藤先生が黒岩くんをお姫様抱っこしてゴールテープを切った。
「やったね! 黒岩くん! 今ので一組が一位になった!」
明翔に肩をバンバン叩かれて、黒岩くんは笑う。
目立ちたくないようなこと言ってたのに、ずいぶんうれしそうじゃねえの。
広々と足を広げて椅子に座る俺の横に、同じスタイルで颯太が座る。
「深月もあっち行くと思ってたわ」
「俺はあんな応援に白熱できねえわ」
「小学生でも他人の競技であんな声出さねえよな」
「みんなもすっかり明翔の空気に飲まれちゃってるし」
「二組もつられて騒ぎ出してるよ」
「みんなかわいいでちゅね~」
「去年、俺ら出番済んだら麻雀してたもんな」
「そうそう。戻ったらもう全部終わってたな」
応援に懸命なクラスメイトたちから離れている俺たちの元へ近づく影がひとつ。
「佐藤くん、呂久村くん」
「わっ。柳だー」
颯太が慌ててかわいらしく足を閉じる。
「驚かせてすまないね。二百メートル走を華麗に一位で走ったものだから、疲れで少々僕の存在感が薄れていたようだ」
柳が褒めてほしそうに颯太を見つめる。
だが、悪いな。俺ら見てねえわ。
「それはそうと、作戦会議だ。みんな集まっているよ」
「作戦会議? なんの?」
「玉入れ」
明翔は言う。
「全体競技は配点が高い。午前の競技の肝は玉入れだ」
玉入れにもガチなんかよ……。
俺はさすがに引いてしまうが、明翔が提案した作戦に、少しだけ興味を持った。
対戦相手は五組。
我らは、赤い玉をカゴに多く入れれば勝ちである。
ピーッ、と競技開始の笛が響く。
と同時に、まず、腹回りの大きい男子たち、すなわちデブが四人並んで四つん這いになる。
その上に、位置をずらして三人が乗る。
そう、我々はピラミッドを作った。
一番上には、颯太が立つ。
その間に小さき者たちが玉を集め、俺ら背が高い者、明翔のようにコントロールに自信がある者が橋渡しとなり、颯太に玉を渡す。
颯太の手はカゴに届き、百発百中で玉はカゴに収まっていく。
「すげえ! 玉入れってコンプ可能だったんだ!」
「最後まで気を抜くな! カゴからあふれる!」
「颯太! 慎重に慎重に!」
最後の玉がカゴに入れられたと同時に、終了を知らせるピストルが鳴った。
「やった! 作戦成功!」
ワァッ、と歓声が上がる一組。
だが、五組の面々がザッと横並びになり、不満な顔をする。
「こんなん認められるか! ズルじゃん!」
学級委員長の柳がズイッと一歩前に出た。
「どこのルールブックに玉入れでピラミッドを作るのが反則だと記されているんだい? 負け犬の遠吠えはみっともないよ」
柳っていっつも一言多いよな。
「来年からルールブックに書かれるな」
「パイオニアだけが受けられる恩恵なのだよ」
はーっはっはっは!
勝者の高笑いが響き渡る。
だが、その後、圧倒的一位を誇っていた一組を五組が猛追してきた。
「ヤバい! 他のクラスが五組に勝ちを譲ってる!」
「しまった! 五組に連合軍を組まれた!」
やりすぎたか……。
お昼休憩に入り、すっかり頭を抱える二年一組の仲間たち。
「僕の計算によると、午後の部の競技すべて五組が一位だとしても、二位をキープし、最後のクラス対抗リレーで五組に勝てば総合優勝は一組だ」
「おお! 柳の頭脳が解を導きだしたぞ!」
「リレーの八人! 頼んだ!」
「特に、アンカー明翔!」
明翔はと見ると、切なげに腹をさすっている。
「足りない……」
「みんな! メシだ! 明翔に弁当を分けてくれ!」
明翔は食えば食うほど力を発揮する男だ。
勝負は明翔の腹にかかっている!
「よっしゃあ! やるぞ! こんだけ食って走れませんでしたとは言えねえ!」
「やったれ! 明翔!」
絶対に、五組にだけは負けねえ!
