あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

「梛木さんを、悲しませたく、ない?」
「なんで俺が帰ったらあいつが悲しむんだよ」

 ——彼女は『心配しないで』と言った。だから心置きなく帰れ、と。

 見え透いた嘘だ。元の時代の話をするたび、彼女は悲しそうな顔をしていた。しかし、彼女は本心を口にしない。ゆえに自分は騙され続けるべきだろう。彼女の努力を無駄にしないために。

(ここは俺が戦死した世界。俺はあの戦場に行ったから、ここに来た。……死んだ後に、ここに来る方法はないもんか)

 考えていたら、瀬川が「幽霊って、いるのかな」と尋ねた。直巳は、彼は読心術の使い手なのか、などと考えながら、

「……なんだ急に」
「急じゃ、ない。君が、幽霊になって、ずっとこの世界に、いれば……また、梛木さんのそばに、いられる」
「俺に八十年間、ひとりでその辺ほっつき歩けって?」
「君は、できる、でしょ?」

 できる。それでまた会えるのなら。しかし——

「俺は地獄行きだ」直巳はひらっと手を振り、「山ほど人を殺したからな」なんでもない風を装って言った。

 戦争だった、と言ってしまえばそれまで。自分は軍人として上官の命令に従っただけと言えば済む話で、実際、その通り。

 しかし、済まない心がある。

 誘蛾灯にぶつかった羽虫のように、戦闘機がバラバラと落ちていく空。死にゆく仲間の顔と同じく、撃ち落とした敵の顔もはっきりと覚えている。

 すれ違うコンマ数秒。敵も味方も関係なく、そこにはその人の死があった。

 敵・味方、国籍、年齢、階級——それら全てに関係なく、誰かは誰かの大切な人。

「撃墜されて、海に沈んで、そのまま真っ逆さまに地獄に突入だろうよ」
「英霊になる、って、いうのは?」
「それは、うーん……その後とか?」
「君の、死生観は、よくわからない、ね」

 瀬川が微かに苦笑する。直巳は「だからまあ」と腕組みをして、

「俺がやるべきは八十年間の暇つぶしじゃなくて、地獄での贖罪を八十年で終わらせることだな。そんで、地獄の蓋をこじ開ける」

 言うと、瀬川が一瞬ポカンとした顔になり、それから少し呆れた様子でため息をついた。