あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

 片手が背中を撫で、もう片方の手が頭に触れる。このまま時間が止まればいいのに、と仁愛は思うが、太陽は少しずつ傾いていく。

 夕方の夏虫が鳴き出した。リーン、リーン、と、なんだか寂しい。

 仁愛が泣き止み、しばらく。直巳が「こうしよう」と言った。仁愛が顔を上げると、そっと体を離して、

「俺は死ぬ。だが、地獄の蓋を開けて戻ってくる。ちゃんとお前のとこに戻って来るから、そうしたら、一緒にここに来よう」

 仁愛が疑問符を浮かべると、「考えてもみろ」と少し笑う。

「死ぬはずの戦場から八十年後に来るなんて、神の仕業と考えなきゃ説明がつかない。神がいるなら幽霊もいるし、地獄もある。死んだら地獄に行くんだから、この世界と地獄は繋がってる」
「……なんで、地獄行き決まってんの?」
「俺にお上品な天国が似合うか?」

 おどけた調子の彼の問いに、仁愛はまた泣き出しそうになるのを堪えて「似合わない」と笑った。

「だろ? 地獄から這い出す方が合ってる」
「確かに。……ねえ、橋の上から泉さんたちと喋るくらいならいい?」
「……昼間だけな」
「やった。じゃあ、あんたの悪口たくさん言うね」
「なんでだよ」
「あんたが怒って地獄から出てくるように」

 二人揃って「ふふっ」と笑い、並んで座って橋脚に背中を預ける。

「でも、幽霊って見えないんじゃない? あんたが来ても、あたし気づけないかも」
「確かに……でもあれだ。幽霊って物落としたり、音立てたりするだろ。物に触れられるってことだから、なんかこう、合図送る」
「どんな合図?」
「そうだなぁ……冷蔵庫のもん盗み食いしたり、お前が作ってる唐揚げつまみ食いしたり」
「食べるばっかじゃん」
「なんか食いもん減ってたら俺だと思ってくれ」

 仁愛は「わかった」と頷いた。

 これは子供騙しだ。小さな子供なら信じるだろうが、十七歳の仁愛は信じない。幽霊なんかいない。だから彼は、ただ、死ぬ。死ぬだけ。何も残らない。

 それでも、仁愛はこの約束を大切に胸にしまった。

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