あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

「自分で買うからいい」
「そこをどうにか頼むって。後生だ、仁愛様」

 懇願する直巳が発した『仁愛様』の言葉に、彼がこの後に及んで先日の発言を茶化しにきていると仁愛は認め、

「絶対読んでから帰る」

 サッと屈んで彼の手から逃れ、すかさず横へ一歩。直巳が「させるかぁ!」と目の前に踏み出す。

「もうっ、あんたさっきからうるさい! こういうところでは静かに!」
「お前だって声デカいぞ!」
「あんたが変なことするからでしょ!」
「変じゃない! 俺にとっては死活問題だ!」

 物理的押し合いと、主張の押し合い。仁愛が「『死活』って、あんたはもうっ!」と声を張り上げたところで、

「どうかなさいましたか?」

 不意に背後から、落ち着いた男の声。振り返ると、『神崎』と書かれたネームプレートを首から下げた、三十代くらいの男がこちらを見ている。

 間違いなく、ここの職員。

「えっ、あー……」

 仁愛は視線を泳がせて、直巳の手をガシッと掴み、

「なんでもありません。騒いでごめんなさい!」

 サッと踵を返して、展示室の外へ歩き出した。

     *

 人気(ひとけ)のない廊下のベンチに腰掛け、仁愛は大きくため息をついた。隣に座る直巳が、「中佐かぁ」と独りごちる。

「いい響きだぁ」

 どこか安堵した様子の、満足げな声色。自分の階級を初めて知ったような言動に仁愛が疑問符を浮かべると、

「俺は大尉だったんだ。あそこに書いてあった『中佐』は、その二つ上」
「うん」
「殉職したら二階級上がるって、今の時代にはないのか? 『二階級特進』ってやつ」
「あー……なんか、刑事ドラマで聞いたことあるかも」
「それだ。つまり、俺はあの戦いで戦死したって、ちゃんと()()()()()ってことだ」

 仁愛が首を傾げると、直巳が「空の戦闘はわかりにくい」と続ける。

「誰がどこで戦って、何があって、どう死んだか……混戦になれば何が何だかわからなくなるし、全部海に沈んじまうから、後から確認のしようもない」

 それから「戦果を認められなかった奴もいる」とため息をつき、

「その点、俺は運が良かったらしい。あの状況なら自爆か行方不明で片付けられてもおかしくなかったが、こうしてちゃんと、ここへ来られた」