あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

 仁愛はその問いに答えるか、その表情の理由を尋ねるかで迷う。

(『この時代に生まれたかった?』なんて聞くのは、野暮。生まれたかったとして、生まれなかった現実を変えることはできない。……誰も、生まれる場所を選べない)

 家族の有り様に絶望するたび、ここに生まれたことを嘆いてきた。怒りもした。自分の人生の始まりを、なぜ自分で選ぶことができないのか、と。

 今は、直巳が選べなかったことを悲しく思う。自分のことよりずっと悲しい。死ぬ覚悟などしなくていい、毎日唐揚げをお腹いっぱい食べられる世界に生まれて欲しかった。

「……あっちに、あんたの遺品があるの」

 仁愛は叫び出したい衝動を堪え、向こうの資料館を指差した。

     *

 夏休みシーズンと言えど平日だからか、館内はしんと静まり返っていた。人影があるのは、奥に見える売店だけ。

 仁愛が券売機に向かおうとしたところで、直巳が「おっ、零戦だ」と呟いた。

「懐かしいな。飛行学生の頃によく乗った」
「紫電改だけじゃなかったんだ?」
「紫電改は終戦間際にできた機体だ。それまでは色々乗った」
「へえ」
「零戦ぶっ壊した時は、教官にこっ酷く絞められたもんだ」
「……え? 壊した?」
「ああ。あの頃は着陸がどうも苦手でな。失敗して大炎上。九六艦戦も合わせると四機くらい潰したか」

 ヘラっと笑う直巳に、仁愛は開いた口が塞がらない。

「いや……あんたそれで、どうなったの……?」
「? 教官にぶん殴られたり、演習場走らされたりした」
「そうじゃなくて、怪我だよ」
「まあ、打ち身とか擦り傷とかあったな」
「……えっ、それだけ?」
「おう」直巳は両手を腰に当て、「俺は訓練なんかで死なん」どこか得意げに、

「俺の死に場所は戦場だ。全力で戦って全力で死んで、英霊として靖国に祀られて、未来永劫この国を守るんだ」

 その言葉に、仁愛は思った。ああ、『靖国で会おう』だ、と。