あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

 ここまでの展示は『博物館』という印象だった。ここからは、『遺品の展示』の印象が強い。

 破れた軍服についている黒い染みは、それを着ていた人の血の跡だろう。ヘルメットが割れているのは爆発に巻き込まれたからか。ちぎれた手帳は、ひしゃげた飯盒は——

(持ち主が、いた。その人が死んで、今、ここにある)

 八十年前。仁愛の祖父母も生まれていない時代の、約四年間の出来事。四百ページ近い日本史の教科書で、太平洋戦争を説明しているページは十ページに満たない。

 まさに『歴史の一ページ』——そこには、自分と同じ、生きた人間がいた。

(戦争を経験した人が死んじゃって、歴史を伝える人がいなくなってるって話、前に見たなぁ。……その人たちがいなくなったら、この戦争のことも、戦国時代とかと同じようにほとんど物語みたいに——)

 そんなことを考えながら展示室を歩き、行く手の展示へ視線を移した時だった。

「直巳……」

 最初に目に留まったのは、台に置かれたプレートの『藤野直巳中佐の財布』の文字。その隣に、古い革製の二つ折り財布が置いてある。

 さらに隣に広げてあるのは財布の中身だろう。紙幣、配給切符、航空隊の身分証。その横には開いて置かれた日記らしき手帳。達筆すぎて読めない。年配の古文の先生が書くような、繋がった字。

 壁に、白黒の写真が貼ってある。飛行服の上着を着た、ニカっと笑う坊主頭の直巳の写真。その下のプレートには——

(『昭和二十年八月二日、B−24爆撃機編隊迎撃任務にて戦死、享年二十二歳』……これって、つまり……)

 全身から血の気が引く感覚。指先が酷く冷たい。頭がぼーっとする。現実が現実でないような気がして、しかしそれは、ただ自分がそう思いたいだけ。

 彼は言った。自分は昭和二十年八月二日から来た、と。敵爆撃機の迎撃任務に当たっていて、途中で機体の一部が爆発して、敵戦闘機に追われて、それを撒こうとしていたら急に目の前が真っ白になった。

 気づかないうちに死んでここに来たということだろうか。——いや、それはおかしい。仁愛が出会った直巳は触れられるし、食事を摂るし、眠るし、ゲップもおならもする。確かに生きている。

「直巳は、帰ったら死んじゃうってこと?」

 つまり、彼は死の直前にこの時代へ来たということ。元の時代に帰るということは、すなわち、死にに行くということだ。

     *