あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

 怖い。どうしてこんなことを言うのか理解できないから。
 悲しい。こんなことを言う彼も、時代も。

「どれだけ頑張っても、死ぬまで戦っても……結局、負けちゃうんだよ?」

 仁愛はうわごとのように言い、自分の声を自分で聞いてから、これが不適切な言葉であったことに気がついた。まるで、あの戦争の全ての死が無駄だったと言うかのよう。

 直巳は怒るだろうか。いっそ怒って欲しい。罪には罰を、と、思ったが、

「まあな」

 彼は軽い肯定を返した。

「えっ……お、怒らないの?」
「? なんで怒るんだよ」
「だって……結局負けるのに戦うの?っていう、無駄死に、みたいな意味で……」
「お前が言ったのは事実だ。現実に起こったことにどうこう言ったって仕方ない」
「でも、あんたはそのこと、この時代に来てから知ったんでしょ? もっとこう……『そんなの嘘だ!』みたいに思わないの?」

 仁愛の中の旧日本兵のイメージはそれだ。どれだけ酷い状況でも勝利を信じて、それを疑う人間を怒鳴りつける。

 しかし、

「まあ、俺と同じ状況に立ったら、そういう反応をする奴もいるだろうよ」

 直巳の反応は拍子抜けするほど淡白。

「心から信じてる奴もいた。いつか神風が吹いて鬼畜米英に勝利する、って。だが……勘付いてる奴も多かった。勇ましい大本営発表なんか嘘だって。まあ、言わないけどな」

 つまり、彼は『勘付いている側』だったということ。

「学徒出陣とか言って、昨日まで学校にいた奴らを最前線に放り込んだり。操縦席に座ったこともない学生に敵に突っ込む方法だけ教えて、爆弾くくりつけた戦闘機に乗せてたくらいだからな」

 特別攻撃隊——略称『特攻隊』。映画や何かでよく扱われるのは、巨大な爆弾を詰んだ戦闘機で、敵の空母や戦艦に体当たりをする『航空特攻』。

 仁愛が見たことがある映像資料では、その出撃時、人々は期待に満ちた眼差しで日の丸の旗を振っていた。

 そういうおかしな価値観の時代だったのだと思っていた。だからそんなことをしたのだと。——勘違いだった。

「それなのに……逃げて終戦を待とうとか、思わないの?」

 尋ねると、直巳は困ったように微笑んだ。自分と仁愛は根っこの部分が全く違うと思ったのだろう。

「逃げようがない、というのがまず一つ」

 直巳は諭すように。

「それから……他はどうだか知らないが、俺は、逃げるより戦っていたい」

 しかし、理解されようとは思っていないのだろう。淡々と事実を述べる。

「銃後の人間が戦場に引っ張り出されるのは、元々戦ってた奴らが死んだからだ。俺が粘ればその分減る。爆弾抱えて突っ込むより、俺が何度も出撃した方が多くの敵を倒せる」

 直巳がどこか誇らしげに語るその言葉は、仁愛にはただの自己満足に聞こえる。無意味な自己犠牲。メサイアコンプレックス。

(死なないで欲しいから、そう思うのかな)

 直巳が「そんなこんなで、俺は帰りたい」と話を結ぶ。それから考え顔で仁愛を見つめ、

「俺のこと、何かわかったのか?」

 尋ねる彼は、仁愛が何らかの情報を掴んだことを確信している。しかし問いを発するのは、仁愛が「わからない」と言う余地を残すためか。

(本当にこいつ、何考えてんのかわかんない。空気読めないバカみたいなことしたと思ったら、やけに察しが良かったり。雑に扱ってきたと思ったら、優しくしたり)

 仁愛は勢いよく立ち上がった。悩んでいる自分がバカらしくなったのが半分。彼の願いを叶えてやりたい思いが半分。

「一緒に行きたい場所があるの」

 言うと、直巳は「おっ、『デェト』か?」と茶化すように笑った。