あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

「俺は娘と話してるんだ! 部外者が出しゃばるな!」

 半ば突き飛ばされる形になった直巳は、倒れる直前で床に手をつく。仁愛はそれを横目に、

(『クソ野郎』だ)

 内心で独りごち、こちらへ近づく父を睨め付けた。

「いい加減にしてよ!」

 叫ぶ傍ら、頭の中の端っこにいるもう一人の自分がため息をつく。やめておけ。面倒なことになる。さっさと謝って終わらせろ。

 仁愛はそれを跳ね除ける。——このまま終わらせてたまるか。

「どうしてそうやって、いつもすぐ怒るの? これじゃあ話なんかできないじゃん!」
「お前っ、親に向かってその口の聞き方はなんだ!」
「また『親に向かって』。そっちがすぐにキレてくるんだから、こっちだってキレるしかないじゃん! 嫌だったら普通に会話してよ!」
「口答えをするな!」
「気づいてんでしょ? 自分が勘違いで直巳に言いがかりつけたって。キレてないで謝ってよ!」
「今はお前のバカな行動の話をしてる!」
「ああそう! じゃあごめんなさい! 内緒で男連れ込んで申し訳ございませんでした! ほら謝ったよ! 今度はお父さんの番!」

 仁愛が声を張ると、ふと、父の目が据わった。仁愛は瞬時に理解する。これは父が完全にキレて手を上げる寸前の顔。

 頭の中、冷静な方の自分が「あーあ、やっちゃったね」とため息をつく。叩かれて終わり。いつものパターン。

 激昂する自分がそれを否定する。今日は絶対に終わらない。叩かれたらやり返す。いつもと違う。()()は絶対に譲れない。

(もう、ないものは数えない。あるものを数えて、大切にしたいものを大切にする)

 父が「バカ娘がぁ!」と叫んで右手を振り上げた。仁愛はそれを見据える。内心で「やられたらカウンター」と繰り返し——


 ——バシッと乾いた音。目の前に踊り出た直巳が、「っつ」と声を漏らす。叩かれた頬に構わず、

「仁愛、少し下がってろ」

 囁き、父の方を振り返る。仁愛はその横から踏み出し、

「このっ、クソ親父!」

 父の顔目掛けて、力一杯拳を突き出した。