あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

 しかし発したのは、否定でも肯定でもない。仁愛の頭の中に無数の問いが湧き出す。

 皆が憧れていたとして、直巳はどうだったのか。頭上を飛び去る戦闘機を見上げてかっこいいと思ったのか。自分も乗りたいと思ったのか。それで戦場に出たいと思ったのか。

 戦闘機パイロットの自分に、満足していたのか。

 こちらをじっと見つめていた直巳が「いいか、仁愛」と、いつになく真面目な声色で言う。

「全てが思い通りになる人生なんかない。時代とか、生まれた場所とか、いろんな理由で選べる道は限られる。その中で一番いいと思ったものを選ぶ。選べるように努力する。それが人生だ」
「でも、だって……」
「俺は選んだ。選べない人間だって山ほどいる中で、選べた俺は恵まれてた」
「それでも、それは、あんたが一番選びたかったものじゃないでしょ?」

 選ぶものさえ持たない自分が何を言う。——そんな自嘲が頭の中に響くが、どうしても悲しくて仕方がない。自分のことではない、出会ったばかりの、この時代の人間でさえない相手のことなのに。

(どうしちゃったんだろ、あたし)

 知ったところで何ができるわけでもない。ゆえに知ることは無意味で、しかし自分は知りたい。この衝動は一体何なのか。

「確かに、一番じゃない」

 直巳が僅かに目を伏せる。

「大学に行って文学でもやって、普通に結婚して家で暮らす人生を考えなかったわけじゃない。今でも、いいなと思う」

 それからこちらをまっすぐ見据え、

「だが、それは存在し得ない『俺』だ。俺は今の自分に満足してる。飛べる自分を誇りに思ってる。地上で詩なんか書いてたって誰も守れないからな」

 そう言う彼の家族はしかし、空襲で焼けて皆死んだ。

(詩……靖国神社にあった遺品の手帳、もしかして詩が書いてあるのかな)

 仁愛は想像してみる。戦闘機の傍ら、飛行服を着た直巳が、小さな手帳に自作の詩を書く姿を。なんだか彼らしいと思う反面、ひたすら悲しい。

 彼がいた時代は、ろくに教育を受けられない人がたくさんいたと聞く。大学に行けるのは一握りの人間だけだったとも。

 その時代があり、それではダメだと誰かが言って、少しずつ変わって、今がある。自分が当たり前に進学を選べるのは、過去の人々がそういう社会を作ったから。

「それで、仁愛様は塾サボって、どんな自分になりたいんだ?」