あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

(国の発表が嘘だと思っても誰も言わなかったって、直巳が言ってた。言いたくても言えない状況だったんだ)

 仁愛が知っている世界は、言いたいことを好きなように言える世界。自分のようなただの高校生でも、SNSを使えば自分の考えを自由に世界に発信できる。

(憲法の『表現の自由』って、この反省からきてたりするのかな……)

 そんなことを考えながら展示を見て回った。

 戦前から戦後までの家族団欒の変遷、戦時統制下の暮らし。食料品や生活物資の不足、僅かな配給、食糧難を乗り越える工夫をまとめた教則本。

(遊就館よりこっちの方が、あたしが知ってる戦争、って感じ)

 社会科の授業や、修学旅行の平和学習。それらで学んだ内容が、補足資料と共に並べられている感覚。——しかし、学校で学んだ時と感覚が違う。

 現実味がある。教科書の一ページではなく、確かに存在した過去としての。直巳と出会ったからだろうか。それとも、自ら知ろうとしているからか。

(多分、足りなかったんだ。学校の勉強じゃ足りない。エモい戦争映画を見て泣くだけじゃ足りない。『可哀想』のその先に進まなきゃ、現実として受け止められない)

 展示を一通り見て建物を出ようとしたところで、パンフレットの棚を見つけた。何か役立ちそうなものはないかと探していたら、戦争体験者の講演会のチラシが目に留まる。

 登壇するのは、八十五歳の女性。終戦当時、五歳。

(直巳が二十二歳だから、戦場で戦った人は、生きてたら百歳とか。もう、戦場を知ってる人はいなくなる)

 仁愛が中学校の修学旅行で聞いた講和も、話者は当時七歳の女性だった。戦時中の貧しい暮らしや、防空壕に身を隠す時の恐怖、母親が空襲で亡くなった時の話をしてくれた。

(だから、直巳の価値観とかにショック受けたのかな。本や何かで知ってても、実際に接するのは初めてだから)

 やがて戦争の目撃者はいなくなる。事実は記録となる。心を持たない文字列になる。

 だから直巳は、「『可哀想』で片付けないで欲しい」と言ったのだろうか。変わりゆく世界の中で平和を維持するには、考え続けなければならないから。感傷に浸るだけでは、何も守れないから。

     *

 仁愛は夕焼けの坂道を歩き出した。靖国神社へ向かう一本道。まだまだ暑いが、前回来た時より涼しい。

 夏が過ぎ去ろうとしている。また一つ、過去は遠くに。