あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

 考えて、ふと、手紙の文言を思い出した。

「ねえ、あの手紙に『神宮式の拍手(かしわで)』って書いてあったよね。『神宮式』って何?」

 直巳が「んなもん知るか!」と叫び、「拍手(かしわで)っつったらこれだろ!」と続ける。——かなりご立腹だ。

「おい仁愛! 明日朝イチで靖国行くぞ! あの野郎ぶん殴ってやる!」
「いや、あたし明日から学校だから——」
「サボっちまえ!」
「塾サボるなって言ったあんたはどこに?」

 仁愛はため息をついてスマホを取り出した。『神宮式 拍手(かしわで)』で検索。

 結果はすぐに出た。

「直巳、神崎さん嘘ついてないよ。あんたの拍手(かしわで)の方が間違っていた」

 向こうを向いて「クソがー!」と叫んでいた直巳が「ん?」と振り返った。隣に並び、スマホを見下ろす。

「『神宮』は伊勢神宮のこと。それで、ここの行事とかでは、拍手(かしわで)は八回手を叩くんだって」

 直巳が「ほう」と間の抜けた声を出す。シュルシュルと怒りが抜けていく様子だ。

 それから二人は同時に顔を上げ、互いを見やり、同時に「ぷっ」と吹き出した。屈んでいた直巳が「ははっ!」と笑って背中を伸ばす。

「どうにも締まらねえなぁ、俺たち」
「『俺たち』じゃなくて、あんたが、でしょ。いっつもシリアスな空気ぶち壊してさ」
「まあ、しんみりするより元気な方がいい」

 仁愛が「確かに」と頷くと、直巳が「いいのか?」と尋ねる。

「そんなもん調べて教えて。黙ってりゃ、俺は帰る方法を見つけられないままずっとここにいた」

 仁愛は泣き出しそうになるのを堪えて、「いいんだよ」と胸を張る。

「約束したから、もう平気。泣かないよ。毎日元気に、あんたが地獄から這い出して来るの待ってる」

 直巳は「そうか」と応えると、三歩下がって両手を上げた。

「そんじゃあ、気を取り直して」

 パシッと、高らかな拍手。間を開けて二回目、三回目、四回目——

(さようなら)

 五回目、六回目——

(直巳が、望んだ自分で終われますように)

 七回目——

「仁愛」

 直巳がニカっと笑い、高らかに、

「またな!」

 仁愛は笑って「()()()()()()()()!」と応える。

 直巳が安心した様子で微笑み、八回目——




 ——まるでスイッチを切り替えたように、直巳の姿が消えた。仁愛は震える声で「またね」と呟き、その場に頽れる。

 太陽が地平線の向こうに去り、夜が訪れた。虫の声が響く橋の下の暗がりに、この夏の姿はもうない。