あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

 居場所があれば、彼は帰りたいなどと言わなくなるだろうか。

(『あんたの居場所はあたしが作る』なんて、口が裂けても言えない。自分の居場所さえ見つけられないのにこんなこと言ったら、バカみたい。なんの説得力もない)

 それでも居場所を作りたいと思う。ここにいて欲しい。死なないで欲しい。そんな思いを胸の奥にしまい込み、仁愛は「そっか」と応えて歩き出した。

 直巳の遺品が見えてきて、

「これだよ。あんたは——」

 仁愛が財布を指さそうとした瞬間、

「ぬあーっ!?」

 ——直巳が突然奇声を上げ、展示の前のアクリル板に張り付いた。

「なんっ、なんでこれがここに……しかもよりにもよってこのページ!?」

 仁愛はギョッとして辺りを見回した。幸い、他の客の姿はない。

「ちょっと直巳、大きい声出さないで」
「だってこれ、なんでっ……捨てろって言ったのによぉ!」

 直巳が開いて置かれた手帳を指差し、「沖の野郎!」と頭を抱える。不思議に思った仁愛は一歩踏み出し、

「もう、何をそんなに——」

 手帳を見ようとしたところで、直巳が「見るなーっ!」と叫んで目の前に立ちはだかった。

「絶対に見る、な……いや待てよ……お前、まさかこれ読んだのか!?」
「『これ』って?」
「日記だ日記! 俺の日記!」
「ああ、やっぱりこれ日記だったんだ」
「読んだのかぁ!?」
「いや、読もうと思ったんだけど、なんか達筆過ぎて読みにくくて——」

 直巳が仁愛の肩をガシッと掴み、「つまり読んでないんだな!?」と半ば祈るように尋ねる。

「何、恥ずかしいことでも書いてあるの?」

 仁愛は直巳の横から手帳を覗こうとして、

「何もない! 書いてない!」

 直巳が仁愛を押してその場を離れようとする。仁愛は踏み留まろうと両足に力を込めるが、少しずつ後ろへ。

「離してよ」
「もう帰ろう。今すぐ帰ろう」
「そんな隠されたら気になるじゃん。ちょっと読んでから——」
「今帰れば、ほら、なんとかペチーノ奢ってやるから。な?」