一年のクラス対抗リレーが始まった。次はいよいよ、二年生の番である。
「よし、トイレ行ってこよ」
「もー、もっと早くに行っときなよ。俺も行こ」
「高二にもなって連れションですかー、カワイ子ちゃん」
「緊張で攻撃的になってるのかなー、チビッ子は」
「こらこら、違うバトルを始めるんじゃない」
まったく、明翔と颯太は仲良しなんだから。
グラウンドの端っこのトイレに急ぐ。
手を洗ってトイレから出ると、青空に向けてハンカチを広げる。
このハンカチで手を拭くのではない。
十センチ四方くらいの小さなハンカチの真ん中には、デフォルメされたなんとも言えない表情のブルドックが描かれている。
「そのハンカチ……」
明翔も出てきて、ハンカチ様を指差した。
「俺のお守り!」
「お守り?」
「小学校の時にトイレで会った子がくれたんだけどさ、これすごいの」
「何が?」
「これ持ってかけっこしたらさあ、いつも勝てなかった子が転んで、俺が一位になったの。ご褒美にゲーム買ってもらったんだよね」
「偶然でしょ」
「何を言うか!」
明翔が笑う。
ハンカチ様をバカにするでない!
「これ持ってたら、百人一首大会で優勝するわ、アイス当たるわ、おみくじで大吉が出るわ、とにかく勝負運が半端ねえの」
「ハンカチがあ?」
「俺、高校受験の日もこれ持ってたから合格できたんだよ。模試でD判定までしか取れなかったから、やめとけって先生にも親にも言われたのに」
「D判定はやめとこうよ」
「聖天坂は内申より試験の点数で合否が決まるから、ハンカチ様が絶対合格させてくれるって信じてたもん。ハンカチ様のおかげで明翔にも出会えたんだぜ!」
明翔の目の前に、バーンとハンカチ様を広げる。
華麗なる功績を知ると、この微妙なブルドックが尊く見えてくることであろう。
「ハンカチ様の効果を確信してからは、普段は神棚に飾って大一番の時だけ持ち出すようにしてんの」
「ハンカチを神棚って!」
「ハンカチ様をバカにするでない!」
「ハンカチ様はバカにしてねえよ」
「バカにしてるのは俺かよ!」
『クラス対抗リレーに出場する二年生は、入場ゲートに集まってください』
来た……!
「ハンカチ様、お願いします」
「どんだけ丁寧に扱ってんだよ!」
「ハンカチ様をバカにするでない!」
「だから、ハンカチ様はバカにしてねえよ」
「また俺かよ!」
勝敗を分けるリレーが始まる。
昨日までは思ってもみなかった緊張感と胸のドキドキ。
まず、第一走者は颯太だ。
いの一番にトラックに出て、軽くストレッチを見せる。
「一組すげえチビだぞ。あれなら、お前で勝てるんじゃねえ?」
「そうだな、俺がいくわ」
かかったな!
颯太を早めにスタンバイさせることで、敵どもを油断させるのが狙いだ。
「ヤバい! あのチビ超速い!」
お、あなたたちも走順を入れ替えたのですね。
あーざす!
順調に一位をキープしていたが、第四走者に女子をもってきたのが一組だけとは想定外だった。
二人の男子に抜かされてしまうが、十分耐えてくれたと言えよう。
「行け! 柳!」
柳が一人抜き、現在一組は二位である。
「すげえな、一組全員速いじゃん」
知らない男子が俺の隣に三角座りする。
「まーな」
「やっぱ一番速いのがアンカー?」
「そうだよ」
「え、アンカー女子じゃん。お前、女子より遅いの?」
「女子に見えるけど女子じゃねえよ」
「あれ男なの? ああ、言われてみれば男か」
「嘘つけ。そんなすぐ男に見えるわけあるか」
「見えるよ。男があんなかわいいわけないって思っただけだし」
「マジで?」
じゃあ、なんで俺はいまだに女に見えてんだろう。
頭では明翔は男だって理解してるのに。
「あんなかわいい子より遅いんじゃ、俺の勝ちだな」
男子が立ち上がり、フレンドリーな様子は消え挑発的に俺を見下ろす。
「お前、五組か」
「ああ。玉入れの借りは返させてもらう!」
「五組!」
「はい!」
男子がバトンを受け取るべく構える。
姑息なマネしやがって! 五組のスパイに情報を流してしまった!
「一組!」
「はい!」
絶対に負けない。
絶対に抜かしてやる!
現在一組は三位。
パスゾーンを最大限に使って加速をつけ、バトンを受け取った瞬間、最大速度に乗せた。

