あの橋の下の暗がりで、『今』に続く君を思う

「東高の不良なんかとつるんでるから」
「人生諦めたのかな」
「ついに()()()()に行ったか」

 ここは県内で五本指に入る進学校。卒業生の就職率はほぼゼロで、皆が当然に進学し、どれだけ上の大学に入れるかを競っている。

 遊ぶ間もなく勉強に勤しみ、少しでも偏差値の高い大学に進学して、少しでもいい会社に就職して、いい人生を送る——それを目標にしている生徒が集まっている。ゆえに、その戦いに参加できないような人間は嘲笑の的。

(『いい人生』が欲しいなら、それでいいかもしれないけどさ……)

 かつて仁愛も、彼らと同じ価値観の中にいた。両親の言う通りに勉強をして、塾に通い、友達からの遊びの誘いを断っていた。そうすることが自分のやるべきことで、やりたいことだと思っていた。

 違うと気づいたのは、中学二年生の時。期末試験で学年一位になり、その結果を持って帰った時。

 その日は『父の機嫌が悪い日』だった。学歴を始めとする諸々のコンプレックスをもつ父は、仁愛が差し出した一覧用紙を破り捨てた。

『この程度で調子に乗るな!』

 父の言動もショックだったが、一番ショックだったのは、その時に『なぜこんなことのために怒られなければならないのか』と思ってしまったこと。

 いい成績を取って、いい人生を送る——それを『こんなこと』と思う自分が、それを求めていないことに気がついた。

 以来、仁愛は優等生をやめた。それまでの勉強貯金で北高に入りはしたが、勉強をしたいとは思えない。

 では何をしたいのかと問われたら、答えることができない。やりたいことがない。欲しい未来が思い浮かばない。生きていなければ嫌な思いをせずに済むのに、と時々思う。

     *

 父と母と仁愛。三人の夕食の席で日本史の教科書を失くしたことを話すと、父が顔を真っ赤にして怒り出した。今日は『機嫌が悪い日』だったらしい。

「大切な勉強道具を失くすとは何事だ!」

 父は昔から、小さなことで大きく憤慨する。それは決まって会社で嫌なことがあった日で、その鬱憤を晴らしているのだろう。

 なお、理想と現実に大きな隔たりのある父は、ほぼ毎日嫌なことがあるようだ。