あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

 横断歩道を渡って第一鳥居に向かう途中。鳥居の横に、見慣れた後ろ姿があることに気づいた。参道の方を見ている。

「あれ?」

 仁愛が思わず声を出すと、人影——直巳が振り返り、こちらを認めると同時に呆れたような顔をした。

「なんだお前、今来たのか?」

 仁愛が小走りで近づくと、「ずいぶん遅かったなぁ」と続ける。

「まさか、あの一本道迷ったのか?」
「違うよ。ちょっと別のとこ寄ってたの」
「それは悪手だったな」
「?」
「資料館、もう閉まったぞ」

 仁愛が「えっ!?」と目を見開くと、直巳が「四時半までだとよ」とゲンナリ顔で言った。

「お前、意外と詰めが甘いとこあんのな」
「いや、まさかそんなに閉館早いとは……てかあんた、なんでここにいるの?」
「泉たちにお前がここに行ったって聞いたから、仕事上がりに飛んできた。ずっと俺の展示のとこで張ってたんだが……まさか今来るとはな」

 直巳はため息をつくと、「まだ中にいるのかと思って、見てた」と鳥居の向こうを親指で指した。

「なんでそんなことを?」

 仁愛は不思議に思って尋ねる。直巳は「別に」と言いかけて、

「あー……ほら、お前、前に来た時、俺の展示の前で辛そうな顔してたろ。だから……」

 それから居心地が悪そうに頬を掻き、

「こっちに来てからもう一年経ったからな。正直、不安ではある。このまま戻れないんじゃないかって。だから帰り方を見つけたいが……お前が辛い思いしてまでやるもんじゃない」

 帰ろう、と右手を差し出す。夕日に照らされる彼の姿に、仁愛は両手を握りしめる。

(だから、展示の前であたしを待ってた。……優しい。好き。死なないで欲しい)

 胸の底から湧き上がる想いを、押し込める。

(こんな人が死ななきゃならない世界を、二度とつくっちゃいけない。幸せに生きて、生きて生きて、最後まで笑って大往生できる世界を作って、続けていかなきゃいけない)

 それからそっと手を伸ばし、

(それができるのは、今を生きるあたしたちだけ)

 直巳の手に触れる、直前。向こうからバタバタと忙しない足音が近づいてきた。

「あー、よかった。見つけた」

 鳥居の向こうから、三十代くらいの男が駆けてくる。どこか見覚えのある姿。首にぶら下がるネームプレートがパタパタと跳ねていて、

(この前、直巳の展示の前で声かけてきた職員さん。確か、名前は——)

 男が直巳の横で足を止めた。膝に両手を乗せて息を整え、背筋を伸ばす。ネームプレートには『神崎』の文字。

「あなた、藤野直巳()()ですよね?」

 爽やかな声で尋ねる男——神崎の姿は、夕焼けの中にあるからか、酷くおどろおどろしいものに見えた。