八月の終わりが近い。夜はだいぶ涼しくなって、草むらから聞こえる虫の声が変わった。凛と澄んだ、鈴を鳴らすような音。聞いているとなぜだか寂しくなる。
仁愛が帰ってしばらく。橋の下で瀬川の会話の練習に付き合っていた直巳は、ふと何の気なしに空を仰いだ。
真っ黒な夜空のキャンバスに、無数の星が輝いている。思い出すのは夜間飛行の訓練と、燃えて落ちゆく仲間の機体。
(この中に、あいつらの星もあるのかな)
『死者は星になる』——そんな詩的な言い回しを信じているわけではないが、なんとなく考えてしまう。
『靖国で会おう』——幾度となく口にした言葉だが、その時の自分は、仲間との再会を信じていただろうか。
仁愛は言った。
『あんたが守ってくれるから大丈夫』
この時代に来る前の自分なら、間髪入れずにその通りだと胸を張っただろう。彼女にそう言えなかったのは、どうしたって、死者はここにいないから。
元の時代に帰りたい気持ちは変わらない。自分が生きるのはあの場所で、やりたいことも、成したいことも、あの時代の空にある。
一方で、その気持ちと同じくらい、ここにいたいとも思う。夏が終わって秋が来て、冬も、春も、次の夏もここで、仁愛が来るのを待っていたい。
(いや、それはダメだな。あいつには未来がある。いつまでもこんなとこに来るもんじゃない)
ふと、傍らから「帰りたく、なくなった?」と瀬川の声。長い前髪の隙間から、じっとこちらを見つめている。
まるで思考を見透かしたような問い。彼にはこういうところがある。恐怖の対象たる他者を警戒する中で、相手の思考を見抜く力が鍛えられたのだろうか。
「いいや、帰りたい」
直巳が答えてもなお、瀬川は何かを確認するようにこちらを見つめる。
「でも、ここにいたいと、思ってる。梛木さんが、好き?」
「んなわけないだろ。あんなめんどくさいガキ、好きなもんか」
——そう。『面倒臭いガキ』だ。
また何か面倒ごとに巻き込まれているのではないかと、今この瞬間も気が気でない。顔を見たらホッとして、彼女が帰った後はまた心配になる。それもこれも、彼女がおてんばなのが悪い。
仁愛が帰ってしばらく。橋の下で瀬川の会話の練習に付き合っていた直巳は、ふと何の気なしに空を仰いだ。
真っ黒な夜空のキャンバスに、無数の星が輝いている。思い出すのは夜間飛行の訓練と、燃えて落ちゆく仲間の機体。
(この中に、あいつらの星もあるのかな)
『死者は星になる』——そんな詩的な言い回しを信じているわけではないが、なんとなく考えてしまう。
『靖国で会おう』——幾度となく口にした言葉だが、その時の自分は、仲間との再会を信じていただろうか。
仁愛は言った。
『あんたが守ってくれるから大丈夫』
この時代に来る前の自分なら、間髪入れずにその通りだと胸を張っただろう。彼女にそう言えなかったのは、どうしたって、死者はここにいないから。
元の時代に帰りたい気持ちは変わらない。自分が生きるのはあの場所で、やりたいことも、成したいことも、あの時代の空にある。
一方で、その気持ちと同じくらい、ここにいたいとも思う。夏が終わって秋が来て、冬も、春も、次の夏もここで、仁愛が来るのを待っていたい。
(いや、それはダメだな。あいつには未来がある。いつまでもこんなとこに来るもんじゃない)
ふと、傍らから「帰りたく、なくなった?」と瀬川の声。長い前髪の隙間から、じっとこちらを見つめている。
まるで思考を見透かしたような問い。彼にはこういうところがある。恐怖の対象たる他者を警戒する中で、相手の思考を見抜く力が鍛えられたのだろうか。
「いいや、帰りたい」
直巳が答えてもなお、瀬川は何かを確認するようにこちらを見つめる。
「でも、ここにいたいと、思ってる。梛木さんが、好き?」
「んなわけないだろ。あんなめんどくさいガキ、好きなもんか」
——そう。『面倒臭いガキ』だ。
また何か面倒ごとに巻き込まれているのではないかと、今この瞬間も気が気でない。顔を見たらホッとして、彼女が帰った後はまた心配になる。それもこれも、彼女がおてんばなのが悪い。
